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試される大地

「石狩の魔はっ……ヨゥっ!」

 

 少女が腕を振り下ろすと、一抱えもありそうな炎の塊が白陸熊(ホワイトランドベア)に迫り、そのままホワイトランドベアの全身を包み込んだ。

 ホワイトランドベアは一度大きく立ち上がり、そして崩れる様に倒れていった。


 初夏の北海道。とても明るい季節。

 北海道といえど、盛夏には暑く厳しい時期がある。しかし初夏のこのひと時は、まさに快適としか言いようがない季節である。


 ここは札幌市の西方、およそ30km。ペーペナイ川のほとり。

 一人の少女が、三頭目の大型魔物を倒したところである。

 周囲には陸上自衛隊の普通科隊員が一小隊展開している。

 中には高機動スーツを着込んだ高火力要員も混ざり、8.58mmラプアマグナム弾を毎秒十発ずつばら撒いていた。

 

『千歳対策、こちら桜井。ちょっとこれ、厳しいかもしれない。スーツが乱射してやっと一頭な感じかな……っ! 石狩の魔は……えぃっ! わたしは四頭目、今倒しましたが、そろそろ限界かも』

『桜井さん、千歳対策です。一度撤退しましょう。撤退戦できそう?』

『千歳対策。わたしは魔力がもうカラカラ。撃ててもあと一発いけるか……』

『桜井さん、陸自も一時撤退を決定しました。エントリーポイントまで戻れますか?』

『何頭か回り込んでる。航空援護難しいかな?』

『自爆ドローンは飛ばしてるけど、ジャイアントスパイダーの巣が多くて辿り着けてないみたい。今、支援要請かけたからもう少し耐えて』


 状況はとてもよろしくない。

 最初の通報は『十頭前後のクマ型の魔物が出現した』であった。

 十頭となると、自衛隊だけでも、魔法使い一人だけでも駆除は難しい。

 自衛隊と連携して戦う訓練は行われているので、今日は陸上自衛隊と共同で作戦に出た。

 しかし、通報と比べて明らかに魔物の数が多かった。

 そして、想定よりも魔物が強かった。


 桜井小梅(さくらいこうめ)。桜なのか梅なのかどっちだよと言われ続けて十九年。

 五年前、中学生の時にファイアーボールを覚えた元厨二病患者。

 百里の沢井響に次ぐ、全国二位の討伐数を誇るストライカー。

 ステータス・オープン魔法をインストールされてからも、かなり個性的? な呪文を唱えて魔法を発動させていく。

 まだコミコミパックは入っていないので、使える攻撃魔法はファイアーボールだけである。

 こんな世界観だから、見た目は当然美少女。十九歳には見えない。マイクロマシン補正があるしね。


「フルパワーじゃないと倒せないとか、ちょっと厳しいでしょ……」

 小梅はハァハァと息をつきながら、周囲を見まわした。


 後方で爆発音がした。40mmグレネード弾の炸裂音だ。

 ホワイトランドベアを直撃すれば継戦能力をある程度奪うことができるが、即死は難しい。そのぐらいの威力である。

 あとは高機動スーツを着た隊員が放つラプアマグナム頼りだが、これだって当たりどころが良くなければ、効いてるんだか効いてないんだかわからない程度のダメージだ。


 (合計七頭駆除して、四頭は動きを止めてる……脅威なのは、手負含めてあと六頭)

