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【1】騎士との再会

 そいつとの出会いは、大学三年の時だった。

「王子、ようやく見つけました」

 そう言って俺の前に現れた男は、全身黒ずくめ。

 短い髪に、鋭い眼光。

 やけに姿勢がよく、シャツの下の肉体は、鍛え上げられてるんだろうなとわかる感じだった。


 一目見た瞬間に、俺はコイツが誰だかわかった。

 前世、俺の婚約者である姫に仕えていた騎士だ。

 こいつも俺と同じく、この世界に生まれ変わっていたなんて。


 自分に前世がある。

 物心ついたときには、俺はそれを知っていた。

 けれどその前世は、あまり後味のいい終わりじゃなくて、俺はそれをなかったことにしたかった。

 その記憶に蓋をして、今日まで過ごしてきた。


 なのに、どうして。

 こんなところで前世の知り合いで、しかも記憶を持っている奴に出会ってしまったんだろう。


 なによりも。

 胸糞悪くなるような前世なのに、共有できるヤツがよりにもよって絶対に顔を合わせたくなかった奴で。

 けど、そんな奴でも再会できて嬉しいと、喜んでしまっている自分がいた。


 前世、俺の好きだった人の想い人。

 俺が恋していた隣国の姫の騎士、ルドルフ。

 見た目は全くちがうのに、眉間のシワがよく似ていて。

 すぐにルドルフだとわかった。


「ねぇ、隆弘たかひろ。この人ってあれだよね、今年入ってきた一年の騎士様だよね? 知り合いなの?」

 真奈美まなみが俺の腕にすがりつきながら、そんな事を聞いてくる。

 騎士という単語に、一瞬ビクリとする。


 情報通である真奈美によると、ルドルフは大学内で有名人らしかった。

 高校時代に剣道の全国大会で優勝し、その凛々しい見た目から、騎士様と密かに名づけられているとのことだった。


「なんですかその女性は」

 俺の隣の真奈美を見て、ルドルフは仏頂面だった顔をさらにしかめた。

「この世界に、きっと姫も転生しています。ですから、女遊びは控えてください」

 大真面目な顔で、ルドルフは俺にそう言ってきた。


「……悪いけど、俺何のことだかわからないんだ。ごめんね」

 我に返って早々に立ち去ろうとしたら、ルドルフに腕をつかまれる。

「私のことは思い出さなくても構いません。ですが、あなたには姫がいる。それだけは忘れないで下さい」

 ルドルフの腕を振り払うようにして、俺はその場を立ち去った。


 忘れるなだって? 何をいってるんだルドルフは。

 ルドルフの言葉に、心がささくれ立つ。

 蓋をしてきた想いが、ちょっとの振動で溢れてしまいそうだった。


 忘れられるはずがない。

 忘れようとしても、無理だった。

 あの人は、たった一人の、俺の大切な人だったのだから。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 前世での俺は、大国の王子だった。

