F博士の研究 ~あるいは助手Mの受難~
F博士の研究 ~あるいは助手Mの受難~
「博士~。こんな海のど真ん中に、ほんとに二十一世紀の病院跡なんてあるんですかあ?」
まだ声変わりには早い、甲高い声で助手MはF博士に尋ねた。
「も~~ちろんだとも! アカシャ図書館のあらゆる地図と照らしあわせた結果じゃ!!」
「あ、あ、あ、アカシャ図書館って……!! 西暦2222年以後、全世界人類の全ての記憶を収集、分類、精査した、いわば全人類の頭脳の結集と言えるデータベースじゃないですか!!
そこにアクセスできるのは全人類の中の0.0000000001パーセントの人! ほんの一握りの人だけ!!
国家元首でさえ、全国家の0.3パーセントにしか開帳されないと言う幻のデータ!! それを、なんで博士が!?」
「ふふん。そんなあからさまに説明的台詞で驚かんでもいいワイ。民話伝承がライフワークのワシの文通相手、フミさんにおうかがいを立てたら『あら、それじゃあ、アカシャ図書館に言っておきましょうねえ』と言って気軽に通してくれたぞい」
「フミさんの声マネは気持ち悪いのでやめてください! だいたい、それだけの権力を持つふみさんって何者なんですか?」
「それは知らん方が君のためじゃよ」
「え、やだこわい」
助手Mの心の声を無視して博士は海中探査ロボットのカメラをあちらこちらと忙しく動かした。
「おうおうおうおう!! あれに見えるは正しく!! 西暦2000年代に建造されたコンクリート壁!!」
「ああ! しかも壁の一部が隆起して十字型の穴が開いているように見えます!!」
「まさしく、あれぞ、旧世紀の『赤十字社』のマークのあと!! やったぞ、助手!! 二十一世紀の病院跡の発見じゃ!!
よみがえれ! 古代の病院よーーーーー!!」
博士の号令一過、海中探査ロボットは、ぐわっしと病院の壁面をつかんだ。そのまま、ぐぐぐぐいーーーっと建物全体を持ち上げにかかった。
「は、博士ーー!! 建物が壊れちゃいますよーー」
「壊れやせん!! 二十一世紀の建物は強靭なのじゃ!」
博士の叫びの通り、病院の建物は在りし日の面影を残したまま海面に姿を現した。
「やった! やりましたね、博士!!」
感極まり、助手は海面に上昇した海中探査ロボットの投降口をがばっと開けて、海面に浮上した古めかしい病院跡を見つめた。
「これが、博士の研究の成果たる病院跡……。…あれ?」
助手の後につづいてロボから顔を出した博士が尋ねる。
「ん? なんだね、助手くん。疑問は速やかに質問したまえよ」
助手は博士のヒゲだらけの面相をつくづく見上げ、言葉をついだ。
「博士は医学博士じゃなかったでしたっけ ?なんだって考古学者か海洋学者みたいな探索をなさってたんですか?」
「ふむふむ。良い質問だ、助手よ。しらざあ言ってきかしゃあしょう。……いや、知らないわけはないがね。私が風邪ウイルス撲滅に効果のある酵素の研究をしていたのは知ってるな?」
「はい。もちろん」
「ふむふむ。では、風邪ウイルスが一般には200年前に絶滅したことは知ってるか?」
「はい。それも、もちろん。……え。まさか」
「そう、そのまさかじゃ! 私はここに、300年前の病院の建物を蘇らせたのじゃ! 風邪ウイルスも同時によみがえ…ふぇ……ふぇ……ふぇっくしょーーい!!」
「うっわあ、びっくりしたあ! なんですか、博士、突然大声を出して」
「いや、いや、シツレイ。なんだか知らぬが鼻がむずむずすると思った……ふぇ…ふぇっくしょーいい!!」
「うきゃ!!」
「いやいや、シツレイ。これは文献に見るところの『くしゃみ』に相違ない! 助手よ、どうやら私は風邪をひいたようだ! 私が開発した一発逆転の風邪薬を、これへ!!」
「……えーっと。すみません、博士。どうやら、さきほどの博士の大声に驚いたひょうしに、開発薬を海に落としてしまいました」
「な、なんだとおう! では、私の研究は!?」
「海のもくずですね」
その後、F博士の名前は医学会からは消え去ったが、畑違いの考古学会に燦然と輝き、その名と同時に風邪ウイルスも、二世紀ぶりに広まったのでありました。
どっとはらい。




