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【4】先生とランドセルの姫君

「あなたは、本当にあの王子なんですか? 王子はもっと大人しく、素直で真っ直ぐな子だったのに」

 毎日秋吉を連れまわしていたら、お昼のカフェテリアでそんな事を言われた。

 ここ最近は、秋吉とここで落ち合うのがお決まりみたいになっている。

 秋吉の声のトーンには、嘆くような響きがあった。


 きっと秋吉はルドルフと同じく、エリシアが生きていた頃の俺しか知らないからそういう事をいうんだろう。

 ルドルフが知っている素直な俺は、この世界に生まれ変わるより以前、前世でエリシアが死んだ時点から、もうすでにいないというのに。


 悪王と名を轟かせた俺の後世を知ったのなら、ルドルフはどんな反応をするんだろうと思う。

 悲しそうな顔をして、叱ってくれるだろうか。

 それとも、俺を軽蔑するだろうか。


 秋吉に前世を知っているなんていうつもりはないから、こんな事を考えてもしかたはないのだけど。


「お前がそう思うなら、俺王子じゃないんじゃないか? つーか、いい加減その王子呼びやめてくれない? 面白がって、他の奴らまで俺を王子って呼び始めたんだけど」 

「いえ、あなたは間違いなく王子です。けれど言動が軽いというか、なんであんなに顔が広いんですか。毎日毎日のように飲み会やら合コンやら、サークル活動やら。遊んでいる暇があったら、もっと真剣に姫を探してください!」


 暗くなった気持ちを表面に出さず、いつもの気だるげな様子を装うと、秋吉は訴えるようにそんなことを言ってきた。


「まぁまぁ。でも、これで友達も増えて大学で過ごしやすくなっただろ?」

「……それに関しては感謝していますが」

 俺の言葉に、秋吉は決まりが悪いというように礼を言った。


 携帯電話を契約させて、使い方を教えて。

 真っ黒で統一されている近寄りがたい服装を、せめて大学内ではラフなものにするように指導した。

 俺が入ってる軽音楽サークルに無理やり加入させ、飲み会につれまわすことで、友達も何人か確保できていた。


「秋吉はさ、難しく考えすぎなんだよ。前世とかいうのに囚われすぎるのはよくないぜ? もう少し肩の力を抜いてもいいと思うぞ」

 カロリー●イトを俺に禁止され、定食を食べていた秋吉が箸を止めて俯いた。


「……そんな事をしたら、その瞬間に俺の中の姫が消えてしまいそうで怖いんです」

 それは秋吉が漏らした弱音だった。

 脇に目も振らず、前世を見続けていた秋吉だけに、その言葉を意外に思う。

 

「あなたの……王子の中には、もう姫はいないんですか?」

 たった一人、取り残された迷子のような、心細そうな瞳。

「……いるわけないだろ。俺は王子じゃないし」

「そう、ですか」

 秋吉は、わかってはいたんだというような悲しそうな顔になる。


 俺の胸が、じゅくじゅくと膿んだように痛んだ。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 秋吉と出会って一年が経って。

 俺は未だに秋吉とつるんでいた。


 秋吉は大分変わった。

 眉間のシワは相変わらずだけど、俺という前世仲間ができて、大学にも馴染んだせいか、近づくなオーラがなくなった。

 元々は人当たりがよくて礼儀正しい性格なのだ。

 秋吉は軽音楽サークルでも可愛がられる後輩になっていた。


 前世で秋吉は、ヴェルテの絃楽器を得意としていたから、ギターくらいできるんじゃないか。

 そう思っていたら案の上、飲み込みが早く、ギターの腕前はかなりのものになっていた。


 秋吉は低くていい声をしていたし、顔もいい。

 俺も自分でいうのは何だけど、そこそこ見れる顔をしていた。

 なので、一緒にバンドを組もうと強引に話を進めた。

 目立つのは嫌だとかなんだとかゴネたけれど、姫探しに協力してやると言ったら、あっさりと折れてくれた。


 そんなわけで、俺たちのバンドは結構人気があって、秋吉に言い寄ってくる女の子も増えた。

 しかし、秋吉はそんな女の子たちを片っ端から断っていた。


「あのさ秋吉。お前一度くらい女の子と付き合えば?」

「そんなことにうつつを抜かしている暇はありません」

 その点に関しては、秋吉は通常運行だった。


 ルドルフの時は、思い返すともっとうまくやってたように思う。

 俺たちが見えないところで、大人な付き合いとかをしていたんじゃないだろうか。

 それくらいに、ルドルフは成熟した雰囲気を持っていた。


 それに対して、今世の秋吉はかなり不器用で、驚くほどに一途だ。

 この違いは何なんだろう。

 ルドルフと秋吉が同じ人だということは間違いないのに、俺の中で完璧には一致しなくなっていた。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「今日から教育実習できてくれることになりました、瀬尾せお隆弘たかひろ先生です。皆挨拶してください!」

