後編
イケメン貴族をゲットして、玉の輿に乗ろう。
その作戦をきっぱりと諦めて。
私は毛生え薬に注目することにした。
毛生え薬を買って父様にプレゼントしてしまえば、それで話は終わりじゃない?
その後でじっくりパートナー探しをすればいい。
そこに思い至ったのだ。
しかし、毛生え薬は市場に出回っていなかった。
よく考えてみれば、簡単に売っているものなら父様が条件に出したりしない。
どうやら毛生え薬は錬金術で作れるらしく、運がいい私はすぐにレシピを手に入れることができた。
「見なさい、エヴァンス。このレシピさえあれば、毛生え薬が手に入るのよ! さすが私。天から愛されているわ!」
「よく考えてください、お嬢。簡単に手に入るってことは、作るのが難しいってことですよ」
本当にもう、エヴァンスは可愛くない。
ふふんと胸を張った私が、バカみたいじゃないか。
「レシピは金の粉に、青色クジャクの羽、みゅるみゅる草、そして竜の爪……か」
読み上げてみたけど、材料が何のことだか全然わからない。
錬金術師じゃないのだから、当たり前だ。
わからないことは、錬金術師に聞けばいい。
さっそく私は、錬金術師を育成する学園へと向かい、このレシピに載っている材料について調べた。
金色の粉は、近くの森で手に入る木の実を砕いたもの。
青色クジャクの羽は、ドードル森で採取できる木の葉っぱのこと。
みゅるみゅる草は、カブララ湖の底に生息するモンスターに生えている草だった。
どうにかこうにか、それらは手に入れることができた。
しかし、最後の材料である竜の爪が、手に入らない。
「竜の爪……竜なんてそうそう見つかるわけないじゃない! 伝記に載ってるような生物なのよ!?」
そもそも、竜なんて本当に存在しているんだろうか。
そこからして疑わしい。
私の住んでいる国は、昔竜に救われたことがあるらしく、伝承はいっぱい残っている。
でも肝心の竜の姿なんて、1度も見たことがなかった。
竜を探すため、色んなところを歩き回った。
得られた情報は、3年前に隣国のオーベリーで竜が出たという噂だけ。
当時、父様と一緒に行ったけれど。
結局竜はいなくて、がっかりした覚えがある。
無駄足だろうと思いながら、オーベリーまで足を運んでみたものの。
予想どおり、竜の姿は影も形もない。
あっという間に、約束の日がきてしまった。
「あとは液体に、竜の爪を入れれば完成なのに……」
ポケットから取り出した小瓶には、琥珀色の液体。
叫んでも、嘆いても。
今日が期限だという現実は変わらない。
夜なのに、オーベリーは明るい。
光の魔法を惜しげもなく使い、キラキラと輝くこの街は、この時間から動きだすのだ。
小瓶をポケットにしまい、噴水に目をやる。
この街には、お金を使い果たした人でも楽しめるような仕掛けが至る所にあった。
水が宙に舞い、ハートや星を描く。
それを追いかけるように、光の線がくるくると踊る。
魔法を駆使した噴水を見ながら思うのは、これにどれだけのお金がかかっているのかと、うちでも再現可能かということだけだ。
私には壊滅的なまでに、乙女思考が欠けている。
ここは、「綺麗な噴水ね。ロマンティックだわ!」とか思うべきところだ。
だから私はダメなんだと思えば、正直落ち込んだ。
「諦めて、俺と一緒に逃げる気になった?」
噴水のふちに設置されたベンチに、腰を下ろす。
エヴァンスが私の目の前に立って、そんなことを聞いてきた。
「嫌よ。私は、あんたを逃げ道にしたくない」
エヴァンスは目を見開く。
それからくっくっと、喉の奥をならして笑った。
「俺は構わないんだけどなぁ……っていうかさ、お嬢はさ、俺じゃダメなの? お金がないと嫌? 俺自身には興味ない?」
「私だって、何も考えなくていいなら……相手はエヴァンスがいいわよ」
悔しいことに、私はこの生意気な執事が好きらしい。
この半年で、そう気づかされてしまった。
色んな男にアタックして、ふられまくる日々。
格好悪いところばかり見せてるし、振り回している。
なのにエヴァンスは、こんな私を見捨てずにいてくれた。
「一緒に毛生え薬を作れば、父様もエヴァンスのことを認めるんじゃないかって、そう思ったのよ。でも、力が及ばなかったわ」
ポケットの中には、未完成の毛生え薬。
これじゃあ、取引の道具にはならない。
「あんたって性格悪いし、私を敬わないし。本当執事としてどうなのとは思うけどね。でも、悔しいことに私はあんたが好きみたい」
「アンジェリカ……」
全く褒めていないのに、エヴァンスは嬉しそうな顔をする。
「でも、逃げるのはダメ。父様は私にチャンスをくれた。駆け引きをしかけられたら、駆け引きで返さなきゃいけない」
曲げちゃいけないところが、私にはあった。
結局私は負けず嫌いで、父様と同じ人種なのだ。
しかけられた勝負に、尻尾巻いて逃げることはできない。
取引は信頼で成り立つ。
根っこに刻まれて、育てられてきた。
そう簡単に、自分は変えられない。
商品や、人のことならよく見える。
売り方や、長所や短所。
なのに自分のこととなると、私はとたんにダメになるみたいた。
「そういうわけだから、ヒヒジジイと結婚してくるね!」
