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出町尚子の憂鬱

「おっはよー」

「オッス、響」


 響が教室に入ると、今日はまだ出町しかいなかった。

 うさやはリムジンで送り迎え付き。たぬきと森河さんは多分同じスクールバスで来る。いつもよりちょっと遅れてるのかな?


 そんなことを思っていたら、昨日知り合ったばかりの友達がやってきた。

「おはよう……あ、ヒビキいたいた!」

「あれ? おはようセトルリ。どしたん?」

「いや、ヒビキたちとの交流を深めようかと。にしても何この教室。めっちゃいい匂いすんだけど」

「あー、それな……」

 響はチラッと出町に視線を投げた。

 出町は軽く頷くと、自分から話す。

「ごめん、臭いよね……それわたしなの……」

「なんかの香水? スッゴイそそられるんだけど、これ」

「いや、恥ずかしいけど……わたしの匂い……うー」

 出町ちゃんが顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

「あ……そうなの? ごめんね。なんか……でも、すごくいい香りだと思ったのは本当だよ。香水があったら欲しいぐらいに……って自己紹介もまだだったね。あたしは瀬戸瑠璃。セトルリってそのまま呼んで。昨日、ヒビキとたぬきと仲良くなったの」


        ♦︎


 出町尚子は自分の体質が嫌だった。

 小さい頃から体臭が強めで、幼児独特のミルク臭に、更にたっぷりとお砂糖を絡めた様な甘い匂いをプンプンさせていた。

 小学生高学年の頃、ついに両親にこの匂い嫌だと訴え出て病院へ行き、カウンセリングと検査を行った。

 その結果、女性特有のラクトンと言われる匂い物質が、同年代の他の娘たちの7-8倍は出ていると診断された。

 その他の精密検査も行ったのだが、最近の若い娘の例に漏れず、出町もレントゲンが通りにくく、その他の立体診断も画像を判別できないほどのノイズに塗れてしまっていた。

 血液検査、尿検査の結果でも、マイクロマシン濃度はかなり高め……と言うかこの病院での記録更新値が出ていた。

 

 匂い原因物質のラクトンは健康のバロメーターでもあるため、身体は超健康なことが確認されたが、特に対策はなく日常の中でしっかりと健康と清潔を保て……と言われ。

 

 あまりにも匂いが強く、男子にバカにされる日々が続いた小学生時代……

 実は男の子たちには出町の匂いは刺激的すぎたのだ。

 出町のそばにいるとオスの顔が出てしまう。しかし小学生にはそれがなんなのか解らない。結果、怖いものから逃げる様に出町に酷い言葉をかけ続けた。


 中学校に入ると性的に成熟してくる。

 出町はエロい……そんな噂になることも増えてくる。

 そして近寄ってくるのはそんなことを目的にした、不良っぽい奴らばかりだった。

 出町は半分不登校になりかけていた。


 その日は試験日だったので学校へと出かけた。

 午前中に試験は全て終わり、学校からの帰り道。

「おい、出町」

「はい?」

 クラスの男の子四人が後ろから声をかけてきた。クラスの中でも中心的な位置にいるのが二人と、不良っぽいのが二人だ。

「ん? 何かな?」

 黙って近づいてくるクラスメイト。

 怖くなって下がる。

「なぁ、出町はそんなエロいんだし、やることやってんだろ? 俺たちにも教えてくれよ」

 ニヤニヤと寄ってくるクラスメイトが恐ろしくなって駆け出して逃げ出した。

 しかし、中学生になってくると男子の体力には敵わなくなってくる。数十メートル走ったところで追いつかれ、腕を掴まれた。

「やだっ、離してっ! いやっ!」

「イイじゃねーか、減るもんでもネーべ?」

「ヒョロヒョロだけどよく見ると可愛いよなー。ほら行こうぜ」

 なんとか抜け出そうと手足を捻るが四人の男の子に捕まると、か弱い少女に逃げる術は無く……


「やだ、いやだ、触んないでっ、掴まないでっ、いやー!」

 自分のことをモノの様に引きずる奴らに、そばにある廃屋に無理矢理連れ込まれた。


 なぜわたしがこんな目に? わたし、こんな怖い思いしたくない、なんでこんな思いさせられるの? この人たち、バカなの? こんなことしたら一生が狂うよ? やられた方も、やった方も……

 やだよ、このままだと、この狂人たちに穢されちゃう……やだよやだよやだよやだよやだよ……こんな人たちいなくなればいいのに……もう、綺麗さっぱり居なくなっちゃえば……燃えてなくなれ……

 

「居なくなれ! 燃えてなくなれっ!」


 ボンっ!


