【3】王子と騎士と、ロクでもない前世
十五歳になって、成人の義が執り行われて。
俺はようやく剣で、ルドルフから一本取れるようになっていた。
「お見事です王子。ですが」
そう言って、ルドルフは俺の足元を払った。くるりと視界が一回転して、天井を背景にしたルドルフがこっちを見ていた。
「油断大敵です。いつ襲われるかわからないということを、肝に銘じておいてください」
薄っすらとルドルフが微笑む。
いつだってルドルフは俺よりも一枚上手だった。
「エリシアは……俺と結婚することになって、よかったのか?」
結婚の儀の日取りが決まった日。
俺はエリシアに、ずっと前から聞きたかったことを口にした。
あれがたぶんマリッジブルーという奴だったんだろう。
普通は女が掛かるものだと聞いているけれど。
エリシアは、何を聞かれているのか、よくわからないというように首を傾げていた。
「エリシアは、ルドルフが好きなんだろ。俺と結婚して、不幸せじゃないのか?」
再度問いかける。
胸の奥にあったわだかまり。
聞くつもりはなかったのに、つい俺は口にしていた。
きっと、優しいエリシアはこういうことだろう。
そんなことありませんよと。
ルドルフではなく、俺が好きだと。
上辺だけの言葉に、安心することもできないくせに、俺はエリシアから愛されているのだと思い込みたかった。
「確かに私はルドルフが好きです。結婚できたらそれは幸せなことで、きっとルドルフは私に安心と心からの愛を捧げてくれると思います」
けど、エリシアから返ってきた言葉は、俺が思っていたものとは違っていた。
「でも、結婚できなかったから不幸せかというと、それは違うと思うのです」
エリシアが視線を俺と視線を合わせて、ふわりと愛おしそうに俺の頭を撫でた。
「あなたと婚約が決まって、わたしの国はこれから繁栄するでしょう。それもわたしにとって、幸せなことなんです。アレンは私を好いてくれていますし、政略結婚とはいえ、きっと愛情を持って過ごす事ができる。これも、幸せですよね?」
その言葉に嘘はなくて、見せかけだけの言葉よりも信じることができた。
結局エリシアは、俺のことを好きだとは言ってくれなかった。
俺に対する愛情はあっても、恋愛めいた意味は、きっとまだそこにはなかった。
可愛い弟くらいにしか思われてなかった。
わかっていた事だ。
「……エリシアは幸せを探すのが上手いんだな」
「私たち、ヴェルテの民の教えには、こんな言葉があるんです。不幸を捜して死にゆくよりも、幸せを捜して生きろ。同じ時を過ごすなら、楽しんだもの勝ちだと思いませんか?」
出会った時と同じような笑顔で、エリシアはそう言った。
その言葉は、侵略にさらされてきたヴェルテの民が、行き着いた答えなのかもしれない。
卑屈だとか、調子がいいとか、媚を売っているとか。
そう思う人もいるかもしれないけれど。
俺は、たくましくて強くて、かなわないなと思った。
俺と一緒に歩いて行こうと思ってくれている。
そこに幸せを見出そうとしてくれてる。
今はそれでもいいと、救われたような気がしていた。
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結婚式の前日。
ルドルフから俺に剣で勝負を挑んできた。
俺はそれを受けた。
あれはきっとルドルフなりのけじめだったんだろう。
いつも手加減してくれてたんだなってわかるほどに、容赦なくルドルフは俺に剣をふるってきた。
それでも諦めずに、ルドルフに一撃を喰らわせる。
そのころにはもうくたくただった。
「姫を、不幸にしたら許しませんからね」
「わかってる」
それはルドルフが俺を認めてくれた瞬間だった。
その日の夜。
エリシアは急に熱を出して倒れた。
医者は風邪だと言った。
けど、今までエリシアは病気にかかったことのない健康体だった。
きっと結婚前だったから、緊張していたのねと彼女は笑っていたけれど。
タイミングが良すぎると、誰もが思っていた。
式は延期になり、幸いなことにエリシアは二日後に体調を取り戻した。
顔色もだいぶよくなって、俺もルドルフもほっとしていた。
延期になった式も、これなら執り行えそうだ。
そう医者に言われてほっと俺も胸を撫で下ろした。
でも、延期された結婚式の前日にエリシアの様態は急変して。
結婚式を迎える前に死んでしまった。
びっくりするほどに、あっさりと。
俺はまた人形のように、感情をなくした。
ルドルフはエリシアに仕えていた者たちを連れて、ヴェルテに帰ってしまった。
俺が成人した際に、エリシアの騎士から俺の騎士になっていたテオだけが、唯一側に残った。
テオは俺を励ましてくれたけれど、その言葉のどれも響かなかった。
エリシアが亡くなって、しばらくしてルドルフが後を追うように死んだという情報がテオから入った。
流行病にかかったらしい。
俺はさらに心を閉ざすようになった。
それからしばらく時が経って。
エリシアは病気で死んだのではなく、殺されたのだということをテオが突き止めた。