にっこりと笑って言う。
エヴァンスに心配をかけたくはなかったし、元々そう悪い話じゃないのだ。
「何1人で納得しちゃってるの? 俺、そんなこと許す気ないんだけど」
手を引かれて、エヴァンスの方へ倒れ込むような体勢になる。
そのまま、ぎゅっと抱きしめられた。
「見た目とか、身分とか。そんなものより、俺を選んでくれるのをずっと待ってた。お嬢は鈍すぎて、それ以前の問題だったんだけどね」
ようやく手に入った。
そう呟くエヴァンスの声は甘い。
こつんと額をくっつけて、指を絡めてくる。
まるでこれは、バカップルがやる行為だ。
「待ってエヴァンス!! 私は確かにあんたが好きって言ったけど、今断ったわよね?」
「なんのこと? 竜の爪なら、お嬢の手の中にあるでしょ?」
エヴァンスが笑う。
幻想的な光の中、エヴァンスの姿が変わった。
その柔らかい巻き毛の中に羊のような角が生え、背中にコウモリのような羽が生える。
は虫類を思わせるその尻尾に、喉元には小さな鱗。
それは、竜が人型を取るときの特徴だった。
「エヴァンスってもしかして、竜だった……の?」
「うん。そうだよ」
あっさりとエヴァンスは認める。
「旦那様は、それに気づいてたけどね。だって俺、有能すぎるでしょ?」
自分で言うか。
そう思ったけど、まぁその通りではあった。
優男に見えるけれど、エヴァンスは強い。
魔法は宮廷の魔術師並だし、剣の腕前だって騎士レベルだ。
複雑な計算もできるし、機転が利く。
「そのわりには、カジノでカモられてたじゃないの」
「うん、あれは実をいうと、遊んでたんだよね。引っかかったふりをして、あれから巻き返すつもりだったんだけど……アンジェリカが途中で助けてくれたんだ」
種明かしだというように、エヴァンスは笑う。
「ほんっっとうに、あんたって性格が悪い」
「ありがと。お互い様だから、とっても相性がいいと思わない?」
ナイフを取り出して、エヴァンスは自分の爪を少量削る。
私のポケットから小瓶を取り出して、そこに爪の欠片を落とした。
琥珀色の液体が、泡を噴いて水色へと変わる。
「毛生え薬はできたし、行こうか」
「えっ、どこに!?」
「旦那様のところにだよ」
エヴァンスが楽しそうにそう言って、私を抱きかかえた。
◆◇◆
父様の頭に、エヴァンスが毛生え薬をふりかける。
まるでモップのように、ふさふさと毛が生えた。
「あぁ、これでカツラを被らなくていいんだな!!」
「喜んでいただけて光栄です。旦那様」
あんなにもはしゃいでる父様は初めて見た。
エヴァンスに抱きつくなんて、相当嬉しかったんだろう。
「それで父様。私、ゴルダス様と結婚しなくていいんですよね」
盛り上がっているところ悪いけれど、確認させてもらう。
父様はもちろんと機嫌良く頷いた。
「そもそも、ゴルダスとの婚約話は出てないからな。全て私の嘘だ」
「はぁっ!?」
思わず高い声が出てしまう。
エヴァンスの方は、全然驚いていなかった。
「調べれば見抜ける程度の嘘だぞ、アンジェリカ。ゴルダス3世は禿げていて、自分の欲望に正直だ。なのに、毛生え薬を手に入れて使っていないのはおかしいだろう。大体、娘と引き替えに毛生え薬はあり得ない。考えればわかることだ」
詰めが甘いと、もっともなことを父様は言っている。
でも、父様の頭髪への執念を考えれば、それもありえると思ってしまったのだ。
「毛生え薬に竜の爪が必要なのは有名ですからね。つまり、お嬢様をさっさとものにしろっていうメッセージなのだなと、受け取りました」
「さすがはエヴァンス。私の後継者に相応しいな」
深々とエヴァンスがお辞儀をすれば、父様は満足そうだ。
つまり、最初から仕組まれていたらしい。
「後継者って……父様、身分は!?」
「この国は、竜を崇拝している。昔、竜に国を救われているからな。当然、竜は最高位の身分だぞ?」
さらりと父様は言ってのける。
私の心配は、最初からいらないものだったらしい。
「冗談じゃないわよ! 私、手のひらで踊らされてたってこと!? なんでそれを教えないのよ、エヴァンス!!」
胸ぐらを掴めば、落ち着いてよと手で制される。
「お嬢に、自分で俺を選んでほしかったんだよ」
「こっちはあんたが好きって気づいて、真剣に悩んで……いっぱい悩んだのに」
竜の情報を得るために、酒場を1軒1軒訪ねて歩いた。
錬金術の知識もないのに、徹夜で難しい本を読みあさって、慣れない勉強をして。
それもこれも、エヴァンスと一緒にいたかったからだというのに。
「うん、とっても嬉しかった」
その感想が出ること自体、エヴァンスは間違ってる。
本当小憎たらしい男だと思うけど、そうやって幸せだという顔をされると弱い。
「俺の花嫁になってくれるよね、アンジェリカ?」
エヴァンスが手をとって、指先にキスをしてくる。
「……っ」
こいつの思惑通りなのが気に入らない。
私が断らないと思ってる、自信満々なところも。
でも、それでもやっぱり好きで。
「はい」
真っ赤になりながら、私は小さく頷いた。
これにて完結となります。
読んでいただきありがとうございました!
突発で夜にノリで書いてみたものなので、荒かったらすみません。