 俺の国・グリムントは後継者問題で荒れていた。

 主に俺のせいだった。


 俺は第五王子で、他の王子とは腹違いで大分歳が離れていた。

 母親は王の側室で身分は高くなかったけれど、父王は母を寵愛していた。

 そして俺は、この国の王族の証である、金の目を受け継いでいた。

 長い間出てなかったその色は、国を作った英雄と同じらしく、俺を王にと押す者が存在していた。


 まぁ、そんな事俺にはどうだってよかった。

 それよりも俺は、日々を生きることで精一杯だったのだ。


 兄王子からの虐め。いろいろとえげつないことをされた。

 告げ口すればよかったものの、当時の俺は悪意というものを知らなくて。

 これは駄目なお前のためなんだぞと言われれば、きっと自分に非があるから、兄たちはこういうことをするのだと信じていた。


 今思えば、あの時の俺は馬鹿だった。

 両親に褒められるのが嬉しくて、勉強や武術に精を出して。

 いい王子であろうと、いい成績を残すことが、余計に自分の敵を増やしているだなんて気づいてもいなかったのだ。


 だんだんとそれはエスカレートして。

 十歳になった日、俺の心は壊れた。

 唯一、心の支えにしていた大切なウサギのラビを、兄王子たちに殺されて。

 しかも、スープにして、食べさせられたのだ。


 その日から俺は、無感動で笑わない子になった。

 人形のように物事はこなすけれど、死んだ目をした王子に、王はようやく異常に気づいた。


 王は王子たちから俺を隔離した。

 それから籠の鳥にエサをやるように、色んなものを用意した。

 綺麗な絵画や、流行のゲーム。

 面白いと評判の劇があれば、それを城に招待して俺に見せた。


 けれどどんなことをしたって、どんなものを見たって。

 一切、俺の心が動くことはなかった。

 

 それから2年が経って。

 ある日、王が俺を隣国へ連れて行った。

 そこは島国で、珍しいものがたくさんあるらしく、今回はその国でのお祝いごとに招待されたとの事だった。


 三つの大国が近くにある、海に浮かぶ小さな島国・ヴェルテ。

 植物も動物もここにしかいないものが多く、島の風土は温暖で資源は豊か。

 三国は拠点として欲しがっているけれど、島国はどこにも属さない中立の立場を取っていた。


 ヴェルテはどの国とも平等に仲良く、誰でも歓迎する。

 けど言い方を変えれば、どこにも媚びへつらう国と取る事もできる。

 

 それを裏付けるように、ヴェルテは外交政策として、三国の王族に姫を嫁に出していた。

 この島国が調子のいい国だとか、蛮族だと言われる要因の一つだ。



 王は祝いついでに、貿易の話をしにきていた。

 それと同時に、ここなら珍しい品もたくさんあるから、俺が心動かされるかもしれないという目論見もあったんだろう。


 けど正直、俺はこの島国にも興味はなかった。

 部屋に帰ると家臣に告げて、俺たちのために開かれたパーティを途中で抜け出した。

 それから、建物の壁に背中をあずけ、ぼーっと月を見上げていた。


 昔母が読んでくれた童話の中に、月にはウサギがいるんだという話があった。

 死んだラビも、そこにいるんじゃないかと思えて。

 俺は月を見るのが好きだった。


 そんな俺の視界に、上から女の人が降ってきた。

「ったぁ! 着地失敗しちゃった」

 そう言って、お尻をさすりながら立ち上がった女の人は、俺よりも年上で歳は十八歳くらい。

 さわり心地のよさそうな茶の髪と、くりくりとした瞳をしていた。


 それは俺の大切にしていたウサギともよく似ていて。

 目を奪われていたら、彼女がこっちを見た。

 見られてしまったと、焦った顔だった。


「えっと……こんばんわ。月の綺麗な夜ですね」

「こ、こんばんわ」

 上から落ちてきておいて、何事もなかったかのように取り繕った彼女に話しかけられ、俺は挨拶を返していた。

 それが俺と姫の出会いだった。


「あなたも退屈でパーティを抜け出してきたんですか? 歌も踊りも見得をはった上品なやつばかりやってましたけど、本来はもっとわたしの国の芸能は面白いのですよ? 城下町のモノのように、もっと楽しめるヤツにしたほうがいいと進言したのですが、受け入れてもらえませんでした」