食事に毒が混入されていたらしい。
エリシアが一番信頼していた侍女が、裏切っていた。
黒幕は、王の正妻だった。
馬鹿に育った彼女の子供である兄王子よりも、俺の方を王にという声が高まったことが、原因だったらしい。
当時兄王は、王から政治の一部を任されていたのだけど、そこで大きな失敗を犯していた。
例え蛮族と呼ばれているヴェルテの王女が妻でも、俺が嫁を取る事によって成人してしまえば、兄王子の地位が危ないと正妻は考えたのだ。
そんなの、俺にとってどうでもよかったのに。
くだらないことのために、エリシアは殺されてしまった。
心が黒く染まって、俺は憎しみに突き動かされて、日々を過ごすようになった。
あの時のことは、あまり考えたくはない。
俺はあまり褒められない、口にできないようなことを沢山して、エリシアを死においやった奴らを全部闇に葬った。
そのために、彼らがなりたかった、くだらない王の座について。
くだらない奴らを粛清して。
グリムントに巣くう膿を、全部潰した。
手当たり次第に手段も選ばずに、残酷な方法で。
俺の憎しみの対象は、グリムント自体にも向いていた。
こんな国、壊れて消えてしまえばいいと思っていた。
そんなグリムントよりもっと嫌いで憎いのは自分で、誰かが殺してくれるのを俺は待っていた。
エリシアを守れなかった罰と、今まで犯してきた罪の重さに、俺は耐えられなかったのだ。
結果俺の最後も、願ったとおりのくだらないものになった。
今までのグリムントの悪政に耐えられなくなった民達が、革命を起こしたのだ。
王宮には火がつけられ、最後の最後、俺は剣を突きつけられた。
民を先導していた、俺の騎士で親友のテオに。
「もう十分、お前は頑張ったよ。これでよかったんだよな?」
胸にふかぶかと剣が突立てられて。
悪王となった俺の人生は、親友の手によって幕を閉じた。
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やっぱり前世なんて思い返したところで、ろくなものじゃない。
そう思うのに、目の前で前世の騎士がうろつけば、嫌でも前世が過ぎった。
「王子、一緒に姫を捜しにいきましょう」
「だからその呼び方はやめろって言ってるだろ、秋吉」
ルドルフの今世での名前は、秋吉創と言い、俺の二つ下の後輩だった。
今は大学の講義中。
なぜか俺の隣に、当然のように座っている秋吉。
毎日のように、秋吉は俺の前に現れた。
「あのさ、お前一年だろ。なんで三年の俺と同じ講義受けてるわけ。しかもお前教育学部じゃなくて、経済学部だよな?」
「問題ありません。内容ならちゃんと理解していますし、必要な単位はとっています。それに、教授から許可も貰いました」
ちゃっかりしてるというか、秋吉は真面目だ。
そういうところは、前世からあまり変わっていない。
講義が終わって、カフェテリアで昼ご飯を食べる。
適当に菓子パンを食べていたら、秋吉が呆れたような顔をした。
「王子、なんですかその食事は。栄養が偏りすぎです」
「なんだよ人のメシにまで文句つけるのか?」
「あなたの体調を心配して言ってるのです」
大きく秋吉は溜息をつく。
秋吉は未だに俺を保護対象としてみているらしく、自然と世話を焼いてくることがあった。
若干わずらわしい保護者みたいな事を言ってくる。
今は俺の方が年上だというのに。
なんだか妙な気分だった。
「しかたありませんね。これをどうぞ」
秋吉は俺にカロリー●イトを差し出してきた。
「なんだよこれ」
「総合栄養食です。これ一つで、全ての栄養がまかなえます。私は現在三食をこれで過ごしています」
「……」
秋吉の目はマジだった。
秋吉に付きまとわれるようになってわかった事だが、秋吉はちょっぴり常識に欠けている部分があった。
前世のことにかまけすぎて、今の時代にうとくなってしまったんだろう。
今時スマホどころか携帯電話すら、秋吉は持っていなかった。
なので、手始めに携帯電話を持たせることにした。
連絡をとる相手もいないし、必要ないと秋吉は渋っていたのだけど。
「あのさ、もしお前のお姫様とやらに出会ったとしてだ。連絡先がなかったらお姫様も困るんじゃないか? 連絡取りたくてもとれなくて、二度と会えないなんてこともあるかもしれないんだぞ?」
「……確かにそうかもしれません」
俺のその言葉で、秋吉は携帯電話を買う決意をしたようだった。
姫を引き合いに出すと、秋吉は割と素直にいう事を聞く。
そう俺が学んだ瞬間だった。
秋吉を携帯ショップまで連れて行ってやり、店の外で待っていてやる。
出てきた秋吉は何故か携帯を二台持っていた。
「ちょっと待て。なんで二台も契約してるんだ」
「たとえ私が携帯電話を持っていても、姫が持ってなかったら意味がないでしょう。だから、もう一台契約してきました」
俺の問いに、秋吉は真剣な顔で答える。
これにはさすがの俺も少し呆れた。
12/8 秋吉さんの学部を「教育学部」から、「経済学部」に変更しました。