第37話 結婚式場
いつものようにカッチリとスーツで決めて電車に乗る。でも今日はいつもとは違って、面接に行くわけじゃない。
カバンの中にはご祝儀袋。そう、今日は姉ちゃんの結婚式だ。春に結婚した姉ちゃんだったけど、もう式の日取りまで決めて準備万端で籍を入れたみたいで、1ヶ月くらい前に招待状が届いた。早いなあ。あの姉ちゃんが結婚……。泣かねえか心配だわ。ああ、俺がな。
式場の最寄り駅に着くと、駅前の立派なホテルが視界に飛び込む。ここが会場のホテルだな。よくこんな立派なホテルで式なんかできるな。いくらかかってんだろ。……いやいや、そんな野暮なこと考えるもんじゃねえ。純粋に祝う気持ちで行かないとな。
式場に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「へいらっしゃい! 今日のオススメは塩ラーメンだよ!」
「なんで結婚式でそんなノリなんだよ! どんなスタッフだ!? ……って心音!?」
入口で俺を出迎えたのは、なんと見慣れた茶髪ボブ。いやいや、お前流石にここでバイトしてるのは意味分かんねえよ。やるとしても料理運んだりとかそういうのだろ。なんで入口にいんだよこいつ。
「やっほやっほ健人先輩! 結婚おめでとう!」
「俺じゃねえよ! 主役だったらなんでこんな時間に普通のスーツで来んだよ!」
「誰と結婚したの? メスのスーツケース?」
「性癖が特殊すぎるわ! スーツケースとの入籍って国認めてたっけ!?」
「スーツケースのドレス姿楽しみだね!」
「どうやって着せんだよ! もうドレスを入れる側じゃねえか!」
めちゃくちゃ言うなこいつ……。おい、心音がここにいるってだけで式が不安になってきたぞ。マジで余計なことだけはすんなよ……。
「じゃあ健人先輩、受付あっちだからあっち行って!」
「なんだその言い方! 喧嘩した子どもか!」
結婚式の受付って親しい友達とかがやるんだよな。姉ちゃんの友達って誰か知ってたかな俺……。中途半端に知ってたら知ってたで気まずいんだけど、全く知られてないと見た目で怖がられるからできれば知り合いがいいな……。
受付に行くと、元気な女の声が俺を出迎えた。
「新婦側のゲストの方こちらでーす! ご祝儀は手渡しか振込かでお選びいただけまーす!」
「単発バイトか! なんだその言い方! ……いや心音じゃねえか! 何してんだお前!」
「やっほやっほ健人先輩! 受付済ませていく?」
「いや済ませるけどなんでお前が受付してんだよ! 俺の姉ちゃんと友達とかじゃねえだろ!?」
「そんな細かいことはどうでもいいでしょ! はい、早くご祝儀が入ったジュラルミンケース出して!」
「そんなもんに入れてねえよ! なんだ俺密輸でもしてんのか!」
「生まれた赤ちゃんをすぐお湯で洗うこと?」
「それは産湯だわ! ちょ、お前いいから真面目にやってもらえる!?」
とりあえず受付を済ませて教会に入る。こんなとこ初めて来たな。ここに姉ちゃんと旦那さんが登場して来んのか。なんか感慨深いものがあんな……。
ゲストで教会が埋まって来た頃、扉が開いて新郎が入って来た。姉ちゃんを選んだ人。俺も何回か会ったことはあるけど、タキシード姿を見るとめっちゃかっこいいな。真っ白なタキシードに身を包んだ旦那さんは、ゆっくりと歩いて祭壇の前で止まる。いよいよ姉ちゃんの登場だ。
また扉が開いて、ウエディングドレスに身を包んだ姉ちゃんが泣きそうな顔で入って来た。おいおい、もう泣きそうなのかよ。
ドレスを整えるサポートをするスタッフなんかもいるんだな。姉ちゃんの後ろには常に茶髪ボブのスタッフが付いている。
……ん? 茶髪ボブ?
嫌な予感がしてよく見ると、姉ちゃんの後ろにいるのは案の定心音だった。おいあいつ何してんだよ! そこまで出て来んの!? ほんとに余計なことだけはすんじゃねえぞ……。
俺の心配とは裏腹に、心音は完璧に姉ちゃんのサポートをしている。なんだ、やればできんじゃねえか。ちょっと見直したわ。
珍しく真面目な心音に気を取られていると、聖歌を歌う場面が来た。そっか、結婚式ってこういうのもあんだな。
目の前にあった楽譜を手に取って立ち上がる。オルガンの演奏が始まり、みんなが一斉に歌い出そうとした時、元気な女の声が響き渡った。
「き〜み〜が〜あ〜よ〜お〜は〜!」
「なんで国歌斉唱なんだよ! 野球の試合前か!」
「ち〜ひ〜ろ〜のおそ〜こ〜の〜お〜!」
「なんで2番なんだよ! せめて1番歌え!」
周りが呆然とする中、立場の高そうなオールバックの男性が慌てて入って来て心音をつまみ出した。
男性は呆れる周りの人たちに向かってマイクで呼びかける。
「皆様、大変失礼しました! 今のスタッフはすぐにクビにいたしますので、ご安心して式をお楽しみください!」
「さ〜ざ〜れ〜! い〜し〜の〜!」
「まだ歌ってんのかよあいつ! 懲りねえな!」
心音がいなくなって安心できるようになった結婚式を楽しみ、号泣しながら無事披露宴も終えた俺は、引き出物を持って式場を出た。
しかし心音のやつ、あの後どうしたんだろな。ちょっと気にかかりながらも駅までの道を歩いていると、見慣れた茶髪ボブがスタンドマイクの前に立っているのが見えた。
「あ〜ら〜は〜! る〜う〜る〜う〜、ま〜ああで〜!」
なんでそこまでして君が代の2番歌いたいんだよ。