沢井家訪問
「三浦めぐみさん……ですか?」
「そう、四国沖の事故の時、一緒に上がっていた人らしいんだけど……」
たぬきんちの叔父さんが、響に会いたいと言って基地に来た。
最近知り合った人が、響のお姉ちゃんたちがいなくなったその場所に、一緒にいた人だったらしい。
「あの事故で心に傷を負って、ずっと苦しんでたらしいんだ。で、響ちゃん……というか、沢井家と知り合いだって話をしたら、ぜひ一度お会いしたいって言われてさ」
「あー、わかりました。ちょっとお父さんお母さんに相談してみますね」
冬休みも今日までだ。その代わり、理沙さんと美智子さんは明日から冬休みらしい。
二人がいない間は毎日永田町から担当官のおじさんたちが来てくれるっぽい。
麻紀さんは今日は永田町行き。さっきブンブン手を振りながら出掛けていった。
冬休みの宿題も無事終わり、訓練予定も特にないため今日はダラダラ過ごそうかな? とか思っていたが、たぬきと叔父さんがやってきたおかげで一気に騒がしくなった。
ちなみに、たぬきとうさやはもう臨時職員登録されている。響の訓練に付き合うのが、もう労基的にグレーなためだ。
と言っても今は自由時間。ただ単に職場で駄弁ってるだけともいう。
「いや、あたしら二人は仕事中よ? 明日からの冬休みのために頑張って引き継ぎ資料作ってんだから」
理沙さんが拗ねる。かわいい。
そう言えば、ここにきて理沙さん、美智子さんも目に見えて若返ってきている。
二人とも、もう四十も半ばになろうとしてるのにゲフンゲフン。
「ま、冬休みっつっても、実家帰ってのんびり過ごすぐらいしか、できないけどねぇ」
「旅行は無理だしなぁ。すぐ飛んで帰れる場所以外はねぇ」
職業が職業だけに、制約も多いらしい。
「とりあえず隣の神社で二番詣出かねぇ」
「隣の神社?」
「うちの実家の隣、小さな神社なのよ。由来はかなり古いらしいんだけどね」
理沙の家は墨田区向島。言問橋と桜橋に挟まれた隅田川沿いになる。
美智子の家はそこから徒歩三分。水戸街道に近い少し栄えた場所だ。
どちらの家も『スカイツリーが倒れてきたら潰されるんじゃね?』ぐらいの勢いでスカイツリーを見上げる立地だ。
「さて、じゃわたしらは適当に仕事してるからみんなも適当に遊んでてね」
いや、聖一叔父さんとか完璧に部外者なんだけど、いいの? ここ、機密だらけの航空基地だよね?
「スクランブルの邪魔だけしなけりゃいいんじゃない?」
いや、良くないだろ!
その日、家に帰った響は両親に三浦めぐみさんのことを相談した。
「そうか、琴と奏の最期を見てた人か……ああ、会わせてもらおう。こっちから出向いてもいいぞ」
「そうね、ぜひお会いしたいわね」
こうして、沢井一家と三浦めぐみさんの会見が決まった。
場所は沢井家、今週末のお昼から。
沢井家の三人と三浦さん以外にも、聖一叔父さんと理沙美智子麻紀の政府関係者も参加する。
沢井の家はそれほど広いわけではない。
リビングに大人七人と中学生一人が入ったら、正直言ってパンパンだ。
ダイニングキッチンとの間の衝立を外して、政府側の三人と叔父さんにはそちらから覗いてもらうことにする。
♦︎
そして翌週末。ことがことなだけに、理沙が対策室の車で三浦家までお迎えに行き、聖一叔父さんとめぐみさんを沢井の家まで送り届けた。
「初めまして、三浦めぐみと申します」
「沢井です。ようこそお越しくださいました」
初対面は和やかに進んだ。
めぐみ本人以外は全員、Wikipediaでめぐみのページを調べてあった。
また、理沙美智子あたりは当時活躍していた三浦アナそのものの記憶もある。
事故の当事者である沢井夫妻は、当然だが彼女のことは良く知っていた。しかしあの時は双方共に心に傷を負い、面会できる状態ではなかったため、顔を合わせるのは初めてである。
「あの時は沢井博士のすぐそばにおりましたのに、何もできず……」
「いえいえ、貴女も大変な事故に巻き込まれてしまって申し訳なく……」
事故調査では、あの状況ではもう、どうにもならなかったと結論が出ている以上、謝罪合戦は不毛なだけだ。
その辺の舵取りは麻紀が介入し、スムーズな会談へと誘導していく。
優秀なのだよ。この家の婿はっ! ダメな人だけど!
