オシャレなカフェはジャズかボサノバ
オシャレなカフェはジャズかボサノバ
こんなところで別れ話なんかしなくてもいいと思う。久美は大樹のセンスのなさにあきれかえった。
大事な話があると呼び出された場所が立ち飲み酒場で、久美がやって来たときには大樹は一人でもつ煮込みを噛み締めながらBGMの演歌を身にまとい、哀愁ただよわせて焼酎を飲んでいた。二十代前半とは思えないくたびれた様子に嫌気がさして、久美は声もかけずに帰ろうかと思ったのだが、大事な話とやらを聞かずにいるのも落ち着かない。卓をはさんで大樹の向かいに立つと熱燗を注文した。
「別れよう」
久美がコートを脱ぐより早く大樹は口を開いた。なぜコートを脱ぐまでのもう少しが待てないか。空気を読め、人のことを考えろ。久美は内心で呟いて、その言葉が漏れでないように歯を食い縛った。
「僕はもう限界なんだ。君に振り回されるのは」
大樹はうんざりしていると言いたげにため息をついた。うんざりしているのはこちらの方だと久美はキリキリと歯軋りした。
「君は一人で生きていった方がいい。君は男を不幸にする魔性の女だ」
やって来た熱燗を大樹の頭にチョロチョロと掛け流してやった。
「おごりよ。せいぜい酔ってたわごとをほざいていたらいいわ」
優しく言ってやってから会計を済ませて店を出た。支払った金額は笑ってしまうほど安かった。
喉がカラカラだった。何かすてきなものが欲しい。ずつと歯を食い縛っていたせいで顎が痛い。
駅に向かう道すがらカフェがあったのを思い出す。たしかオシャレな店だった。きっと美味しいものがたくさんあるに違いない。
でも、久美はまっすぐに駅に向かう。ジャズかボサノバなんか聞くのが似合うような、かわいい女なんかじゃない。
コートを脱いで腕に掛けた。コートなしでも過ごせるほどに今夜は暖かい。熱燗なんか飲んでいる場合ではなかった。生ビールだ。音楽なんか聞こえない喧騒に満ちた安居酒屋でビールと枝豆だ。それが一人で生きる女にふさわしい。
オシャレなカフェの前を通りすぎるとき窓から中を覗こうと思ったのに、窓に映った自分の顔が今にも泣きそうだったから、ぶるりと頭を振って夜空を睨んだ。
ジャズもボサノバも演歌も何もかも。
「くそったれ!」
久美は生ビールを求めて足音高く歩いていった。




