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すきま風、ぴゅーぴゅー

すきま風、ぴゅーぴゅー

寒さにもいろいろある。


肌をさす。


骨に染みる。


身も凍る。


屁も出ない。


 とにかく、今日は寒い。


 九州南部の片田舎、太平洋に面しているためにもたらされる温かな気候が取り柄のこの町で、今日の寒さに打ちひしがれて、信篤は毛布にくるまって震えていた。


 信篤の部屋には暖房器具がない。元来、寒さに強いと思っているためストーブもヒーターも準備していない。

 貧乏でエアコンは買えず、夏は扇風機を使っている。


 毎年、冬でも薄っぺらな綿入り布団しか使っていなかったのだが、昨年末に別れた彼女が置いて行った毛布があったために、なんとか凍え死なずにすんでいるというありさまだった。


 寒さで死ぬことはないが、寒さで眠れずにいる。まさか寒いせいで眠れないなんてことがあるとは思ってもみなかった。


『寝るなー! 寝たら死ぬぞー!』


 という古くから引用されている何かの映画のセリフから、寒すぎるとすぐに眠くなるものと思い込んでいたのだが、人体はそこまで不用心ではなかったようだ。


 冷え切った両手両足の先が痛い。じんじんする。せめて温めようと熱い茶を淹れたが、あっというまにぬるくなってしまった。手先はちっとも暖まらなかった。


 それならばとウイスキーを喉に流し込んでみた。喉と胃はカッと熱くなったが、体はさっぱりだった。


 風呂に入るかとも思ったが、あまりの寒さに浴室に足を踏み入れたくもない。


 結局、何もできずに毛布にくるまっているのだった。


 毛布に別れた彼女の匂いが染みついているような気がするのは、どう考えても気のせいだろう。毛布を使わなくなってから一年たつのだ。匂いも揮発しているはずだ。


 けれど、次から次へと彼女との思い出がよみがえってくる。


 連絡なしで夜中に帰って、一晩中正座で反省させられたこと。 

 家事を何もせずに一か月たち、片付けなかった靴下で顔を拭かれたこと。

 彼女が実家に帰っている間に、作りおきしていてくれたカレーを腐らせて放置し、無理やり口に突っ込まれたこと。

 思い出はちっとも心を暖めてはくれなかった。


 しかし、どこか甘い感覚を呼び覚まして、信篤は寒いうえに人恋しくなった。思わず電話をかけてしまった。ああ、また怒鳴られるに決まっているというのに。


『もしもし』


 不機嫌な彼女の声に、信篤はなぜかホッと懐かしさばかりが湧きあがるのを感じた。


「もしもし、俺」


『オレオレ詐欺?』


「いやいや、信篤だよ」


『あんた、声震えてるじゃん。まだ布団買ってないの』


「もらった毛布を着てる。暖かいよ」


 無言。さあ、怒鳴り声が来るぞと信篤は身構えたが、いつまでたっても無言のままだ。


「もしもし?」


 無言。


「あのー、もしもし?」


『何』


「あのさ、何かしゃべってくれない?」


『用事ないもの。じゃあね』


 冷たい声で電話は切られた。信篤は寒いうえに傷ついた心をどうにかしたくて毛布に鼻をうずめた。

 彼女の香りがした。今度は間違いない。彼女の残り香だ。


「もしもし!」


 電話をかけなおして叫ぶ。


『うるさい』


「君がいれば、寒くても耐えられる。一緒にいてほしい」


『……』


「戻ってきて欲しい」


『あたしは一人でストーブにあたってるほうが幸せだから。じゃ』


 冷たく電話は切られた。と、思ったらすぐに折り返しがあった。信篤は目を輝かせて電話に出た。


『もう二度とかけてこないでよ』


 冷たいうえに恐ろしい迫力で電話は切られた。

 信篤は毛布をそっと脱いで、煎餅のような布団にくるまって震えた。


 今日は、寒い。

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