『今忙しいんだからダメとか言ってないでナレーションも手伝いなさいよっ!』
話は事故当時の状況から今の沢井家の生活、妹の響のこと、先日の火事のことまで広がっていった。
「もうこのまま魔物に殺されるだけ……そう思った瞬間に事故の時の記憶がありありと思い出されまして、全てが絶望へと塗り替えられていきました……そんな時に、スーパーヒーローが現れたのです!」
ババーン、聖一叔父さんがお話に登場である。
聖一叔父さん、なんかもうめっちゃ明後日の方向眺めて照れてる。かわいい。
「それ以来、事故の日から毎日見ていたあの瞬間の夢を、一切見ることがなくなりました」
めぐみがチラッと聖一に視線を送る。
「あの日助けられた時に、私はあの事故からも一緒に助けられたのです」
火事の起きたあの日まで、めぐみの心は灰色と黒が渦巻くドロドロとした感情で蓋がされていた。
今は前が見える。日の光を見て綺麗だと思える。冬の風の冷たさを感じて、生きている実感ができる。
全てスーパーヒーローのおかげである。
「その時のスーパーヒーローが、沢井さんとお知り合いだったのも、何かのご縁なのかもしれません」
当のスーパーヒーローは顔が真っ赤だ。
その後もいろいろな話をした。
琴と奏の思い出話、小美玉市のこと、火事の時のヒーローの凄さ。
「えっ? 小川さん、二宮さんって私とあんまり変わんないお年なんですかっ⁉︎」
「二学年下ですね」
「それでその若さ……」
「あー、わたしら二人とも魔法使いなんで」
「ええええっ!」
三浦めぐみは若さが欲しかった。
十数年の不摂生は身体中のあちこちを老けさせ、今は当時の輝きなど見る影もない。
スーパーヒーローとお近づきになるためには、これではいけない。そう、スーパーヒーローに仕えるためには美しさが必要なのだっ!
良い感じに発酵してきてます、この人も。
ちなみにそのスーパーヒーロー、姪っ子甥っ子にしか興味ないですよ?
「魔法使いって、こんなにすごいんですね……」
「いや、わたしら程度で凄いとか言ってたら、沢井さんはどうするのかしら?」
響の両親は後期高齢者だ。おん歳七十八歳にもなる。
響のお父さんのトヨタには、キラキラとした紅葉マークが貼ってある。
ただ、二人とも見た目はアラサー……いやもう二十代にしか見えない。
「な、ななじゅうはちっ⁉︎」
「ふふふ、お恥ずかしいですわ」
お母さんも会話に参加し始めた。
沢井夫妻がマイクロマシンに感染したのは、めぐみが事故に遭った翌年である。
サワイケースが世間にもてはやされ始めて以降の事は、心を壊していためぐみは、一切知らなかった。
「本家本元サワイケース。世界初の若返り現象を起こしたのが、こちらの夫妻なんですよ」
「まぁ、どうせ奏か琴がなんかやらかしたんでしょ」
母親に冤罪かけられてます。双子の姉妹。
「あの、この十数年の私の生活の結果だってのはわかってるんです。ただ、今となってはもう少し綺麗に過ごしたかったなって……こんなこと相談できる立場じゃないんですけど……」
沢井夫妻は、少しこの元アナウンサーに罪悪感を持っていた。
事故の起きたあの施設、あの調査。構想から基礎設計まで、作り上げたのが天才物理学者沢井琴だったからだ。
琴のやらかしたことで有名プロスポーツ選手だった婚約者を失い、華々しい職を失い、青春を失ったこの女性をなんとか助けてあげたいと、そう思った。
麻紀はこの女性を政治に使えるかもと考えた。
元々は自分で政界に出るつもりだった。しかし、今は大事な嫁の世話をしなければならない。ならばわたしの代わりに表に立っていける誰かを擁立して……って、動機が不純すぎるわっ!
なんなん? シリアスなシーンになるんじゃなかったん? なんで麻紀が絡むと話がおかしくなるん?
とにかく、いくつかの思惑が絡み合い、めぐみもサワイワールドへと引き摺り込まれていくのだった。
お読みいただきありがとうございます。
なんかもう、題名を『熟女若返り物語』か何かに変えたほうがいいんじゃね? とか思ってしまうレベルで響が魔法使ってない様な?
それではまた、お会いいたしましょう。