 小梅もステータス・オープンは覚えているので、魔物の気配を見誤ることはない。


 退路を塞ぎかかったホワイトランドベアは二頭。うち一頭は先ほどのグレネードで動きが遅くなっているようだ。

「桜井さん、援護します。下がってください」

 自衛隊の分隊が周りを固めてくれた。


 撤退するために、第三分隊が後方の安全確保を。第二分隊が小梅の護衛を勤めてくれている。

 第一第四分隊は、前方に残る四頭のホワイトランドベアを相手に発砲を続けているが、なかなか怯んでもくれない感じだ。

 間も無く、もう一小隊が重装備で飛んでくると、自衛隊側の通信機には連絡が来ていた。

 場所が鬱蒼と茂った森の中のため、レーザー通信は途切れ途切れになることがある。自衛隊も指揮系統が乱れ始めている様だ。


 ヴァァァァァァァ……

 頭上にMV-22(オスプレイ)が飛来し、エントリーポイント近くでホバリングを始めた。

 と、その場所に向けて、ホワイトランドベアが大きな石を放り投げた。

 左のローター付近に石の直撃を受けたオスプレイの姿勢が乱れ、機体姿勢を立て直すために離れていった。

『千歳対策、こちら桜井っ! 魔物が対空攻撃をしてますっ! 応援が攻撃されてます!』

『桜井さん、今、百里からもう一人魔法使いが飛んできます。もう少し頑張って。すぐ来てくれるからもう少し』


        ♦︎


『響ちゃん、理沙よ。現地の状況はかなり悪いみたい。できるだけ急いでもらってるけど、被害が広がってる可能性もあるわ。注意して』

『理沙さん、響です。もうそろそろ超センスに引っかかりそうな気がします。確認できたら報告します』

『お願い』


 響はマジコンに乗り込み、超音速で現場へと向かっていた。

 百里から札幌まで800km。F-3戦闘機のハイパークルーズでも四十分近くかかる。しかも超音速を出すために一度海上へと抜けているため、少し大回りになっていた。

 現在は三陸海岸を抜け、間も無く三沢基地のそばを通り抜けるあたりだ。


(そろそろ視えても良いはず……魔物の気配……まだ見えない……いや、いたっ! 一、二、三、四、五、六……動いてるの六匹。動かないのが四匹……)


 周辺には人が多数。

 そして、おそらく死んでいるであろう魔物と、人……

『理沙さん、響です。おそらく健在の魔物が十頭。そして、亡くなってる方も出てる様です。あ、また……』

 現地まで残り200km。響は機内インカムに声をかける。

 

『ウォッシュさん、響です。残り200km、全速で行けますか?』

『あ、ああ、距離は大丈夫だ。ただ陸の上になるのと減速は?』

『超音速のまま放り出してください。行けます! 緊急事態です!』

『わかった、行くよ!』

 操縦桿を握るウォッシュ……新田(あらた)一等空尉はスロットルレバーをアフターバーナーの位置に叩き込むと、現地に向けた最短距離の方位へと機首を向けた。

 全速力で飛びながら少しずつ高度を下げ始める。

 現在、マッハ計の針は1.6を少し超えたところに張り付き、ジリジリと速度を上げていっている。

 おそらく地上では衝撃波(ソニックブーム)による被害が、広範囲に出ているだろう。

 

『響ちゃん、六分後にハッチを開ける。多少機体姿勢が乱れても構わないから、虹色しっかり展開してくれよ?』

『ありがとうウォッシュさん。インターロック解除します。虹色膜展開、準備オッケーです』

 こうしている間にも距離はどんどん近づいていき、響の脳内にはより鮮明な状況が映し出されてきている。


 更に数名の隊員が倒れているようだ。それでも魔法使いの少女を守りながら、撤退をつづけている。

 あ、また一人……


『響ちゃん、スタンバイ』

『響、スタンバイ……レディ』

『さん、に、いち、イジェクト』


 響の前の床が下に開く。腹這いで乗っていた響はそのまま重力に引かれて落ち始めた。


 機体の作る負圧に巻き込まれないよう、虹色翼を展開し、超音速のまま高度を落としていく。ここからはあと30km。現地は木が繁り過ぎているため、直接照準では狙えそうもない。

 この距離と速度差ではビリビリもピンポイントは難しそうだ。しかし時間はどんどん過ぎていく。

 もっと速く……

 しかし響の飛行魔法は最高速250ノット。今はどんどん速度が落ちていくところだ……

 もっと速く……

 また一人倒れた。

 もっと速く……


 何かもっと爆発的に速く飛ぶ方法……爆発的に……爆発……水蒸気爆発っ!

