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一人相撲

一人相撲

 券売機に千円札を入れて、かけ蕎麦のボタンを押した。お釣りは七百円。かけ蕎麦も高くなったものだと庄司はため息をついた。のれんをくぐると、いつものおばちゃんが「いらっしゃいませー!」と乱暴に食券を引ったくる。おばちゃんといっても庄司よりはるかに若いだろう。化粧もしていないのに肌はつやつやだ。

 カウンターに伏せて重ねてあるコップを取って壁際のウォータークーラーから水を汲む。この立ち食い蕎麦屋にはサービスというものは殆どない。おばちゃんも笑顔をサービスしたりはしない。そんなものを求めるならファミリーレストランに行けばいい。

 狭い店だ。カウンターにぎゅうぎゅうに詰めて五人やっと立てるかどうか。六人目が割り込んでくると、体を横向きにして蕎麦をすすらねばならないほどに狭い。今、三人しかいないがそれでも腕を伸ばせる余裕はない。

「おまちどお!」

 怒鳴るような声とともに庄司の前に丼が置かれた。空きっ腹にしみる香りの良い湯気がたつ。箸立てから割り箸をとり、パチンと割る。割り箸を右手と丼の間に挟んで、両手で丼を持ち上げ出汁をすする。熱い出汁がのどを通るとしっかりとした旨味が口のなかに残る。

 蕎麦の上には薄いカマボコが二枚とネギがたっぷり。カマボコを丼の脇によけて蕎麦にネギを絡めながらすすり上げる。出汁をネクタイに飛ばさないように丼に口を近づけてすすり続ける。

 次第に暖かくなり、ネクタイを緩めた。

「ふぅ」

 息をついてまた蕎麦に向かう。一口すすってカマボコを半分かじる。丼を持ち上げ出汁を飲む。「づぁー」親父ならではの唸りをあげる。蕎麦を二、三本すすってカマボコを半分、それを三回繰り返し、出汁を飲む。


 蕎麦があと一口という時に客が二人入ってきた。満員だ。庄司は丼を抱えてカウンターの奥につめた。入ってきた二人はそれぞれにおばちゃんに食券を奪われ、所在無げに壁を見上げている。

 庄司が最後の蕎麦をすすろうと丼を持ち上げた時、六人目が店に入ってきた。先にいた五人は皆ぎょっとして六人目の男を見上げた。関取だった。縦にも横にも大きいアンコ型だ。関取が立っているとドアが見えない。庄司は呆気に取られ丼をカウンターに戻した。五人の客は驚きすぎて身動きが取れなかった。

 関取は小さく顎を引くと、ぐいぐいとカウンターに迫った。関取は会釈をしたのだと気づいた時には五人はすでに壁際に寄りきられていた。体は横向きになると言えるほどの余裕もなく、隣の客とピタリとくっついていた。庄司は壁に胸をつけた姿勢でなんとか蕎麦をすすろうとした。片手で丼を握ったが、どうにもこうにも口に近づけることができない。

「とろろ蕎麦ときつね蕎麦ね!」

 おばちゃんが無慈悲にも二人連れの客の右手のあたりに丼を置く。二人ともピタリとくっついているので箸を割ることもできない。庄司の丼はどんどんぬるくなっていく。もう湯気も上がらない。

「月見蕎麦、おまちどお!」

 おばちゃんが関取の前に丼を置くと関取は悠々と割り箸をとり、パキンと割った。卵の黄身の真ん中に箸を突き立て、ぐるぐるとかき混ぜた。左手で丼を持ち上げる。関取の手のなかでは丼は飯茶碗ほどの大きさに見えた。

 箸で蕎麦をつまんで、二、三度上げ下げして息を吹きかけ、一気にすすった。まったく噛まずに飲み込むと、丼に口をつけて出汁をすする。

「づぁー」

 低く唸ると箸て挟めるだけ大量の蕎麦をつかみ、三口で月見蕎麦を平らげた。

「ふぅー」

 大きな息をはき丼を置いた。これでやっと壁から離れられると思った庄司は、次の瞬間、我が目を疑った。

 関取が着物のたもとから新たな食券を取りだし、おばちゃんにさしだしたのだ。

 五人の客は壁際に押し出されたまま、自分の丼を見下ろした。庄司は首を捻って丼の蕎麦を箸でつまんでみた。すっかりのびてぐずぐずになった蕎麦は箸では支えきれず、丼の中にポトリと落ちた。庄司は体をゆすって、うっちゃりを試みたが、関取の圧力はびくともしなかった。

 五人の客は肩を並べて、ただただ関取の取り組みを見物することしかできなかった。

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