第49話 引越し業者
「ふう……。これで大体終わりだな」
ダンボール箱だらけになった部屋を見て、俺は床に座り込む。
今日は4年間お世話になったこの部屋から引っ越す日。遂に俺も社会人になるんだな。次の引越し先は、亀風から1時間ほど離れた駅だ。
4年住んだ亀風から離れるのはちょっと寂しいけど、この寂しさはちゃんと4年で卒業できた証でもある。誇りに思っておこう。
「しかし遅えな……。そろそろのはずなんだけど」
引越し業者を頼んでいた時間はもう過ぎている。まあ引越しなんて予定通りに行く方が珍しいからな。ここに引越して来る時も、予定時間は結構過ぎたもんだ。気長に待つとするか。
そんなことを考えていると、インターホンが鳴った。お、やっと来たか。インターホンに出ると、元気な女の声が聞こえてきた。
『こんにちはー! ラード引越センターです!』
「太ってそうなネーミングだな! パワーはありそうだけども!」
『そこにいるのは分かっている! 大人しくドアを開けろ!』
「俺立てこもり犯じゃねえから! すぐ開けるんで待っててもらえます!?」
やかましい引越し業者だな。作業中は静かにしてくれると助かるんだけど……。まあいいや。とりあえず開けるか。
玄関ドアを開けると、再び元気な女の声が聞こえてきた。
「遅くなってすみませんー! ぬめっと手際よくやりますんで!」
「擬音が気持ち悪いな! そんな妖怪みたいに引越し作業すんなよ! ……って心音!?」
「やっほやっほ健人先輩! 夜逃げの準備は捗ってる?」
「夜逃げじゃねえよ! ちゃんと引越し業者頼んでんだろうが!」
「じゃ、早速荷物運んでいきますねー!」
「聞けよお前!」
こいつ引越し業者までやんのかよ……。最後の最後までずっとこいつに振り回されてんな。なんかこの1年ずっとこいつと喋ってた気がするわ。どこ行ってもこいついんだもん。
「ん? そういやお前1人か?」
「私は1人じゃないよ! 今でも望ちゃんの心は、私の中で生き続けてるから!」
「お前のバックボーン聞いてねえよ! 誰なんだよ望ちゃんって! いや違えよ、人数的にはお前1人だろ? これ全部運べんのか?」
「まーまーそこは任せてよ! 私こう見えても足でじゃんけんできるんだからね!」
「何の関係があんだよそれ! お前に腕力あるイメージねえけど……」
「わ! これテレビって書いてある! 健人先輩ったら、ダンボールでテレビごっこしてたの?」
「そんなわけねえだろ! お前引越し初めての人!?」
心音は自信満々なだけあって、さっさと荷物を運んでいく。引越しは小さいものから運んでいくのがコツって聞くから、まあ序盤はこんなもんだろ。問題は冷蔵庫とか洗濯機とか、その辺を運べんのかって話なんだけど……。
「じゃ、後は健人先輩よろしくね!」
「丸投げ!? お前来た意味はなんだよ!?」
「いやーこれでも私か弱い乙女だからさ! おっきい家具とかは自分で運んでもらって!」
「もう辞めちまえお前! よくそんなんで引越し業者に雇ってもらえたな!」
「文句ばっかりなんだからもう! じゃあ私も手伝ってあげるから、2人で運ぶ?」
「本来お前がやるべきなんだけどな!? まあいいわ、持ち上げんぞ」
心音と2人で冷蔵庫やら洗濯機やらを運んでいく。まあでも、思ったより力あんな。2人なら普通に運べてんのはすげえわ。そもそもこいつがあと何人か連れて来てくれてたらそれで良かった気もするけど。
「ふう〜! 大体終わったね! 積み忘れとかは無い?」
「あ、物干し竿忘れてたな。これ積んでもらってもいいか?」
「物干し竿……。あなたにもう逃げ道は無いわ。ここで私たちに殺されるか、大人しく捕まるか、どちらか選びなさい」
「物干し竿を詰みにしてどうすんだよ! さっさとトラックに積んでもらえる!?」
荷物を全て積み終わり、俺が4年間住んでいた部屋は空っぽになった。なんか改めて寂しさが込み上げてくんな。亀風での4年間、悪くなかったもんな……。
「じゃあ新居に運ぶね! 健人先輩は助手席に乗って!」
「ああ、俺も乗せてくれんのか。それはありがてえな」
「車内灯が消えたらスマートフォンなどのご使用はお控えくださいね!」
「俺夜行バスで行くわけじゃねえよな!?」
トラックの助手席に乗ると、心音がエンジンをかけて出発する。こいつトラックも運転できんのか。大学生でそれはめちゃくちゃすげえな。
そういやこいつ、就活とかしてんのかな。これだけバイトクビになってたらどこも受からなそうだけど……。
「健人先輩、今私の美しさについて考えてたでしょ?」
「その言い方で内容当てられねえやついるんだ!? 俺はお前が就活してんのか心配してただけだわ!」
「だいじょーぶだよ! 就活なら任せといて! 私イギリスにボランティア行って、カンボジアに留学してたから!」
「知らねえけど普通逆じゃねえの!? いやでもお前、大学3年生なんかもうみんなインターンとか行ってんだろ。呑気にバイトなんかしてて大丈夫なのかよ?」
「まーまー、それは健人先輩が気にすることじゃないよ! 私は健人先輩じゃないんだから、そこまで就活に困ったりしないから!」
「さらっと失礼なやつだなお前!」
まあそこまで言うんだから大丈夫なんだろな。かわいい後輩ではあるから、一応心配はするけど……。まあ心音のことだから上手くやんだろ。
心音と喋りながらトラックに乗っていると、新居に着いた。心音はサッと荷物を下ろして、新居がダンボール箱だらけになる。ここからは俺1人の作業だもんな。頑張らねえと。
「じゃ、私の仕事はここまでだね! さー帰ろーっと!」
「ありがとな心音。そういやお前、次の引越し現場とか入ってねえの?」
「うん! 私さっき電話で来た依頼に全部スワヒリ語で返しちゃって、この現場が終わったらクビって言われてるんだ!」
「何やってんだよお前! ほんとに就活大丈夫なんだろな!?」
余計心配になってきたぞ……。まあいいや。とりあえず俺は新居を形にしないとな。
心音の乗るトラックを見送った俺は、ダンボール箱を開け始めた。
 




