【番外編2】王子と今世の残念な騎士
時系列は本編2の後、「ランドセルな私に前世の騎士が付きまとってきます」の番外編1と同じくらいで、冬の初めあたりです。
「未来とお付き合いすることになりました」
秋吉から酒の誘いがきた。
こんなこと初めてだったから、驚きながらも行ってみたら、いきなりとんでもない事を言われた。
「……ちょっと待て。未来って若槻のことか?」
「そうです。ですから、もうちょっかいを出さないで下さい」
冗談というような雰囲気もなく、秋吉はそんな事を言う。
正直に言って、状況に頭が着いていけなかった。
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秋吉が前世で仕えていた姫の生まれ変わりである若槻と知り合ったのは、今年の春の事。
ちょっと前から、俺が勤めている小学校の周りには不審者が出没していた。
教え子である若槻を家に送る途中。
俺は、黒服にサングラスをした見るからに不審者な秋吉を見かけた。
大学時代から、いつも姫を探す時に秋吉がしていたお決まりの服装。
それを見て、俺は秋吉が若槻を見つけていたのだと知った。
前世で俺は大国の王子で、若槻はその婚約者の姫。
結局結ばれることはなかったけれど、姫が王子である俺と結ばれるべきだと秋吉は初めて会った時から言っていた。
なのにどうして、若槻を見つけたのに俺に連絡してこないのか。
その理由に思い当たった俺は、秋吉にちょっかいを出したり、からかったりしていたのだけれど。
秋吉がいつになっても若槻を姫だと俺に紹介しようとしないのが、なんとなく面白くなくて。
若槻の前で、俺が前世の王子だと暴露すれば、秋吉は不機嫌になった。
素直に姫である若槻を独り占めしたくなったのだと認めるなら、それくらいにしといてやろうかなと思っていたのだけど。
認める気もあまりなさそうに見えたので、試すように若槻の前で合コンに誘ってみた。
大学の時にバンドを組んでいた先輩にせっつかれて、無理やり用意させられたこの合コン。
この先輩のために女の子たちを集める客寄せパンダとして、俺は元々秋吉を誘う気でいた。
面倒なことに俺だけ参加させられるというのも、何だか癪だったからだ。
秋吉が来ないなら、若槻とデートに行く事にするなんて言えば、秋吉は渋々オッケーしてくれた。
けれどその日の夜。
秋吉から断りの電話が来た。
しかも理由が「若槻と遊びに行くことになったから」だった。
「へぇ、俺の誘いの方が先なのに、そっちを優先させるんだ?」
『先輩には悪いとは思ってますが、姫が優先です』
全然悪いと思ってない声で、秋吉はそう告げた。
「そっか、それならしかたないな。日曜は朝早くから遊びに行くのか?」
『……十一時に待ち合わせしてます』
てっきり何か言われると思っていたのだろう。
秋吉は拍子抜けしたようだった。
「わかった。楽しんでこいよ?」
秋吉が動くなら、俺も動いてやろう。
そんな事を思いながら電話を切って。
日曜日に、秋吉よりも早く若槻の家へ行った。
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若槻を攫うようにして、水族館へ行って。
「ちゃんと前もみないとな、若槻。ぶつかるぞ」
「あっ、すいません」
「いいよ。俺につかまって歩けばいい」
夢中になっている若槻を見て、連れてきてよかったと思った。
前世で結婚する前の日、若槻の前世であるエリシアは風邪で倒れた。
一回目のそれはタイミングが良すぎたけれど、たぶん本当に風邪だった。
だからこそ二回目を疑うのが遅れたとも言えるのだけれど。
「きっと結婚前だったから、緊張していたのね」
心配して部屋を訪れた俺に、エリシアは笑った。
「結婚したら、エリシアの故郷に行こう。前にエリシアが言っていた海の洞窟へ行ってみたい」
だから早く元気になって欲しい。
そう伝わるように言えば、エリシアはいつもやっているように優しく頭を撫でてくれた。
「ふふっありがとうアレン。きっと驚くわ。魚がいっぱいいて、宝石みたいに綺麗な場所なのよ」
