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【10】王子と親愛のキス

 テオを俺の騎士にすることはできなくても、その気持ちに何か報いたい。

 そう思った俺は、王城から自分の城に戻る前に、お忍びで街に降り立った。

 街一番だという武器屋に、テオ専用の剣を依頼しに行ったのだ。

 あいつの癖や特徴は把握していたから、使いやすいように考えて、重みがある剣にした。


 城に戻ってからしばらくして、注文していたその剣が俺当てに届いた。

 確認してできばえに満足したところで、鍛練場にテオを呼び出した。

「これをテオにやる」

 そう言って剣を差し出せば、テオは目を見開いて固まった。


「これを……オレに?」

「そうだ。受け取れ」

 ちょっと照れくさくて、ぶっきらぼうにそう吐き捨てる。

 テオはそれでも手をつけようとしなくて、窺うように俺に視線を投げかけた。


「いいのか?」

「受け取ってくれなきゃ困る。テオのために作らせたんだ」

 そう言えば、テオは表情を輝かせて、俺の前に仰々しく膝を着いた。


「ヴェル アリナ エステリア」

 よくわからない言葉を、テオは呟いて剣を受け取る。

「今なんて言ったんだ?」

「剣を受け取る際の、ヴェルテの決まり文句みたいなものだ。意味はよくわかんないんだけどな。できれば同じ言葉を返してくれないか?」

 首を傾げれば、テオがそんなことを言ってくる。

 儀式めいてるなと思いながら素直に同じ言葉を返せば、テオは嬉しそうに立ち上がり、さっそく剣を鞘から抜いた。


「なんだこれ。初めて握るのに、手に馴染む感じがする」

「丈もちゃんとテオに合わせたんだ。テオの剣は細身よりも、重くて幅が広いのがいいかと思ってそれにしてみた」

 説明すれば、テオが嬉しそうな顔になる。

「さすが親友。オレの事をよくわかってる!」

 興奮したようすでそう言って、剣をしまってから、テオは俺に向き直った。


「ありがとな! オレ精一杯頑張るから。お前の期待に答えるからな!」

 力をこめて、テオが真っ直ぐな瞳をむけてそう宣言してくる。

「? あぁ、頑張れ?」

 何を頑張るつもりなのかと思いながらそう言えば、テオは感極まったように俺に抱き付いて。

「っ! アレン、大好きだ!」

 高いテンションで、頬にキスをしてきた。


「!?」

 びっくりしてテオと距離をとる。

「これ、早速ルドルフ様に見せてくるな!」

 驚く俺を尻目に、テオは興奮が冷めない様子で、鍛練場を出て行ってしまった。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「あぁ、ここにいたんですか王子」

 あまりの事に頬を押さえて固まっていたら、鍛練場にルドルフが入ってきた。

 テオとは入れ違いになったらしい。

「今日は歴史の授業の先生が来れなくなったので、午後は代わりに……王子? どうかなさったのですか?」

 さび付いたような動きで顔を向ければ、俺の異変に気づいたルドルフがぎょっとした顔になる。


「テオに……キスされた」

 ぽつりと口にすれば、ルドルフは持っていた紙の束を全て床に落とした。

 あのルドルフがあんなに大口を開けて、間抜けな顔をしてたのはあれが最初で最後だったような気がする。

 それくらいルドルフは驚いていた。


「それは、本当ですか?」

 かなりの間の後尋ねられ、こくりと頷く。

「……あいつは王子に何てことを!」

 青ざめたルドルフは剣をすらりと抜き、闘技場を出て行こうとする。

 俺以上に混乱しているように見えて、ちょっと待てと止めた。


「すいません。今すぐつれてきて謝らせますのでお待ちください。きっとあいつも気の迷いでそんな事をしたと思うのです。王子の気が済むまで謝らせますので、罪に問うのだけは勘弁してあげてくれませんか」

