第38話 魚屋
またしても面接官たちの顔を引き攣らせてきた帰り道。そろそろ木の葉が赤くなってきて、ようやく秋の訪れだ。最近は10月くらいまで暑いけど、11月になってやっと秋になってくれたな。
しかし秋と言えば味覚。芋や栗、きのこなんかもあるけど、一人暮らし始めてからはろくに食ってこなかったなあ。大学卒業する今年ぐらいは、なんか食っておきたい。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと魚屋に目が止まった。魚屋か……。秋の味覚と言えばサンマ。そういや一人暮らしで魚なんかほとんど食ってなかったな。うし、サンマ買って帰るか。
脂の乗ったサンマの塩焼きを想像しながら魚屋に入ると、元気な女の声が俺を出迎えた。
「らっしゃい! 兄ちゃん試食どうだい!」
「おお、これ何すか」
「真鯛のカルパッチョだよ!」
「なんでそんなもん作ってんだここは! コースの前菜じゃねえか! ……って心音!?」
「やっほやっほ健人先輩! 魚屋に来るってことは、今日は漁諦めたの?」
「俺漁師じゃねえから! 誰がまだ暗い時間から船で沖まで行ってんだよ!」
「あれでしょ? 船にビッグキャッチラウンドって名前付けてるんでしょ?」
「付けてねえよ! 大漁丸を英訳すんな!」
こいつ今度は魚屋かよ……。ほんっといつでもどこでもこいつに出くわすな。こいつに呪われてんのかな俺。
「ビッグキャッチ健人先輩は」
「付いてねえよ! なんだその漁師系ピン芸人みたいな名前!?」
「じゃあビッグキャッチ先輩はさ」
「なんで健人を削ったんだよ! もう誰かわかんねえじゃねえか!」
人の名前で遊ぶなよ全く。誰がビッグキャッチ先輩だよ。アメリカから来たベテラン漁師か。
「健人先輩は普段から魚とか使うの?」
「いや、あんまり使わねえけど。でも今日はちょっとな」
「そーなんだ! 普段は何色の魚が多いの?」
「何色……? いや、銀とかじゃねえの?」
「そっかそっか! じゃあデニムとか合わせやすいかもね!」
「アパレル店員か! 俺魚フィッティングしようとしてねえよ!」
「フィッティン魚だね!」
「やかましいわ!」
なんで俺魚着なきゃいけねえんだよ。そんなことしてたら魚に異常に詳しい人と同じようなあだ名付けられて、「ぎょぎょって言ってください」とか言われるわ。言われねえわ。
「それにしても、魚屋に来るの珍しくない? どうしたの?」
「いやもう秋だろ? 大学生になって一人暮らし始めてから、秋の味覚なんて触れてこなかったから、せっかくだしサンマでも買おうと思ってよ」
「あ、ごめんアイスホッケーのこと考えてて何にも聞いてなかった!」
「なんでだよ! お前から始めた話だろうが!」
「ごめんごめん! それで、LEDライトがなんて?」
「そんな話してねえわ! どう派生したら魚がLEDライトになんだよ!」
「もう、じゃあ何の話してたの? さっさと言ってよね! 魚は足が早いんだから!」
「お前が聞いてなかったせいだろ! 何俺がだらだらしてるみたいに言ってんだよ! サンマが欲しいって話!」
「温玉の地位?」
「言ってねえよ! 温玉どんな地位にいんだよ!」
ずっと何言ってんだこいつは。さっさとサンマ見させてくれねえかな。早く買って帰りてえんだけど。
「でも健人先輩、秋の味覚の魚はサンマだけじゃないんだよ?」
「え、そうなのか。なんか他のもあんのか?」
「もっちろん! 私がオススメの魚紹介してあげるね! まずは人面魚なんだけど」
「しまえ早く! そんな気持ち悪いもん見せんな!」
「ええー? なんでそんなこと言うの?」
「なんでってお前そんなホラーフィッシュ食えねえだろ! 人の顔付いてんだぞ!?」
「でもでも、この魚の顔健人先輩とそっくりだよ?」
「余計嫌だわ! なんで俺自分の顔付いた魚食わなきゃいけねえんだよ!」
さっさとまともな魚紹介してくんねえかな。もうサンマでいいんだけど。とりあえずなんか魚買って帰りてえ。
「次はこっち! 蛸面烏賊なんだけどね」
「なんて!? タコメンイカ!?」
「そー! タコの顔したイカ!」
「ややこしいな! 聞いたことねえけどそんなの!?」
「でも人面魚がいるなら蛸面烏賊がいたって良くない?」
「まず人面魚が魚屋にいちゃダメだろ! 誰が食うんだよそんなUMAばっかり置いて!」
「言うまでもなく健人先輩だよね」
「やかましいわ! 上手くねえぞ!」
なんでここそんな気持ち悪い魚しか置いてねえの? 亀風の魚屋ってこんな感じだったのか……。いや、心音がいるからそうなってるだけか?
「もういいからサンマくれよ。元々サンマ食いてえんだよ俺は」
「えー? 結局サンマでいいの? 仕方ないなあ。顔はおじさんかおじいさんかどっちがいい?」
「顔は要らねえよ! サンマまで人の顔付いてんの!?」
「そうだよ? カメルーン人の」
「カメルーン人!? どうやって国籍まで見分けたんだよ!」
「でもうちのサンマ全部顔付いてるよ? うちでサンマ買いたいなら、顔は付いてるもんだと思うしかなくない?」
「えなんで普通の魚置いてねえの!? UMA専門店!?」
「ほらほら、早く買いなよ〜! じゃないと健人先輩のお姉さんにそっくりな魚をお姉さん夫婦に送り付けるよ〜?」
「どんな嫌がらせだよ! 通報されるレベルだぞそれ!?」
そんなことを言っていると、頭にハチマキを巻いたおっさんが慌てて出て来て、俺たちの間に入った。
「兄ちゃんすまねえ! この心音ちゃんは昨日入ったばっかでよお、どうもお転婆が過ぎるんだ! だが若気の至りだと思って許してやっちゃあくれねえか?」
「でもおっさん、こいつ今までもこんなことして何回もクビになってんすよ?」
「え、そうなのかあ!? おい心音ちゃん、履歴書には初めてのバイトって……」
心音は大汗をかきながら空を見上げ、口笛を吹き始めた。分かりやすいやつだな。
「うん、クビ!」
「ええ〜!? そんな〜!?」
魚屋のおっさんは結局サンマをサービスしてくれて、何故かくっついて来た心音と一緒にサンマの塩焼きを食べることになったのだった。