また子ども扱いしてと思いながら、そうやって髪を撫でられるのが嫌じゃなかった。
思えばあれが、エリシアとの最後の会話で。
結局その約束を果たすことはできなかったのだけれど。
故郷のヴェルテの海に、エリシアを連れて行ってやりたかった。
こんな代用品の場所じゃなく、彼女の愛した場所へ。
彼女を守れなかった自分が酷く惨めで、大嫌いで。
「先生?」
「あぁ、ごめん考え事してた」
どうやらついぼーっとしてしまっていたらしい。
気がつけば若槻が俺の服の裾をひっぱって、こちらを見上げていた。
「どうしてそんな辛そうな顔をしてるんですか?」
「……そんな顔してたか?」
「はい」
楽しいデートの最中なのに、暗くなってしまったのを詫びるように、若槻の頭を撫でる。
「本当は若槻を海に連れて行ってやりたかったなって思ってさ」
「ここで十分嬉しいですよ。でも、いつか海に連れて行ってくれるなら、それも楽しみにしててもいいですか?」
ごまかすように口にすれば、若槻は何を思ったかそんな事を言う。
「……そっか。今からいくらでも若槻となら行けるよな」
できなかったことを後悔したって、しかたない。
今の俺にできることだってすぐそこにあるのだから、それをするだけだ。
俺の表情が和らいだのを見てか、若槻がほっとしたような顔になる。気にかけてくれたことが嬉しかった。
「人が多くなってきたな。はぐれないように手を繋ごうか」
自然と手を差し出せば、若槻はそれを握ってくれた。
小さなその手は、いつだって俺を暗い闇から引き上げてくれる。
手を引いているのは俺なのに、俺の方が若槻に導かれているような気がした。
水族館を見て回って後、俺は若槻に前世を覚えていると告白した。
俺は自分がしてきた事を、若槻や秋吉には絶対に知られたくなかった。
でも、これだけはどうしても若槻に知っていてほしかったのだ。
秋吉も俺も、前世を持って生まれてきて。
ずっと若槻に会いたかったんだってことを。
「俺はさ、今度は間違えずに幸せになって欲しいんだ。姫さんに。そして秋吉にもな」
気がつけば俺は喋りすぎていて。
普段なら心の中でさえ偽って隠すような、まっさらな本心を口にしていた。
若槻を見れば、秋吉に惹かれているのがわかった。
それならそれでいいと思った。
彼女が自分で選択をするのなら、それでよかった。
それからすぐに秋吉が若槻を迎えに来て。
「立場も前世も関係ありません。私は彼女を、未来を誰にも渡さない。たとえそれがあなたでも」
そうやって本心を真っ直ぐぶつけてきた秋吉を、俺は嬉しく思った。
前世に縛られて、身動きがとれなくなっている秋吉を、ずっと側で見てきたから尚更だった。
秋吉の目には出会った頃の迷子のような、寂しい光はもう見当たらなくて。
こいつはもう大丈夫だと思った。
秋吉は若槻を連れて去って行った。
だから、この後何があったか俺は知らなかったのだけれど。
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――なんでいきなり、付き合うとかこんな急展開になってるんだ。
秋吉のおごりのビールに手をつける気にもなれず、居酒屋で頭を抱える。
前世があるからか若槻は大人びているけれど、まだ小学四年生だ。
いずれならまだわかる。
それでもギリギリだとは思うけれど。
けど、今は歳とか色々問題がありすぎるだろ。
さすがの俺ですら、それくらいは弁えている。
「……あのさ秋吉。お前ロリコンじゃないって言ってなかったか?」
「ロリコンではありませんよ。ただ私は、未来の一番側にいたいだけです。そのために側にいる契約を結んだにすぎません」
堂々と秋吉は言い切った。
「いやでもさ。色々世間体とかあるだろ」
「別に婚約者くらい珍しい事ではないでしょう? あなたも未来と同じくらいの歳に婚約していたじゃないですか」
俺の言葉に秋吉は首を傾げる。
これは本気でそう思っている顔だ。
確かに前世では、幼い頃から婚約者がいるというのは珍しい事ではなかった。
「それはお前の前世とかいうやつの話だろ。ここでは普通じゃないの」
