32話
部屋を片付け終え、いつの間にかお茶の用意もしていたレイモンドは俺を近くに呼び、今淹れるお茶の説明を始めた。
「いいか、俺も親父もかなり忙しい。だから俺たちの動作や立ち振舞いを見て覚えろ。」
そう言いながらもゆっくり説明してくれるレイモンド。
第一の試験ではレイモンドとの一騎打ちだった。結果は手も足も出なかった。
第二の試験はシャオの機転があったから勝ったもののニコラスにあっさり宝を取られた。
総合したら試験の結果は落第点だろう。だが、今回の試験はダメでも俺はシャオの秘書になるためにも諦めたくない。
俺は黙ってレイモンドの手元を見ていた。が、お茶を蒸らす時間を計る砂時計がないのに気づいた。
「……なぁ、時間ってどうやって計っているんだ?」
帝国にいた時の侍女や執事は砂時計を使っていたのを覚えている。
「よく知っているな。大体俺は体内時計で淹れている。親父もそうだと思うぞ。」
そう言ってレイモンドは胸元のポケットから小さな懐中時計を取り出した。
「これをお前にやる。」
使い方はわかるかと聞かれて頷いた。
俺の手に収まる小さな懐中時計。奴隷の身からしたらかなり高価な物だ。
「それは、まぁ。少し早いが合格祝いだ。」
俺は驚いて顔を上げた。
「おめでとう。秘書としてビシバシしごいてやるよ。」
そう言ってレイモンドはニヒルに笑い俺の頭をポンポンと軽く撫でた。
「どうして、俺は合格したんだ……?」
合格した喜びよりも納得ができない。
俺の不服な表情に困った顔をしながらもレイモンドは答えてくれた。
「そうだな……。第一の試験では一度も俺に攻撃を与えられなかったのは確かだ。」
こちらは武器を持っていたのに対してレイモンドは素手だった。
「何度も転ばしても何度でも立ち向かってくる。」
後半、上手く受け身をとれなくて腕を怪我した。
「ただがむしゃらに向かってきただけだったら落としていた。が、お前は少しずつ此方の動きを分析して、考えながら戦っていた。」
悔しくて少し自棄になりながら最後は目潰しに砂をかけたがあっさり避けられた。
「これは俺の持論だが、どんな戦いでも思考を停止した方が負ける。」
レイモンドは俺を真っ直ぐに見て告げた。
「お前は強くなるよ。素質やセンスを抜きにしても、お前はどんな絶望や挫折があろうと生き抜く努力を怠ることはしないだろう。」
カッと顔が熱くなった。俺は手にした懐中時計をギュッと握りしめて俯いた。
「……強くなるのには、やっぱり魔法は必要か……?」
呪いの事を抜きにしても、ニコラスからいつか周りが捲き込まれるだろうと言われて少なからず気にしている。
まるで未来でも視ている様な言い方だった。
「それは、あのバカに言われたからか?」
俺は小さく頷く。
「お前が考えて決めろ。と、言いたいところだが……。秘書なら魔法道具を使う場面が多くある。」
確かに、ここの屋敷には珍しい魔法道具が数多くあった。
「試作品を使う場面もでてくる。その時に主の安全面を確かめる為にも一度、俺たちがこっそり被験者になることもある。ま、お嬢様には内緒だがな。」
淹れた二人分のお茶はいつの間にかテーブルの上に置かれていた。
レイモンドに促されるままソファに座る。先程までニコラスが座っていた場所に今度はレイモンドが座った。
「ニコラスが真面目にお嬢様の要望通りに造るなら問題はないが、たまに……たまにだが、お嬢様の発想から刺激を受けて独自の魔法道具…それも即封印指定な物を造り出す……。」
レイモンドは当時を思い出したのか顔を歪めて胃を擦っていた。
「……話がそれたな。創造主を考えたら……。被験者である我々の安全面を考慮して、無詠唱で反射神経だけで物防と術防の魔法を出来るようにはなって欲しい。」
「……人を傷つける魔法は、覚えなくていいのか?」
レイモンドは不思議そうな顔をした。
「奴隷なら、魔法にトラウマを抱えていても可笑しくはないぞ。」
「別に、トラウマっていうか、なんというか……。」
「ま、生きていれば嫌な事も沢山ある。自分の中で折り合いをつけてから攻撃魔法を覚えればいいんじゃないか?」
「まずは、言語だな。流暢に王国の言葉をマスターしたら次はうちの商会が贔屓にしている東の国の言葉を覚えてもらう。やることが沢山あるぞ。」
「……わかった。魔法は、防御魔法を中心にしたものを教えてくれ!」
「魔法にしても基礎の魔力コントロールを覚えてもらう必要がある。実戦向けじゃなくてもコントロールだけで一年はかかるだろうな。」
レイモンドは時間をくれた。
なら、俺はこの一年で魔法と折り合いをつけよう。
誰も傷つけることがないように。……護れるように。