 スーツで教壇に立つ俺に、小学生達が挨拶してくる。


 四年生になった六月。

 俺は母校の小学校に教育実習に来ていた。


 どうして俺が教師なんていう面倒な職に着こうとしているのかというと、特に理由はなかった。なんとなくだ。

 けど、あえて言うなら、前世でエリシアが「王子は教えるのが上手ですよね」と褒めてくれたのが、どこかに引っかかっていたのかもしれない。


 こういう教育実習というのは、実は学校の負担になるからあまり受け入れられなかったりするのだけど、俺の場合は喜んで受け入れられた。

 ちょうど一年生の担任が体を壊して、一週間ほど休むことになったらしかった。


 教えてくれる先生はいるものの、少し不安を感じながら立った教壇の上で、俺は一人の女の子の姿を見つけた。

 見た目に特徴があるわけじゃない。

 ただ、他の一年生に比べてやけに落ち着いていて、柔らかな空気を纏っていた。


 その子が前世の俺の姫――エリシアだと、一目ですぐにわかった。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 最初の授業の事は、よく覚えていない。

 俺のことだから、うまくこなしたとは思っているけれど、エリシアがその場にいて、俺を見てると思うと心臓が早く音を立てた。


 忙しくて声をかける暇もなかった。

 そして、声をかける勇気もなかった。


 前世をなかったことにしようと決めたはずなのに、エリシアに話しかけたくてたまらなくて。

 でも、俺のことなんて知らないと、その口から言われるのが怖かった。

 そこまで考えて、ようやく俺は秋吉に同じ気持ちを味合わせていたんだなと気づく。


 結局最後の授業が終わるまで、俺はまともにエリシアと会話することがなかった。

若槻わかつき未来みく

「はい」

 こんな、朝の出席確認だけが、俺とエリシア――若槻との唯一の直接的な関わりだった。


 でも、これでよかったのかもしれない。

 すでに前世は終わって、俺たちはこの世界に生まれている。

 若槻は秋吉と違って、クラスに溶け込んでいるようだった。

 多少大人びたところはあるけれど、みんなのお姉さんと言った様子で頼られている風ですらあった。


 色々やることを済ませて学校を去る。

 午前中には授業も終わっていたけれど、手続きや後始末をしていたら四時になっていた。

 ようやく終わったと思いながら、この忙しかった数日のことを思い出そうとしても、気がつけば若槻のことばかり考えていた。


 副担任の先生から聞いたところによると、若槻は母子家庭らしい。

 父親が借金を重ねて蒸発したらしく、辛い境遇ながら、しっかりした子なのだと教えてくれた。

 生徒の個人情報をわざわざ聞いて、どうするつもりなんだろうと自分でも思う。

 けど、気になってしかたなかった。


 本当は、エリシアがそこにいると思ったら、胸が苦しくて、嬉しくてどうしようもなかった。

 駆け寄って抱きしめたい衝動を、必死で堪えていた。

 そんなことを急にやったら、ロリコンとして一生が終わるし、この気持ちを認めたくはなかった。


 俺も秋吉も未練がましいよな。

 生まれ変わったのに、前世の記憶を持ち続けているのがよい証拠だ。

 もう別の人生を歩んでいるのだから、関わらない方がいいに決まっているのに。

 

 自嘲しながら、靴を履き替えて校門へと歩く。

 小さな人影が、俺を見つけてこちらに向かって走ってきた。

「瀬尾先生! よかったまだいたんですね。もう帰っちゃったかと思いました」

「エリ……わかつき?」

 前世での名前を呼んでしまうところだったが、どうにか踏みとどまる。

 どうやら若槻は俺を待っていたようだった。


 なんで、どうして。

 もしかして前世のことを、若槻も覚えているのか。

 そう思った俺の手に、若槻は何かを握らせた。


「これ、わたしたちに教えてくれたお礼です」

 俺の手には小さなスコーンがあった。

 にっこりと笑うその姿が、エリシアと重なった。

 いつもエリシアは俺から何かを学んで後、こうやってお手製のお菓子をくれた。


「先生、もしかしてスコーン嫌いでしたか? 紅茶の味なんですけど」

「いや。一番好きだ」

 だからこそ、戸惑っている。

 俺が一番これを気に入っていたと、知っていてくれてるんじゃないかって、期待してしまう。


「なんで、わざわざ俺にこれを?」

「うーん、どうしてでしょう。先生ともうおわかれだと思ったら、作ろうって気分になったんです。茶葉は高いから普段買わないんですけど。先生なんとなく、これ好きかなぁって思って」

 若槻もうまく説明ができないようで、首をかしげている。

 初めて会話らしい会話をした若槻は、やっぱり小学校一年生には思えなかった。


「ありがとな」

 そういって頭をなでたら、若槻が目を細める。

 若槻がエリシアだったときには、エリシアが俺にやっていたことだった。


 家に帰って食べたスコーンは、やっぱり懐かしい味がした。


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「金の姫と黒の騎士」。冬童話2015に投稿。新作短編です。
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