 響は自分の後方に虹色膜をお椀状に展開、そこにアイテムボックスに入っていた水を流し込み、一気に温度を上げた。


 水は一瞬にして気化し、体積を1,600倍に……いや、温度を極端に上げたためにシャルルの法則に則り、3,200倍もの体積へと変換された。

 体積が増えた場所は後ろを向いたお椀の中。行き場を無くした水蒸気はお椀の口から外へと噴き出し、その反作用でお椀を……響を押し出す。


 ドンっ!


 衝撃波と共に響は再び音速を超えた。

 目的地まではあと一分。


        ♦︎


 小梅はもう、ここまでだと思った。

 今、すぐ隣で守ってくれていた分隊長さんが、ホワイトランドベアの腕の一振りで吹き飛ばされた。

 次は私の番だ……そう思った。


 と、ホワイトランドベアの頭が爆ぜた。

 ホワイトランドベアは立ち上がると、身長4mを超える。その高さにある頭が突然爆ぜ、直後に雷が爆発するような衝撃が周囲を包み込んだ。


「なに? 何があったのっ⁉︎」


 と、数百メートルほど向こうの空で、光り輝く何かが向きを変えていくのが見える。


 それは再びこちらへと飛んできた。そして、背後にいたホワイトランドベアの頭が爆ぜた。


 その光は、人の形をとると、更に光り輝く刃を展開し、残ったホワイトランドベアへと飛び込んで行った。


「助かった……の? 天使が助けにきてくれた?」


 更に残った四頭のホワイトランドベアは数瞬の間に切り伏せられていた。


 天使の動きが落ち着き、すーっと近づいてくる。

 天使の頭には、小梅と同じヘルメットが……魔法使いの証である。


「こちらの魔法使いの方ですね? 百里の沢井です。救援に来ました。お怪我されてる方を助けます。手伝って貰えますか?」


 百里の沢井。研修中に何度も聞いた名前だった。

 日本……いや、世界初の魔法使い。そして、世界最強の魔法使い。


 小梅も日本のセカンドエースだ。それなりに自信だってあった。

 確かに公報を見ると百里の沢井さんの戦果は桁違いに多かったが、それは彼女が全国を飛び回って戦っているせいだと思っていた。


 しかし、彼女の戦いを目の当たりにして、心の底から理解した。これはアレだ。別の生き物だ。

 いや、むしろ生き物なのか? もしかして生き物じゃないかもしれない。っていうか、そうだよ。生き物じゃないよあの動き、あの戦い方。


「はい、怪我してる方はここで手当を? 私は何をすれば」

「軽傷の方に声をかけて集まってもらってください。重症の方や意識を失ってる方はわたしがまず見ます。すぐにメディの人も飛んでくるはずです。あと、聖女にも連絡は行っています」

 自衛隊の衛生科はすでにこちらにヘリコプターで向かっている。

 めぐみさんもおっつけ来てくれるはずだ。


 ただ、今ここで命を失いかけている人を助けることができるのは、ここにいる人間だけだ。

 怪我のない自衛隊員にも手伝ってもらいながら、危険そうな怪我人を片っ端から見ていく。

 響は医療の心得があるわけでもないので、怪我人の体内にあるマイクロマシンに、ただお願いをしていくだけだ。

 ただ、この人の命を繋いでほしいと、頼み込む。たったそれだけの願いでも、出血している動脈が収縮し、脳がダメージを受けない最低限度まで拍動を下げ、酸素を補うために呼吸が制御される。

 全員を助けられるわけではない。しかし、このおかげで助かる命もあるのだ。


 遠くからCH-47(救助部隊)のローター音が聞こえてきた。

 北海道はやはり桁違いに、危険生物の巣窟なのでしょうね。

 山間部には戦車も入れませんし……


 それではまた、お会いいたしましょう。

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