【6】王子と前世の親友
「にゃははは! なんだ瀬尾この酒味がないぞ!」
「それお冷だから当たり前だ。あと、お箸でつまんでるそれ、おしぼりだから。食べ物じゃない。もう、いいから家に帰るぞ」
よっぱらいの相手はこれだから嫌だと思いながら、すでに出来上がっている同僚に肩を貸して居酒屋から撤退する。
同じ小学校の教員である彼女は、俺を酒に誘っては先に酔っ払い、絡んできたあげくに潰れるのが毎回のパターンだった。
「知ってるか、瀬尾! もうすぐクリスマスだぞ! あの日は本来、神聖なお祝いなんだ。なのに、なんで日本では恋人の日みたいな扱いになってるの!」
「はいはい、それはさっきも聞きました」
タクシーに乗せて、彼女の家の住所を告げる。
この小学校に赴任して、初めて一緒に飲みに行った日に、彼女の家は知っていた。
大体似たような感じになったからだ。
今日は今までよりも大分彼女は飲んでいた。
もう十二月に入ったというのに、折角捕まえた彼氏候補に逃げられたらしい。
大人しく振舞って、いい感じに行っていたのに、酒が入ってついボロがでてしまい、相手が去って行ったようだった。
本当にこいつ、前世と何も変わってないな。
そんな事を溜息まじりに思う。
彼女は、前世で俺の親友で騎士だったテオの生まれ変わりだ。
俺より少し年上の三十路手前。背は女性にしては高めながら、健康的ないいスタイルをしていて、黙っていれば美人に見える。
黙っていれば……というのがミソだけれど。
車の揺れで眠くなったのか、俺の肩に頭を預けてテオは眠りだす。
テオは明るくてお調子者で人懐っこく、それでいて無駄にテンションが高い。
性別が男から女になっても、その性格は変わっていないようだった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
前世でもよく、テオは俺を酒に誘ってきた。
というか夜になると、執務をやっている俺の部屋に押しかけてきて、勝手に酒を飲みはじめるのだ。
「邪魔だ、帰れ」
「そう言うなよ。根を詰めすぎるとよくないぜ? ほら、アレンもぐいっと」
今思えば、あれは眠れずにいた俺を気遣ってくれていたのかもしれない。
そうでない可能性も大いにあるのだけれど。
婚約者であるエリシアが死んで、昔のように心を閉ざした俺に、実はエリシアが殺されたのだという情報を教えてくれたのはテオだった。
俺が全てを投げ出して殻に閉じこもっている間に、テオは色々動いていてくれたのだ。
憎しみを生きる意味に変えた俺に、テオは何も言わずに付いてきてくれていた。
俺は王になって、エリシアを殺した奴らを粛清してやろうと決めた。
そのために、いい王子を演じた。
執務はちゃんとこなし、それでいて擦り寄ってくる面倒な貴族共の相手をした。
手柄は全部兄たちに譲り、謙虚な弟のふりをする。
あまり王には興味がありません。兄様たちの方が王にはふさわしいです。
そんな風に口では言い、媚を売りながら、兄たちの足元を掬う事ばかり裏では考えていた。
都合のいいことに、兄王子は馬鹿だった。
こっちが用意した甘い罠にひっかかって、王の怒りを買ってしまい、一人また一人と兄たちは王の後継者から外されて行った。
まんまと王になってからは、父が死ぬまではいい王を演じた。
王の権力にたかる蝿どもにとって都合のいい王だ。
エリシアを殺したやつらを貶めるために、小さな罠をしかけながら、その時を待った。
王が死んでから、俺は行動を開始した。
まずはエリシアを殺した王妃を、残酷な方法で処刑した。
この時を待っていたはずなのに、終わりはとてもあっけなくて、殺して後もエリシアは戻ってこないのにという空しさが増しただけだった。
憎む相手がいなくなれば、その気持ちはこの腐った国へ向かった。
国を蝕む貴族どもを、次々と処罰した。
厳しすぎるという者もいたけれど、今まで許されていたことがおかしいくらいの罪をこいつらは犯していた。
その事に気づいていないどころか、悪い事だとも思っていないその態度に虫唾が走った。
いままでまいて来た罠を引きあげれば、貴族どもは面白いようにそれに掛かってくれた。
そうなると、当然俺に反発する貴族がでてきた。
兄たちをそそのかして、俺を退けようとする者たちが出てきたのだ。
傀儡になるだけの兄王子の方が、やつらにとっては都合がいいのだろう。
面倒だと思った。
仮にも兄だし、王子だ。
処罰するにもそれなりの理由が入ったけれど、隙を見せてそこに踏み込んできたところを、うまく利用して排除した。
時には暗殺者を送りこんで、事故死に見せかけて殺すこともあった。
