11.やっぱり
夜が明け、今日も楓の特訓は続く。クリちゃんはすっかり落ち着き、メギドにピッタリくっついている。今のところ、異変は生じない。
昨夜の件をメギドは楓やプレちゃんに話す。すると。
「あぁ、それ私だよ」
プレちゃんがさらっと自白する。これには僕もメギドも驚く。空いた口が塞がらないとはこのことだ。当然クリちゃんはなんのことやらわからない。
「実はね、龍王様と話してさ、私の介入ありで事を済ませようということになってたんだよ」
どうやらこういうことらしい。
プレちゃんはプレアデス星の更なる進化に向けて、僕のエネルギーを欲していた。しかし、ただ単に僕のエネルギーで良かったわけではなく、龍の存在により干渉され強化された。
その混ぜた上での、僕のエネルギーであることが必要だった。地球と龍は関係が深い、地球のエネルギーには龍もセット、という想定だった。
それにプレアデスは龍と関わるとき、別のエネルギーを介する決まりがあるらしい。その1つに、僕のエネルギーを混ぜた状態であることが採用されたわけだ。
そこで龍王に頼んで、面倒見が良く能力も高く、僕を鍛えられる龍と僕をつないでほしいとお願いしたらしい。
そしたらクリちゃんが泣き喚くのは龍王もご存じで、まだ小さい泣き喚く龍を放っておくことは可哀想で可哀想で耐えられないから、プレちゃんに協力を依頼した。その内容が、クリちゃんがワープゲートを作ったら必ずメギドの側へ移動するよう行先を固定すること、だったのだ。
そのため、クリちゃんはプレちゃんが設定を変更しない限り、泣き喚けば必ずメギドの元へ行けるのだ。ひとまずワープしてもメギドの側に着くなら安心だ。
プレちゃんは単に言い忘れてただけらしく、黙秘する約束を龍王とはしていなかったようで、ちょっぴり反省している。実はこれもまた表向きの返事で、プレちゃんは僕だけに耳打ちをする。
実は龍王に「メギドは真面目すぎるところがあるからさ、危険な場所にクリちゃんは行かせないって聞かないはずだからさ。強制的にクリちゃんを保護しないといけない状況にして、もっと小さき愛しむべき存在を大事にする時間を設けたいのよ。メギドは親が厳しかったから、無条件に甘えることを知らない。クリちゃんを通して、そういうこともいいよねって、知ってほしいんだ。だから頼むね」
なんてやりとりが龍王とプレちゃんの間であったことは、当事者以外は僕しか知らない。
今日の昼食は焼肉だ。そういえば疑問が増えた。この世界には動物がいない。
どうやって肉を確保しているのか、神様が持ってくるのかな。わからないが今はご飯が優先。調理器具を準備しようとしたその時。
「我が焼こう」
メギドが声を上げる。
「おじちゃんの料理ひさしぶりー! ワクワク」
それにしても。
「どうやって焼くんだ?」
「ブレスだ」
ん?
「喉から火を吐いて、その火で焼くといっている」
「なるほど、でも焼き過ぎ注意ね、人間は黒焦げの食べ物はあまり好まないよ」
大丈夫だ、と満足げな顔で鼻息を鳴らしながら、任せろとドヤっている。では任せるとしよう。
「グワァァァ」
息を吸うだけでグワァァァって音が鳴るのか、どんだけ強烈な呼吸だよ……と思っていたら。
「ゲェェェっぷぅっ!」
……
……えっ?