 わかりますというように、彼女は一人で頷いていた。


「申し遅れてしまいました。わたしは、エリシア・ヴェルテ・エレノール。ヴェルテの七番目の姫です」

「アレン」

 名乗られたので、短く名前だけを言う。

 本来は正式名称を名乗るべきだったと思うけれど、エリシアの登場で麻痺してた頭では、反射的にこう答えるだけで精一杯だった。


「アレン様ですね。今宵はカレドの夜です。城下町では祭りが開かれているのですが、あなたも一緒にどうですか?」

 そういうエリシアの服は、よく見れば街娘のような格好だった。

 誘うように手を差し出され、戸惑っていたらがさがさと茂みをかき分ける音が聞こえた。


「急がないと、ルドルフにかぎつけられてしまいます」

 エリシアが慌てた様子で、俺の手を引いて走り出した。


 何も言う間もなく、連れてこられた異国の城下町は活気に溢れていた。

 カレドの夜の祭りは、豊作を祝うもので、神様が下りてきて一緒に祭りを楽しむのだとエリシアが教えてくれた。

 多くの人がお面を被っていて、これは神様が混じっても気づかずに楽しめるようにという意味があるらしい。


「その格好では目立ってしまいますね。これをどうぞ」

 エリシアが手渡してきたのはウサギのお面だった。

 どうしてウサギなのかと思いながら、俺はそれを受け取った。

 あの時のトラウマで、俺はウサギを見たら吐いてしまうようになったけれど、デフォルメされたこのお面なら大丈夫なようだった。


 さぁいきましょうかと言ったエリシアは、猫のお面を買っていたけれど、後頭部の方に回してつけていて。

 借りにも姫なのに、顔を隠さなくていいんだろうかとこっちが心配になった。

 

「よう、エリシア姫! これ食べてきな!」

「ありがとうおじさん!」

 そんな俺の心配をよそに、エリシアは屋台のおじさんから、こっちの世界でいう焼きとうもろこしを貰って俺に渡す。


 エリシアは本当に姫なんだろうかと、俺は戸惑っていた。

 皆が姫であるエリシアに対して、気軽に接しすぎている。

 通りすがりの子供やおばちゃんが、時折エリシアに声をかけてくるけれど、俺の国で王族にこんな風に話しかけたりしたら、罪に問われる。


 それに、毒が入っているかもしれない人からの貰い物に、エリシアは恐れもなく被り付くのだ。

「食べないのです?」

「俺は、いらない。それよりも、あなたは姫なんだろう。何故、民が気安く話しかけてくるんだ」

 この数年で、一番多く話した瞬間だった。

 声もあまり出してこなかったなかったせいで、しゃべるときにひゅうひゅうと呼吸音がした。


「ここって小さな島国でしょう? みんなどこかでは繋がってて、一つの家族みたいなものなんです。それに、王族ってみんなをまとめる代表くらいのものだし、お姫様って言っても、ここ子沢山ですから。姫だけで十五人、王子も合わせるともっと兄妹がいるんですよ」

 ふふっとエリシアは笑った。


 家族みたいなものだから、気安く話しかけてくるのだとエリシアは言ったけれど、俺にはそれがよくわからなかった。

 血が繋がっているからこそ、兄に疎まれている俺には、あまり理解できない考え方だったのだ。


「兄妹で、蹴落としあったりしないのか?」

「争ったりはしますよ。一番上の兄と、二番目の兄はどっちが国のために尽くせるかって、いつも競争してます」

 ほんわかとしたエリシアの言い方だと、俺の思っている争いとは少し違うようで。

「そうか」


 黙りこんだ俺に、エリシアは何も言わなかった。

 急かしたり、困った顔になることもなく、ただ隣でおいしそうに焼きもろこしを食べていた。

 時折、食べる? というように、こっちに視線を向けてくる。

 自分が受け入れられているような気がして、それが心地よかった。


「次は踊りを見に行きませんか。中央の広場でやってるんです。パーティが終わる門限までには帰らなくちゃですから、少ししか参加できませんけど」

 そう言って連れていかれた先では、皆が輪になって思い思いに踊っていた。

 作法なんてないような、自由なダンス。

 けれど誰の顔にも笑みがあった。


「さぁ踊りましょう!」

「こんなダンス、知らない」

「なら尚更踊るべきだと思います。同じ時を過ごすなら、何も知らずに退屈を過ごすより、面白いものを知って楽しんだもの勝ちなんですよ」

 本当は教えたくないコツを教えるかのような口調で、エリシアは俺に囁いた。

 エリシアに導かれ、人の輪に入る。


 戸惑いながらもそのひと時は、今までで一番楽しくて。

 俺の顔には自然と笑みが戻っていた。

 きっとラビが彼女の元に導いてくれたんだと、そんな事を思うくらいには、俺はこの破天荒な年上のお姫様に心惹かれていた。

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「金の姫と黒の騎士」。冬童話2015に投稿。新作短編です。
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