もちろんこの国には、兄王子のような馬鹿や、ろくでもない貴族ばかりではなかった。
中には本気で国を憂いている者も存在していた。
この国の宰相が際たる例で、国がどうにか持っていたのはこの人のお陰だった。
「こんなやり方では、誰もついてくることができません。その手を血に染めてまで、成したいことが今のあなたにはあるのですか?」
彼は俺に対して、恐れもせずに何度も忠言をしてきた。
幼少期から彼にはお世話になっていた。俺の事を気にかけてくれている、師匠のような人だった。
そういう人たちに、これ以上の残酷なことを見せたくなくて、まとめて国外へと追放した。
俺を止められる人は、もうこの国にはいなかった。
本当は、テオにもこんな姿を見せたくはなかった。
けれど彼は笑ってこう言った。
「言っとくがオレはお前の騎士だ。誰一人お前についてこなくなったって、オレはお前についていく。追放したって無駄だからな?」
俺はテオを彼らと一緒に、国外追放する気でいた。
まだ計画の段階で、誰にも言ってない時の事だった。
テオはまるで俺の考えを読んでいるみたいに、そう告げた。
ここでテオを手放しておけば、あんな結末を迎えることはなかったんだろう。
けれど、俺はどこかでテオが一緒にいてくれることを望んでいた。
この悪路の先には、ロクでもない死に方しかないと分かっていたのに、道連れにしたのだ。
テオは俺の右腕として、よく働いてくれた。
反逆を企てた貴族の鎮圧に、処罰。
血生臭く、胸糞が悪くなるようなことばかり頼んだのに、テオは何も変わらずにいつも俺の側で明るく酒を飲んでいた。
「最近お気に入りの食堂の子がいるんだけどさ、口説いてもそっけなくて。少し手に触れただけで怒るわけよ。どうしたらいいと思う?」
テオが話す内容は、大体今世と変わりなかった。
「知るか。というか、この前までは武器屋の娘に惚れたとか言ってなかったか」
「あーあの子か。あれは駄目駄目。オレにかけてくれた優しい言葉は全部、武器を買わせるためだったんだよ……」
尋ねれば、テオは肩を落とす。
大人になったテオは体つきがよく、美丈夫というような外見をしていた。
けれど、かなり惚れっぽく、口を開けば軽いため、それで女を逃がし続けていたのだ。
付き合いまでこぎつけた事も何度かある。
けれどこいつは、手に入れたら餌をやらない。
狩りをしてあと獲物が自分のものになったと安心して、手を抜いて、結局は逃げられてしまう爪の甘さがあった。
「本当にお前はどうしようもないな」
そうやってテオとくだらない会話をしている時だけ、俺は残虐な王からただのアレンに戻ることができた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
最後のあの日も、俺はテオと一緒に酒を飲んでいた。
民が暴動を起こしていることもわかっていたし、その首謀者がテオであることも俺は全部知っていた。
知っていて、一緒に酒を飲んだ。
普段は部屋でしか飲まないけれど、その日は王の椅子の前でテオと酒を飲んでいた。
誰もいないので、無作法な飲み方をしても文句を言われることはない。
護衛のやつらも皆城の外を守るよう命じて、人払いしていた。
今世でもそうだけれど、前世でも俺はあまり酒に酔わない体質だった。
けれど、その日はすぐに酔っ払った。
「いい飲みっぷりだな、アレン」
「まぁな」
いつものように、テオは笑っていて、俺の顔にも久々に笑みがあった。
ようやく全てが終わる。
そう思うと、今までになく心が落ち着いていた。
ずっと苦しくて、この荷を降ろしたくてしかたなかった。
オレンジの火が、ぱちぱちと爆ぜる音がして迫ってくる。
王宮に火がつけられたようだった。
「さて、そろそろ時間だな」
そう言ってテオが立ち上がる。
王座にまで火が迫っていた。
俺も立ち上がる。
すっとテオが剣を抜いて、俺に突きつけた。
罪から逃げるように自害することを、俺は自分に許さなかった。
だから、自分を殺してくれるにふさわしい人間を見つけて、恨みを買うようなこともした。
最後の幕は、きっとその子が引いてくれると思っていたのだけれど、それがテオなのも悪くはないと思った。
「もう十分、お前は頑張ったよ。これでよかったんだよな?」
「あぁ。ありがとうな」
俺のお礼の言葉に、テオは悲しそうな顔で笑った。
躊躇いなくその剣は心臓を一突きにして。
苦しみを感じる間もあまりなく、俺は人生の幕を閉じた。
12/8 作中の季節を、クリスマス前から十二月入りたてに変更しました。