 廃屋の、彼らが入り込んだ部屋の床が突然爆ぜた。

 出町の両脚の間に入り込み、パンツを引き摺り下ろそうとしていた男子と、左右で出町の両脚を抑え込んでいた男子。その三人の後ろで畳が燃え上がった。


 緊急避難的な魔法の発動。

 今まで、魔法を使おうと頑張ったことなんてなかった。自分が魔法を使えるなんて思ってもいなかった。

 小さい頃から胎内でマイクロマシン生産が行われるほどの感染をしていた出町は、そこらの女の子とは桁違いの量のマイクロマシンを胎内に抱えていた。

 しかしそれでも、魔法なんてそう簡単に発動するモノではない。


 少女たちの中に、ごく稀にマイクロマシンに愛される存在というものが発生する。

 理由は解らない。しかし本当にごく稀にそんなケースがあるのだ。

 この時代の人間は知らない事だが、転生した幸田詩琳はその愛される少女だった。


 そして、出町尚子はこの時代で初めての、マイクロマシンに……魔法に愛される少女になっていた。


 他人より多いマイクロマシン量……魔力量を持ち、魔法に愛される少女。

 魔法を使おうと思ったわけでもないのに、魔法が使える様になった不思議な少女。


 この事件では、少年三人がそれなりに大きな火傷を負った。

 また、無理矢理家屋に引き摺り込まれた出町尚子も打撲や擦過傷を負っていたため、そのまま刑事事件に発展した。

 結果、出町尚子は責任を問われることはなく、襲いかかった四人の少年は不同意性交等致死傷罪に問われた。

 犯行が計画的だったこと。多人数での襲撃、被害者が傷害を負った事を踏まえ、クラスの陽キャグループの二人は少年院へ。不良二人は過去の補導歴もあったことから少年刑務所へと送致された。


 また、この後出町尚子は完全に不登校になったが、なんといっても魔法を発動させた少女だ。国の手厚い保護プログラムが発動し、全力でカウンセリングと教育が行われた。

 その後、高校からは正式に魔法教育を受けることになり、中央高校への進学が決まった。


        ♦︎

 

「まぁ、もう諦めたね。この匂い。三十過ぎれば激減するらしいから、それ楽しみに生きてくことに決めたさ」

「うーん……何となくなんだけどね、魔法が悪さしてる気がしなくもないかな……」

「魔法が?」

「うん。何となく……今度わたしの主治医のとこで見てもらわない? 魔法の専門医だから、何かわかるかも」

「あ、ならお願いしたいかな。いくら何でもこの匂い、不便でさ……周りの人も不快だろうし……」

「あー、それは……その……」

「ヒビキが言い淀んでること、アタシが言ってあげる。あなたのその香り、あのね、一生嗅いでいたいわ。そのぐらい魅力的……何この歩く誘蛾灯」

 初対面の相手にその言い方はどうよ?


「歩く誘蛾灯かどうかは置いといて、わたしも出町っちゃんの匂い、好きだよ。だからもっと近うよれ」

「何だよそれ」

 と言いつつ、ちょっと表情が明るくなる出町さん。

「あ、でもね、出町っちゃん。さっき三十代になったら治るとか言ってたけどさ、魔法が原因だとしたら、一般的な意味での三十代の肉体には、ならないよ? 残念だけど……」

「へ?」

「周りの大人の魔法使い思い出して? 理沙さんに美智子さんにめぐみさん。みんな四十代後半だからね、実年齢」

「あ……」

「何ならうちのお父さんとお母さん、来年八十だよ?」


 出町尚子の顔が、絶望の色にに染まった。

 出町尚子の体質改善への道は、まだ遠そうである。

 お読みいただきましてありがとうございます。


 魔法使い、加齢に伴う体質変化は少なそうです。普通は女性的には喜ばしいのでしょうけど……


 それではまた、お会いいたしましょう。

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