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愛のカタチ  作者: 夕崎まほろ
<本編>
11/56

エヴァンの回想-過ちへの第一歩-

 霧雨にけぶる街並みを、ぼんやりと眺めていた。

 肌にしみ込むような冷気に、ぶるりと震える。やたらと分厚い生地でできたこの制服でも、この時期になると寒さを完全に防ぎきることはできないようだ。

「エヴァン、ずっとそこにいると風邪を引く。そろそろ移動しよう」

 もうすぐ古典の講義の時間だぞ、とクリストハルトに声をかけられて、エヴァンは顔を上げた。返事をするのすら億劫で、ひとつ頷く。彼と目を合わせるのは、随分と久しぶりな気がした。

「……顔色が良くないな。また痩せたんじゃないか?食事はちゃんと摂らないと」

「少し疲れてるだけだよ。そんなに心配されるようなことじゃない」

 気遣わしげな色を宿す淡い色の瞳を見ていられなくて、目を逸らす。突き放すような口調にも、クリストハルトは困ったように眉を下げただけだった。

「また、嫌がらせを受けているのか」

「……いつものことだよ。君は気にしなくていい」

 その時、クリストハルトがどんな表情をしていたのかは、エヴァンには分からない。

 けれど、直後に響いた彼の悲痛な声は、今も耳に焼きついている。

「どうして君は、もっと俺たちを頼ってくれないんだ!?」

 そんなに俺たちは頼りないのか、という言葉に、気づけばエヴァンも言い返していた。

「頼れるわけがないだろう!君たちと一緒にいるからこんなことになってるんだ。守られてばかりじゃ、この先一生笑いものになる」

 もう放っておいてくれ、と叫んで教室を飛び出そうとしたエヴァンの腕を、クリストハルトが掴んだ。整った顔立ちを苦しげに歪めて、呻くように呟く。

「それは……できない。できないんだ」

 摑まれたところが、燃えるように熱かった。

「たとえ恨まれたとしても、俺は……」

 薄い唇を引き結んで、何かをこらえるようにエヴァンを見る彼の瞳に、言いしれない奇妙な熱がこもっているような気がして、どくん、と心臓が音を立てる。息をすることすらためらわれるような張り詰めた空気の中、じっとお互いを見つめていた。


 がらんがらん、という授業の開始を告げる鐘の音に、はっと顔を上げる。

「……まずい、遅刻だ。急がないと」

 ぱっとエヴァンの腕を放し、焦った顔で教室を出るクリストハルトを追いかけながら、エヴァンはぎゅっと胸元を掴んだ。自分の心臓の鼓動が、いやに耳につく。

(……結局、なんだったんだろう)

 じんじんと熱を持つ腕を、無意識に撫でる。彼の手のひらの感触が、生々しく残っていた。

『たとえ恨まれたとしても、俺は……』

 それに続く言葉を考えてはいけないような気がして、エヴァンはこの出来事を頭から振り払った。そうすることが最善だと、あのときは思ったのだ。

 それがすでに、手遅れであったことにも気づかずに。


 それから、たびたびクリストハルトの視線を感じるようになった。

 講義を受けているときや、本を読んでいるとき。目が合ったとき、その青い瞳の奥に揺らめくものが何であるのか、全く気づかなかったといえば嘘になるけれど、ずっとありえないと自身に言い聞かせていた。秀でた才能があるわけでもないし、好かれるような性格をしているわけでもない。その上同性だ。そういう対象として見られる可能性なんて微塵もないとエヴァン自身が一番良く分かっていたから、そんなことをわずかでも考えたことがひどく罪深いことのように思えて仕方がなかった。

 ―でも、もしも勘違いなどではないのなら。

 日を追うごとに、クリストハルトと目が合うたびに、期待のような、恐れのような、複雑な感情がつのっていく。確かめようもない彼の心を思って、心は千々に乱れた。

(だから、あんなことが起きてしまったのか……)

 手袋の上から、左手首をそっと撫でる。そこに残る、白く引きつれた傷痕は、まるで罪人の刺青のようだと思う。犯した過ちは決して消えることはないのだと、自分のしたことは許されることではないのだと、否応なしに突きつけ、責め苛み続けた。

 クリストハルトを愛したことを、後悔はしていない。

 それでも、この想いを知ることがなければ、と思うことは何度もある。そんな時はいつも、この傷を負った九年前-決して越えてはいけない一線を越えてしまった夜を思い出すのだ。

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