 早口でそんな事を言うルドルフの眉間のシワは、いつもより三割増しだった。

 放っておけば、テオが痛い目を見そうだった。

「落ち着けルドルフ。罪に問うつもりはない。キスと言っても頬だ」

 慌ててそう言えば、ルドルフは脱力したようだった。


「なんだ、頬ですか……」

 驚かせないでくださいと、ルドルフは大きく安堵の息を吐く。

「なんだとはなんだ。テオから頬にキスをされたんだぞ? しかも大好きと言われた。これはどういう意味にとっていいんだ?」

 こっちが困って相談しているのに、ルドルフの態度は、そんな事でいちいち騒がないで欲しいというようだった。


「頬へのキスは、ヴェルテでは親密な間柄の者同士で行われる挨拶の一種です。こっちにはその文化がないんですね」

 焦って損をしたというように、ルドルフは剣を納める。

 そんな文化が存在しているという事自体、俺には衝撃的だった。

 

 ルドルフの説明によると、頬へのキスは親しい間柄なら老若男女関係なく行われるらしい。

 いつもする挨拶というわけではなく、久々の再会や、感情が高ぶった時にそれを分かち合うために行われるようだった。

 それは、女性の手に触れるだけでも作法があるような、俺の国グリムントでは考えられないことだった。


「その親愛のキスというのは、男同士でもするのか」

「親しい間柄なら」

 俺の問いに、ルドルフが答える。

 つまりテオのあれは、最大級の感謝の印という事のようだった。

 文化の違いに驚きはしたが、贈った剣がそこまで喜んでもらえたのなら、こちらとしても嬉しかった。


「ルドルフもするのか?」

「やられたら一応礼儀として返しますが、自分からはしないですね。こういうのは柄ではありません」

 ルドルフがそういう事をする姿が想像できなくて尋ねたら、そんな答えが返ってきた。


「返す? それは相手の頬に、こっちからもキスをするということか」

「そうなりますね。返すことで、こっちも同じ気持ちだと伝えるんです。やらない場合は、失礼になりますからね」

 説明を受けてもにわかには信じられないような話だったけれど、堅物のルドルフがそういうなら、そうなんだろうと信じることができた。


 なんて難易度が高いのだろう。

 恥ずかしくてとてもじゃないが、軽々しくできそうにない。

 けれど、テオが親愛を示してくれたのならちゃんと返すべきだ。

 そんな事を、ルドルフの言葉を聞きながら思ったのを、今でも覚えている。

 前世のこの時の俺は、純粋というか、馬鹿真面目だったのだ。


「じゃあ、エリシアもあの挨拶をするということか」

 女からキスというのはいかがなものだろうと思いながら口にすれば、ルドルフは肯定した。


「子供の頃の姫は、乳母でもある私の母の影響でよくやっていましたが、女性からそれをするのは、はしたないのでやめるように言いました。けれど、癖はなかなか抜けないみたいで。今でも時々やるんですよ」

 姫にも困ったものですといいながら、ルドルフが表情を緩めた。

 もうしかたないなぁと孫の悪戯をゆるす、祖父母のような雰囲気だった。


 ヴェルテの王族は子沢山なため、下の子ほど扱いが雑になる傾向があるらしい。

 エリシアは全体で十二番目の子供で、しかも女の子。

 その上身分の高い女性の子供というわけでもなかったので、幼い頃の教育は全てエリシアの乳母であるルドルフの母に丸投げされていたらしかった。


 ルドルフの両親は仲がよく、年中頬へのキスどころか、子供が見てる前でも熱い抱擁等を交わしていたらしい。

 それを見て育ったエリシアは、幼い頃は大分スキンシップが多かったのだと、ルドルフは語った。


「ルドルフやテオも、エリシアから頬にキスされたことはあるのか?」

「ありますよ。だから、そんな身構えるようなことではないんです」

 尋ねた俺に、ルドルフは力強く肯定した。


「そうか……ヴェルテでは、あたりまえのことなんだな」

「はい。ですから、テオにキスされたことは、そんなに思い悩まなくても問題ありません。むしろあの子が王子を友人と認めた証だと受け取ってください。親愛のキスは、誰にでもするものではなく、親しい者にしかしませんから」

