アイドルから元アイドルへのファンレター
翌朝、二日酔いで頭の痛い莉愛の所に、加藤から珍しく呼び出しの電話が掛かってきた。慌てて身支度を整え事務所に行くと、加藤が例のにやけ面で待っていた。
「よう! 秋山! ああ、昨日の試合は残念だったな。だが随分活躍してるらしいじゃねえか! いやあ、やっぱりオレの思った通り、お前に向いてたな!」
「社長。お久しぶりです。あたしを呼び出すなんて、何かあったんですか?」
二日酔いには辛い加藤のダミ声にこめかみを押さえながら莉愛が尋ねた。
そんな莉愛の様子も加藤は全く気に掛けず、上機嫌で奥の高級感溢れる自分の机に向かった。戻ってきた加藤の手には、黒い封筒が握られていた。
「おう! お前にすげえファンがついたぜ。ほらよ、ファンレターだ」
ファンレターという言葉に莉愛は嬉しさ半分、戸惑い半分という顔でその黒い封筒を受け取る。
彼女は封筒の表と裏を見た。宛名だけで、差出人の名は無い。訝しみつつも、開けてみなければ始まらないと封蝋に手を掛ける。その封蝋に莉愛は目を見開いた。
「あっ、このマークって……ヴァンパイアリズム⁉ えっ、どういうこと⁉ 何であたしに⁉」
ヴァンパイアリズムは全国ツアーを開催したこともある人気男性アイドルグループだ。
莉愛は暗赤色の封蝋を急いで剥がし、中身を引っ張り出す。出てきたのは、チケットと便箋だった。
「これ……闘技場の個室……VIPルームのチケット? 来週の試合だ。なになに、『記念すべき僕の初試合を是非君に見てほしい』って? やだ、このサイン、ルキ? ルキってあのルキだよね、センターの、銀髪の超絶美形! まさかルキが闘技場に参戦するってこと? でも何で? だってヴァンプ、まだ活動中でしょ? 超人気アイドルユニットの中の、人気ナンバーワンだよ⁉ それがどうして闘技場に来た上に、あたしに招待状を送ってくるの⁉」
封筒の中身を確かめて、彼女は驚きの声を上げた。
「ヴァンパイアリズムはまだ人気だけどな。その創始者でもあるルキが人気ナンバーワンてことになっちゃいるが、実際、最近は特に他のメンバーの方が人気だったりするからなあ。自分が拾ってきた、いわば自分の添え物の方が人気が出たんじゃ、ルキとしては面白くないのかもしれないぜ。本格的に落ち目になる前に自分から新しい舞台に活動の場を移す、ってことかもな」
加藤が冷ややかに業界の裏話を披露した。だが莉愛の耳にはそんな事は全く入らなかった。彼女はただ予想外の出来事にすっかり混乱した様子で、何かを探すように、便箋の隅々まで視線を走らせていた。
だがやがて、何か結論に達したらしく、うれしそうに笑みを漏らす。
「まさかまさか、もしかしてあのルキが闘技場で戦うあたしを見てファンになったとか⁉ それで自分も参戦しよう、なんて……。うわー、注目されちゃってる⁉ ……あ、でもルキのファンのコたちから恨まれそう。それは困るなー」
最早頭痛以外に酒の効果はないというのに、莉愛はうっとり酔いしれて、愚にもつかない妄想を口にし始めた。見かねた加藤がやれやれ、とため息をつく。
「ま、それは分からねーけどな。でも昨日、ルキのマネージャーだか執事だか、とにかく初老の紳士がやってきて、わざわざオレにこの封筒をお前に渡すようにって手渡してきたんだぜ。事情を聞いても何も言わねえで、ただお前に渡せの一点張りだ。とはいえルキに気に入られたんだとすりゃラッキーだぜ。カネもコネも持ってる大物だからな。で、当然招待は受けるんだろ?」
「もちろんです! でもこれ、あたしだけじゃなく社長も招待されてますよ……。チケット二枚ありますし、一緒に来いって……。予定、大丈夫じゃないですよね?」
後半は歯切れ悪く、あからさまな嫌悪感をにじませながら、莉愛はチケットをひらひらと振った。
「予定なんて何とでもするさ。なんせ相手はルキだし、オレに来いっていうことは、きっと……」
金の臭いをかぎ取ったのか、加藤はにやりと下卑た笑みを浮かべた。今度は莉愛がやれやれとため息をつく番だった。
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