「そうなのですか? 確かに珍しいとは思いますが、私が通っていた小学校では何人かいましたよ?」
秋吉の常識は、そのあたり前世基準なのかもしれないと思っていたが、違ったようだ。
現在は一人暮らしをして普通の会社に勤めているものの、実は秋吉はやんごとない家のお坊ちゃんだ。
偶然見かけた俺を追いかけて同じ大学に入った際に、親と喧嘩して、勘当同然の状態なのだと前に聞いたことがあった。
世間知らずなところや礼儀正しい立ち振る舞いは、今世の家の影響も大きいと思う。
「一応、自分でもこれが少し気が早いことくらい理解していますよ。ですが、未来の側に一番いられる方法がそこにあるのなら、迷わずそれを取ります」
不純物の混ざらない、真っ白な好意。
秋吉のその好きは、純粋すぎるほどに純粋だった。
そこには駆け引きとか、打算とか、そんなのもなくて。
前世の子供の頃の俺ですら、もう少し何かあったと思う。
――まるで初恋のような初々しさだな。
それに気のせいだろうか。
秋吉自身、若槻の側にいられるから恋人になっただけで、そこにある感情にあまり気づいてないように見える。
「……秋吉ってさ、女と付き合ったことくらいあるよな?」
「前世でなら何度か。割り切った関係でしたけれど」
大学時代も寄ってくる女に対して面倒臭そうにしていたから、もしかしてとは思っていたが、今世では女と付き合ったことすらないらしい。
酒を飲ませれば、秋吉は惚気てくる。
若槻の頑張りやなところが好ましいとか、最近手を自分から繋いでくれるようになったとか。
小さなことを、凄く幸せそうな顔で語ってくる。
「未来といると、感情が動かされるんです。知らない感情が次から溢れて、苦しくなったり、一番側にいて必要とされたいと思ってしまう。前世の私はこの気持ちを経験していたのかもしれませんが、今の私は時々どうしたらいいかわからなくなります」
ふいに、戸惑いを打ち明けるように、秋吉はそんなことを漏らす。
秋吉の前世であるルドルフは、エリシアと両思いだったけれど、立場的にそれは叶わず片思いのような状態だった。
大方、その思いを引きずりながら、今世でも秋吉は今まで生きてきたんだろう。
おかげで前世も含めてまともな恋愛をしたことがなく、自分の気持ちを持て余しているようにも見えた。
「まぁせいぜい悩め。こっちでは、身分やら何やら難しいことはないんだしさ。まぁ歳の差はあるが、姫さんが男とか凄い年上じゃなくてよかったな、秋吉」
「未来が未来ならば、例え老婆でも男でも関係ありませんよ」
からかうように言えば、真顔で返される。
「……じゃあ、若槻がおっさんでも? ゴロー先輩のような、むさくて暑苦しくて、ごつい外見でも関係ないっていうのか?」
具体的に想像できるよう、共通の知り合いである、大学時代のバンドのリーダーの名前を出す。
ゴロー先輩は全くもてなくて、もてたいがためにバンドを作ったような男だ。この前の合コンも彼に無理やり参加させられた。
暑苦しいし、ちょっと変わった人だけれど、悪い人じゃない。先輩としてはとてもいい人なのだ。
けれど、さすがにあれが若槻だったら、俺はこんな気持ちを抱くのは無理だ。
美しい思い出に、そっと蓋をするくらいはしてしまうかもしれない。
「問題ありません」
しかし、秋吉は顔色一つ変えなかった。
「アレと付き合えるのかよ」
「さすがに男性とお付き合いは無理ですね。側にいられればいいので、養子縁組くらいならするかもしれません」
秋吉は真面目に答えてくる。
しかも、そこに迷いはない。
本当にそんな状況があったとしても、きっと秋吉はやってしまうんだろうという雰囲気があった。
……こいつロリコンとか、そういうレベルじゃなかったな。
姫ならなんでもいいというより、中身が若槻なら何でもいいらしい。
俺の知っているルドルフは、こんな残念な感じじゃなかったのにどうしてこうなったんだろう。
「何ですかその目は」
生暖かい目になった俺に、秋吉がむっとしていたけれど。
きっとこの場にテオやエリシアがいても、同じ感想を持ったんじゃないか。
そんな事を思った。