 力なく呟いた俺に、ルドルフは重ね重ねそんな事を口にする。

 テオの弁護のためにそんなことを言ったのだろうけれど、俺の悩みはすでにそこから別のところへ移っていた。


「つまり、まだ僕はエリシアに親愛のキスをしてもらえるほど……親しくはないんだな」

 かなり仲良くなったと思っていただけに、それは俺にとってとてもショックな事だった。

 いきなりどんよりと暗くなった俺に、ルドルフが慌てだす。


「きっと王子が婚約者だから、照れていらっしゃるのですよ!」

 そう言ってルドルフはフォローしてくれたけれど。

 もうここに来てから二年が経っていた。


 エリシアは未だに俺を子供扱いしているところがあり、当時思春期だった俺はこれが結構不満だった。

 精一杯背伸びして、エリシアに釣り合う男になろうと、好かれようと必死だったのに、相手にされてないように思えたのだ。

 そこにこの事実が重くのしかかって。

 

「……部屋に戻る」

 ルドルフがオロオロとしていたけれど、それを気にかける余裕もなく、俺は鍛練場を後にした。



●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


「王子! お話があります。ドアを開けてください!」

 部屋に籠もっていたら、そんなに時間も経たないうちに、またルドルフが俺の所へやってきた。

 無視していたら、ノックの音がだんだんとうるさくなる。


「悪いが一人にしてくれ」

「気持ちはわかりますが、至急確認したいことがあるのです!」

 誰とも会いたくない気分だったのに、ルドルフはそれを許してくれなかった。

 珍しく焦っているようだったので、しかたなくドアを開けて招き入れる。


「テオから聞きました。剣を与えたそうですね」

 なんだそのことかと思った。

 てっきり、さっきまで話していた親愛のキスの話でなにかあるのかと思っていたので、少し拍子抜けする。


「この前王城に行った時に、テオに助けられたから、そのお礼だ。それがどうかしたのか?」

 若干投げやりに答えてから、ルドルフの顔が険しい事に気づく。

「あの剣にはあなたの紋章が入っていました」

「?」

 俺にはルドルフの言いたいことがさっぱりわからなくて、首を傾げた。

 自分からの贈り物だから、自分の紋章を入れただけの話だった。


「やはり、自分がしたことをわかってなかったんですね。親愛のキスも知らなかったようですし、これももしかしてとは思ったのですが」

 頭が痛いというように、ルドルフは額を押さえた。

「何が言いたいんだルドルフ。僕にわかるように説明しろ」

「……私たちの故郷であるヴェルテでは、自分の紋章入りの剣を与えるという行為が、あなたを自分の騎士にしたいという申し出になるんです」

 少し苛立ちながら問い詰めれば、ルドルフは溜息交じりにそう答えた。


「……つまり、僕はテオに剣を捧げられたということか」

「そうなりますね」

 導き出した答えに、ルドルフが頷く。

「テオは剣を受け取り誓約の言葉を口にしたでしょう。あなたもそれを返した。それでヴェルテでは契約が完了なんです」

 儀式めいてると思ったのは、気のせいではなかったらしい。


 俺の国だと、騎士との主従契約は教会の司祭を招いて行われる。

 儀礼用の剣で騎士の肩を叩き、誓いを唱えるのが慣わしだ。

 国が違えば、こうもやり方が違うのだと、俺はこの日嫌というほどに思い知った。


「……なかったことには」

「できませんね。神聖な儀式ですから。それに王子はあんなに喜んでいるテオに、そんな気がなかったと言えますか? エリシアや他の人たちにも、すでに剣を見せびらかしていますよ」

 俺の言葉にルドルフはそう告げて、部屋の窓を開けてバルコニーに出る。


 二階にある俺の部屋からは、庭がよく見えた。

 庭を見下ろせばテオがいて。

 特に親しいわけでもない庭師の人たちに剣を自慢していた。

 ここから見ても、テオがかなり嬉しそうなのがわかる。

 とてもじゃないけれど、あれはそんなつもりじゃなかったなんて言える雰囲気じゃない。


 テオを自分の騎士にする事をあんなに躊躇ためらっていた俺は。

 こんな風に、うっかりテオと契約を結んでしまったのだった。

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「金の姫と黒の騎士」。冬童話2015に投稿。新作短編です。
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