笠井さん。
「俺もよくは知らないけれど・・・釣り仲間だって聞いてるよ。キクは海釣りが趣味なんだ」
花咲月くんのその言葉に俺は『そうなんだ・・・』と答えて俯くことしかできなかった。
そんな俺の頭をワシャワシャと撫でる手があった。
俺はそれに驚いて俯けたばかりの顔を上げていた。
顔を上げた先には穏やかな目をした花咲月くんがいてくれた。
「葬儀の花を生けるのはしんどいよ。それが知り合いのものなら余計に。けれど、葬儀の花を生けれるってことは有り難いことでもあるんだ」
花咲月くんはそう言うとクルリと踵を返して店の外へと向かい、きびきびとした動きで店仕舞いをはじめていた。
俺は花咲月くんの言った言葉を一度だけ心の内で繰り返し、店仕舞いを進めている花咲月くんの側に行き、それを無言で手伝った。
なぜ、葬儀の花を生けれることが有り難いことなのだろうか?
俺にその答えを出すことは難し過ぎた・・・。
俺はまだまだ半人前にもいかない存在だ。
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「おう。お疲れ~。頑張ってるか~? 若人たちよ~」
そんなダルそうな声が不意に耳を突いてきた。
俺は水切り(※花を長持ちさせるための基本となる水揚げ方)をしていた手を止めて曲げっぱなしだったことで痛む腰をゆっくりと伸ばし、ダルそうな声を発したその主の姿を探し見た。
その声の主は声同様にダルそうに裏口の戸にもたれ掛かって俺のいる方をぼんやりと見つめ見ていた。
「お疲れ様です。笠井さん」
そう先に声を発したのは花を生けるためのスポンジ・・・オアシスを生花用の桶にセットしている花咲月くんだった。
「おう。花咲月。お疲れさん。・・・忍とキク姫はどうした?」
そう訊ねた笠井さんの声は少しだけ尖っているように俺は感じた。
「一度出て来るように言いました。3時までには帰って来ると思います。駄目でしたか?」
花咲月くんの問いに笠井さんは『いや・・・』と声を発していた。
「お前の・・・花咲月の判断に間違いはない。・・・すまんな。嫌な役だったろ?」
笠井さんのその言葉に花咲月くんはクスリと色っぽい微かな笑い声を漏らすと眼鏡奥のその瞳を妖しい色に染めていた。
「嫌な役なら喜んで引き受けますよ。人を痛め付けるような言い回しは得意ですし」
そう言って微笑み作業に戻った花咲月くんはダークヒーローそのものだった。
そんな花咲月くんを笠井さんは『嫌なヤツ』と言ったけれど、その言い方は柔らかくて温かかった。
笠井さんはこの花屋『フラワーショップ・フェアリー』の店主・・・つまりは店長で下の名前は徹さんと言う。
笠井さんのその性格は一言で言うならいい加減だけれど決してちゃらんぽらんなわけじゃなくてその器は本当に大きく深い。
そして、笠井さんのその容姿はどことなくあの有名なハリウッド俳優のジョニー・デップさんに似ていて本人もそのことに気づいていて真似しているところもある面白い人だ。
ちなみにそんな笠井さんのトレードマークは整えられたワイルドな無精髭だ。