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たぬきの愛

 吉野くんはめちゃくちゃカッコいい。


 先々週行われた他校との練習試合で、その学校の美人マネージャーさんが吉野くんに夢中になってしまった。

 それ以来、週に三日もわざわざ三十キロも離れた中央高校までやってきては応援していく。


「なんだよあの中央の小僧よぅ」

「一年坊らしいぜ、アイツ」

「人の女に手ぇ出しといてのうのうとサッカーやってんとか、許せねーべ。拐っちまうか」

「拐ってボコれば少しは気が晴れるってか?」

「判らせるだけだよ。気にすんな、悪いことするわけじゃねーし」

「でも、どうせパイプとか持ってくんだろ?」

 拐って鉄パイプでボコるのは悪く無いの?

 なんか違う世界の道徳の授業を受けていそうです。


        ♦︎


「お疲れっしたぁ!」

 部活の後、先輩たちが上がっていく。

 一年はグラウンド整備とボール整備。帰るのはあと三十分ぐらい後になるか。

 今は一年でも最も日の長い時期だ。空はまだまだ明るいが、時間はそこそこ遅くなってきた。

 家に着いたら夕飯食べて宿題……今日はできるだろうか?

 まぁ、早いところボールを片付けよう。


 今日も樽木さんは最強に可愛かった。なんで地球にはあんな天使がいるんだろう。今日は三回も見かけることができて、いやぁ、いい日だわ。


 いや、見かけるだけでそれなん?

 中学の頃は同級生だったし、時々会話もしてたじゃん? なんか親密度下がってない?


 あー、でも、ほわほわした雰囲気で思い出し笑いしてたり、軽く危ない人になって……

 この思い出し笑いが、ミステリアスだなんだと話題になることもあるらしい。

 ただしイケメンに限る……って奴だな。


 ボールを片づけ終わったら部室の鍵を閉めて、下校となる。

 朝練、そして部活後の片付けと、スクールバスのない時間帯に登下校することが多いため、吉野くんは自転車通学だ。

 えっちらおっちら小一時間のサイクリングも、トレーニングの一環として取り組んでいる。


「じゃーな、明日は雨らしいから朝練無いかもな」

 西門で友人と別れ、自転車を飛ばす。

 畑と野球グラウンドとの間の、車の少ない道を通り、角を曲がったところで、自転車を蹴り飛ばされた。

「いって、何しやがる!」

 起きあがろうとしたところを、再び蹴り倒される。

「人の女に色目使ってんじゃねぇぞ、コラァ」

「ガハッ!」

 右足の膝辺りに衝撃が走った。

 もう、何が起きているのかわからない。

 アドレナリンが出まくっているのか、痛みはあまり感じないが、次々と衝撃を受け続け、起き上がることも声を上げることもできなくなってきた。

 顔に何か当たった。口腔内に液体が流れ込んできた。

 もう、身体もほとんど動かせない。助けを呼ぶ声も出ない。


 そこに、車が一台通りかかった。


「ヤベっズラかるぞ」

「待てよおい、いくぜ」

 近くに隠してあった原付数台に飛び乗り逃げてゆく襲撃犯たち。

 通りかかった車から、学校近くの農家のおじさんが降りてきた。

「おい大丈夫っぺかっ? すぐ救急車呼っからな、すごし待ってけろ」

 すぐまた車に飛び乗り、走り去っていく。その間にも吉野くんの体から、徐々に力が失われていった。


        ♦︎


 翌日、一時間目は予定外の全校朝礼となった。


 昨日、学校帰りの生徒が、学校のほど近くで襲われた。今日からしばらく部活動は禁止され、自転車通学も極力控える様にとの通達があった。

 襲われた生徒は救急搬送されたものの、現在も意識不明の重体となっている。

 犯人は未だ不明だが、警察が全力の捜査をしてくれている。生徒は無駄な詮索やデマの撒き散らしをせず、冷静に対応すること。

 万が一マスコミがやってきても、取材を受けることは禁止する。とにかく冷静に、身を守る行動をとること。

 そんな話の後、解散となった。


「そっか……吉野くんが……」

 六組に戻ると、交友関係の広いセトルリが被害者情報を聞いてきた。

 そして、それがたぬきの耳に入った。


「わたし、今日は早退するね」

 たぬきが言った。

「ちょっと電話かけてくる。迎え呼ぶね」

 

 たぬきの顔が、能面の様になっている。

 元々そっち系の顔つきなだけあって、感情の消えた機械の様な表情。


 あれはだめな表情だ。うさやと響ですらほとんど見たことがないほどの怒り……


 たぬきが教室を出た後、うさやはすぐに響へとアイコンタクト。響はすぐに頷き返し、窓から空へと上がっていった。


 続いてうさやは文香ちゃんに状況を話した。


「わかりました。樽木さんと沢井さんは校外実習になりました。あなた方はどうしますか?」

 東京ドーム事件以来丁寧になった矢田先生の言葉遣いは、割と好評だった。


「わたしたちもカバーに動きたいと思います。おそらく響は対策班に行ってると思います。たぬきは動くとしたら聖一おじさん……えーと、消防士をしている叔父さんに頼るんじゃないかと思います。なので、わたくしたちは校内外で情報収集したいと思います。犯人が本校生なのか外部の人間なのかはわかりませんが、噂ぐらいは出回ってる気がしています」

