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エンピツ VS シャーペン の日

エンピツ VS シャーペン の日

「なんでエンピツじゃないとダメなんですか」


 学級会の一番最初に神崎えみ子が高々と手を挙げた。内心、うんざりしながら、その気持ちを押し隠して笑顔で答える。


「エンピツの方が字の練習にいいんだ」


「そんなの嘘です。私はシャーペンでもきれいな字が書けます」


 えみ子は文武両道タイプで自尊心が高い。その高い鼻っ柱をへし折ったろかい、と何度思ったか知れない。けれど一応、担任教師という立場上、まさかそんなことは出来るはずもなく、いつも苦虫を噛んだような顔になりながらなだめるしかないのだ。


「エンピツなら、もっときれいな字が書けるようになるぞ」


「そんなオタメゴカシはいりません」


 カチンときた。オタメゴカシなんて言葉を知っているということにも腹が立ったが、その言葉を自分よりはるかに年上の大人に対して発信する失礼を、子供ならではの無遠慮と無知からなんとも思っていないのだ。いくらなんでも腹が立つ。


「エンピツがいいというのは、硬筆書道でエンピツが使われているという実績がある。本当のことだ」


「それが本当だとしても、みんな書道したいわけじゃないです」


 もう面倒くさい。エンピツかシャーペンかなんて手垢がついた議論なんか、もう何年続けてると思ってるんだ。子供はみんなシャーペン、シャーペンって、うるさい。


「なんでそんなにシャーペンがいいんだ」


「シャーペンの方がエコです。芯だけ入れ替えれば何度でも使えます」


「廃棄の問題があるだろう。エンピツなら自然に還る」


「でも、シャーペンはなかなか壊れないから捨てないじゃないですか」


「飽きるだろ。どうせかっこいいとか可愛いとかいう理由だろ、シャーペンがいいって言うのは」


 えみ子がぐっと言葉に詰まった。


「シャーペンがいいなら家で使えばいいだけのことだ。学校ではエンピツ、家ではシャーペン。なんの問題があるんだ」


「でも……」


 でも、と言っても、もう反論する材料はないだろう。子供なんて、そんなもんだ。


「でも!」


 えみ子はまだ引き下がらない。内心、ため息を吐いた。


「先生はシャーペンを使ってるじゃないですか!」


「お前な。また最初から同じ話を繰り返すのか。いいか、子供は、エンピツを使った方が字がきれいになるんだよ」


「でも、先生は字が下手じゃないですか」


「だから、言ってるんだ。実体験だ。エンピツにしておきなさい。将来、字が下手になるぞ」


 勝った。この理論に勝てる子供はいない。


「でも……」


 いい加減にしてくれ。あからさまにため息を吐いてみせる。


「でも、先生は毛筆書道はうまいじゃないですか」


 おっと。そこに気付いていたとは、なかなかデキル子だな。さすが、えみ子。しかし。


「硬筆書道は全然ダメだ。それもこれも小さい頃使っていたシャーペンのせいだな」


「でも!」


 くそう、まだ食いついて離さないぞ。


「先生の字、私、好きです」


 ぐらっときた。ぐらっときたぞ。思わずシャーペンを許可しそうになったぞ。


「好きでも嫌いでもダメなものはダメだ。理由はもう言った。何度も言った」


「でも……」


「えみ子、議論の最中に『でも』が出たら負けだ。それは論理的じゃない証拠だ」


「大人はずるいです。なんで勝手にダメだって決めるんですか」


「ダメな理由はもう言った。同じことを何度も繰り返すのは時間の無駄だ」


 えみ子は唇を噛んで下を向いた。おいおい、泣いてくれるなよ。心配して見ていると、キッと顔を上げた。あ、良かった、泣いてない。


「先生は、シャーペン使ってるんだから、もっとシャープになった方がいいと思います!」


 言いきるとガタンと音を立てて座った。最近張り出してきた腹に視線を落としそうになったが、ぐっとこらえた。大きなお世話だ!


「じゃあ、この話はこれで終わりだな。他に何か話し合うことがある人」


「はい」


 えみ子、またお前か!


「今度は、なんだ?」


「なんでリボンをつけてきたらダメなんですか」


 こうして時間いっぱい、毎年毎年、話し合いを続けることになるのだ。ため息が止まらない。

 だが、こうやって子供たちは大人になっていくんだってことも、よく知ってる。だから、何度でも付き合ってやろうじゃないか。


「先生」


「お、なんだ。健太郎」


「なんでシャーペンはダメなんですか?」


「今、話してただろ!!」


 でも、我慢の限界というものはあるわけで……。毎年、学級会には泣かされる。

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