その場にいる誰もがキョトンとした。メギド本人も呆気に取られていて、徐々に自分のことだと認識して変な汗が噴き出る。
「おじちゃん、ゲップしたんだね!」
一斉に笑い声がうまれ、クリちゃんは屈託なく赤ん坊のように笑い、メギドは恥ずかしくて困惑している。僕もついついいってしまう。
「メギドさ、流石に火をつけるために巨大なゲップをするって予想はできなかったよ(笑)」
腹を抱えて寝転がりながら笑ってしまう。人間、笑いすぎると足に力が入らないものだ。プレちゃんも下を向いて顔を隠してはいるが、肩が小刻みに震えている。
「俺はゲップなんかしてない!」
いや、もう一人称変わってるじゃん、余裕なくて。普段は我っていうのに、俺になってるもん、素が出ちゃってる。
しばらく、数分は笑いが続いた。ただでさえ赤いメギドの顔が、さらに赤くなっていたのは言うまでもない。
今回の食事も美味しかった。晴れ晴れした外で食べるご飯はさらに美味しい。
ふと思う。激し目なゲップが出て呑気に笑っていられるのは、世界が豊かだからかもしれない。殺伐混沌としていては、心の隙間や余裕もないだろう。
幸せや楽しみは、案外身近な足元に転がっているのだろう。もちろん、ゲップだけを求める趣味はないがね(笑)
思い思いにそれぞれの人たちが、朝から好きなことを楽しんでいる。この世界はとても美しい。
この世界ではすべての人がワクワクする生き方をしている。そしてそれは、とても健康的であるだろう。
この世界のエネルギーもそうだが、日々の過ごし方が起因し、病気になる人がいないからだ。
前世の星では病気の概念は当たり前にあった。体の機能が原因だが、エネルギーで捉えれば邪気によるものが大きい。
この世界では邪気がそもそも存在せず、肉体への負担が極めて少ない。
また、ワクワクしていることでドーパミンも出ているだろうから、精神的にも健やかなのだろう。
もちろんドーパミンは大量に出せばいいわけではないし、これだけで不調の改善にはならないのだが、1つの大きな因子ではある。
もしかしたらこの異世界のエネルギーは、適切な範囲でドーパミンが出るような仕掛け、工夫がされているのかもしれない。
その他の神経伝達物質もバランス良く働くようなカラクリがありそうだ。
そもそも前世での生活で思っていたことがある。人は気の持ちようでは意識は大きくは変えられない。環境や行動で強制的に変えていく方が早く効果的だと。
そして、いくら健康的な生活をしても、そもそも先天的な代謝機能の低さ、セロトニンやドーパミンの分泌に不全があると、ナノマシンで強制的に電気刺激を入れて分泌させる必要がある、と。
ナノマシンが一般的に流通していなく、市民使用が実用化できていない場合、最低限の健康習慣をしたら、あとはワクワクすることをやることが手っ取り早い。
というのも、人間の体は放っておくと不安や脅威に意識が向く。そのため、精神的に健やかになるためには、自分が望ましいことへ意識を向けることが大切になる。
脳自体を鍛えることに加え、とっとと好きなことをやることが、実は大きな治療になるのではないか、と思っていた。
この世界を見て改めて思う。環境による影響も大いにあるし、さらには、やはりワクワクすること、好きなことをやる習慣を持つことが、精神的にも肉体的にも大きな健康因子になると。
地球生活の中で、少しだけ意図的に霊力を使ったことがある。自分の、そして他人の心からのワクワクを見ることだ。
その魂が強くワクワクすることをやれば、良いエネルギーが多く入力され、体力精神とも元気になりやすく、現実も好ましい方向へ変化しやすい。
だが、誰もが魂からのワクワクをいきなり楽しめるかというと、そうでもない。魂からワクワクすることって、いくつかの武器やスキルを身につけないと取り組むことが難しいことが多いからだ。
その武器やスキルに当たるものが才能。才能とは平凡な人たちを集めた中で、平均より少しでも上になれる項目のこと。
聞き上手、手先が器用、といったことも該当する。大袈裟に捉えてはわからない部分だ。
地球では周りと比べて自分の才能を見失いがちだが、地道に才能を伸ばすことで、その人が心からワクワクできることを楽しめる前座が整う。
まだこの世界に来て日は浅いが、ここの人たちは魂からワクワクすることを、その人のペースで楽しんでいるように見える。それは生きる上で、とても幸せなことなのかもしれない。
そんなことを考えていると、また特訓に駆り出される。この異世界生活はまだまだ続きそうだ。
寿命は長く持ちそうだし、他の宇宙の星へ貢献する仕事もある。愉快な仲間たちもいて、なんだか前世いた地球の未来で起こる生活を体現している気分だ。未来を先取りした気持ちで、この世界を楽しんでいたい。
これにて完結です! 読んでくださりありがとうございました! 次回作もお楽しみに。