 うさやが明確な行動指針を話す。


 校内で噂を探すとなると、セトルリにかなり頼ることになる。

 

「わたしらはどうしよっか?」

「尚子はセトルリと回ってもらえますか? セトルリの護衛もできそうですし、何よりもセトルリのパフォーマンスが上がりそうですので」

「あたしゃ、バッファーかよっ!」

「適材適所ですわっ」

 尚子は肩をすくめる仕草をしつつ、納得してセトルリと教室を出ていった。


「先生、わたくしも校外へ出たいと思います。直美も一緒に」

 うさやは父親に頼るつもりでいた。伊達に地域の名士ではないのだ。この辺り一体の表舞台だけではなく、裏側の世界にも精通している。


「わかったわ。絶対に危ないことはしないように。先生も頼れる場所には頼ってみるわね」


 こうして、一年六組の本日の授業は終日体験学習へと変更になった。


        ♦︎


 百里に飛んだ響さん、真っ先に対策室に飛び込んだ。

 今日は水曜日、麻紀さんもこっちに来ているはずだ。

「おはようございます麻紀さん理沙さん美智子さんお願いがありますっ」

 一声で挨拶から頼み事まで一気に話す。

「なになに何ごとっ! あれ? 学校は?」

 理沙がなんじゃなんじゃと声をかけてきた。麻紀はお茶を入れているところだったのか、急須を持って振り返っている。美智子さんは書類に向かっているところで、こちらに目を向けた。

「あの、うちのサッカー部の吉野くんって知ってますよね?」

「あー、あのかっこいい子っ!」

 美智子さん反応早い。

「その吉野くんが学校帰りに襲撃されて、意識不明の重体なの。まだどこに入院してるかも判らないんだけど、たぬきが何かやらかしそうで」

「襲撃って……詠美ちゃんはどこに?」

「多分家だと思う。救急車で運ばれたなら、聖一叔父さんに頼る気がする」

「響ちゃん、怪我の様子はわかるかしら?」

 麻紀さんも参加してきた。

「重体としか聞いてないです。どのぐらいの怪我なのかも判らなくて」

「オッケーちょっとこっちも調べてみるわね」


 吉野くんが襲撃されただけなら、警察と学校に任せておしまいだったはずだ。

 しかしたぬきが動いた。

 たぬきが動けば対策班が動く。更に公安も動き始めるだろう。

 たぬきに釣られて響が動く。響が動けば麻紀が動く。麻紀が動けば官邸が動く……国の中枢まで動き始める。


        ♦︎


「お父さま、わたくしの友人を助けてください」

 つい数ヶ月前までギャルギャルしい会話しかできなかった愛娘が、なんかめっちゃお淑やかになってしまってさぁ大変。

 いや、ギャルギャル彩香(さやか)も愛らしかったんだが、このお嬢彩香はまた格別でうんうん。


 うさやの父は親バカだ。彩香と紗理奈の二人のためならもう、なんだってやらかすぐらいには親バカだ。

「よし判った。すぐに手配しよう。今日中には連絡が来るようにしておく。他に何か手掛かりが出てきたらすぐに父さんに教えてくれ」


        ♦︎


「ただいまっ!」

「あら、詠美さま、お帰りなさいませ」

「めぐみさん、叔父さんこっちに帰ってるかな?」

「先ほどご自宅にお帰りになりましたわ」

「ありがとっ! いってきますっ」

 もう一度玄関へと飛び出し、そこから離陸っ! 盛大に音を立てながら空を舞った

 叔父さんの家……お母さんの実家までは徒歩三分だが、飛べば一分かからない。だんだん響みたいになってきたな。たぬきも。


「聖一叔父さんいるっ?」

 挨拶も無しに玄関を開け、家に上がり込む。

「おお、詠美、よう来たな」

「おじいちゃんおはよ。叔父さんは?」

「聖一ならもう上に上がったぞ?」

「ありがと」

 お礼もそこそこに二階への階段をどたたたたと駆け上がり、聖一の部屋に飛び込んだ。

「叔父さん、助けてっ!」

「え? 詠美? どうした? 何があった?」

 部屋のそこら中に詠美と浩太の写真が飾られている。

 天井にはA1サイズに引き伸ばした詠美のお宮参りの時の写真がバーンっと。

 その隣は浩太のお食い初めの写真だ。


「吉野くんが、吉野くんが襲われて入院したみたいなの。昨日学校で……」

「吉野くん……って、あの青年か。昨日の張星地区の救急出動ってそれか……」

「叔父さん、吉野くんが何処に搬送されたか判る?」

「いや、流石にそれは言っちゃだめなやつだ。すまん」

「そか、そうだよね……出動したのは叔父さんとこ?」

「ああ、夕方七時過ぎだったかな」

「ありがとう叔父さん、ちょっとめぐみさん借りるね」

「いや、めぐみさんは別に俺のものじゃないし……」

「いいからいいから。じゃ、また後で」

 ちゅっ!

 叔父さんのほっぺにキスして、再び階段をどたたたたと駆け抜ける。

 あとにはほっぺた押さえて放心している叔父さんが残されていた。

 吉野くん、大丈夫でしょうか……


 それではまた、お会いいたしましょう。

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