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ずっと歩いていける

ずっと歩いていける。

気付くと、靴をはいていなかった。


素足がアスファルトのでこぼこを感じて変な気分だ。


辺りを見回してみたが、知らない場所だった。


どこかから波の音が聞こえてくる。


道の両脇に立っている家は木造の平屋が多く、どこか懐かしい。


立ち尽くしていても仕方がないので歩きだした。


家と家の間には細い溝があり、猫ならば通れるであろうと思われた。


思っていると、まさしく猫が家の間の隙間から、するりと出てきた。


どこかで見たことがあるような猫だ。


虎柄で顔が平たい。


「ひらめ?」


猫はにゃあんと返事をした。


そこで目が覚めた。


 窓の外はまだ暗い。時計を見るとまだ二時だ。ゆく年くる年を見ているくらいから記憶がない。テレビは消えていた。記憶にはないが、きちんと電源を切ってから寝たらしい。


 酔いはまだ残っているが、二度寝する気分でもなかった。せっかくなので初詣にでも行くかと立ち上がった。ダウンのコートに財布と鍵だけ突っ込んで部屋を出た。


 底冷えがする町は、どこかざわめいている。通りすぎる家の窓にも明かりがついているところが多い。

 近所の神社まで五分ほど。ざわめきは更に大きくなった。


 角を曲がるとすっかり明るかった。ぽかんと口を開けて立ち止まる。

 街灯や投光器の明るさかと一瞬だけ思ったが、空を見上げると、青く晴れていた。


「兄さん、初詣かい?」


 横合いから声をかけられた。そちらを見ると、いやに目付きが厳しい老人がいた。カタギではなく、その道の人かと身構えた。


「早く行かないと、もうすぐ太夫さんがくるぜ」


「太夫さん?」


「ああ。とっとと済ませちまいな」


 老人に肩を押されて参道の真ん中に立った。鳥居の向こうに見慣れた社殿が見える。参道の脇には人垣が出来ている。太夫さんとやらの見物のためだろうか。チラチラと投げかけられる視線を感じる。

 とりあえず移動しようと思ったが、人垣に隙はない。きょろきょろと居場所を探しながら進んでいき、結局、社殿までたどりついた。お参りを済ませてしまおうとポケットから財布を出そうと思ったのだが、ない。すられたのか? いや、人混みに入ったわけではない。それはないだろう。

 では、落としたか?


 あわてて来た道を戻ろうとすると、シャランと透き通った鈴の音が聞こえた。ざわついていた参道がシンと静まる。


 鈴の音は徐々に大きくなり、鳥居の向こうに不意に行列が現れた。唐突に二十人ばかりの行列が現れたのだ。目を見開いたが、参道の人たちは驚くこともなく行列を見ている。突然現れたというのは気のせいだろう。沿道の人たちは笑顔で、それはそれは嬉しそうに。行列の先頭にたつ太夫姿の女性を見つめている。


 それに対して行列は皆、能面のように無表情だ。太夫も堅い表情で目元や唇の紅が死化粧のようでもある。それでも、いや、それだからか、夢のように美しい。


 行列は粛々と進み、だんだん近づいてくる。太夫から目を逸らすことができない。

 ぼうっと立っている間に行列がすぐ目の前までやって来た。行列の先頭、露払いの男が手にした金棒で肩を突かれた。よろめいて初めて行列の邪魔になっていることに気付いた。


 だが気付いた時には遅すぎた。男衆に取り囲まれて死人のように据わった目で睨み付けられた。


「およし」


 鈴の音より軽やかな高い声で太夫が男衆を止めた。


「金棒をおやり」


 一人の男が持っていた金棒を差し出した。大人しく受けとると、男は行列から離れてしまった。仕方なく、男がいた場所に立つ。


 すると足元から寒気がかけ上ってきた。骨が凍っていくような冷風が肉を削ぎ落としてしまったような寒気だった。体を丸めたい、せめて腕をさすりたいと思うのに、体は言うことを聞いてくれなかった。行列に従って歩いていく。


 社殿に向いお参りを済ませた行列は方向を変えて鳥居に向かっていく。いつのまにか参道の人たちの姿は消えていた。


 寒い。寒くて仕方ない。歯の根があわないくらい震えている。逃げ出したいのに足はまっすぐにしか進んでくれない。参道にいたのが悪かったのか、道を遮ったからか。こいつらは人外の何かなのか。


 何もわからないまま引きずられるように行列から抜け出せぬまま歩いていく。寒い。寒い。


 ふと行列が止まった。太夫が狛犬を見上げている。狛犬の影から虎柄の猫がするりと出てきた。


「ひぃっ」


 太夫が小さな叫び声をあげた。行列がわっと散り散りになり、我先に逃げていく。


「ひらめ!」


 ひらめは身をひるがえすと太夫に飛びかかった。太夫は辛うじてひらめの爪から逃れると、ぽっくりを脱ぎ捨てて姿を消した。


 体から力が抜けて尻餅をついた。ひらめが近づいてきて、するりと体をすり付ける。その温かさに生き返った気がする。


「ひらめ……」


 額をこりこりと掻いてやると少しだけ喉を鳴らして、どこかへ歩いていってしまった。


 ひらめの後ろ姿が見えなくなるまで座り続けた。




「大丈夫ですか?」


 ふと気がつくと目の前に紺色の制服を着た警備員がしゃがみこんでいた。


「急にたおれたそうですが、意識はしっかりしていますか? 名前は言えますか?」


「名前……」


 さっぱり思い出せない。よろよろと立ち上がった。名前は……なんだっただろうか。


「住所は? 言えますか?」


「名前も住所も……わかりません」


 なにもわからなかった。どこへ帰ればいいのか、途方にくれた。


「ひらめ」


 呼んでみたが、今度はひらめは助けに来てはくれなかった。

 振り返ると、社殿に飾ってあるねずみの絵が破れていることに気付いた。そうだ、ここはねずみ神社だった。ひらめに追い散らされたねずみの神様を怒らせたのかもしれない。


 だが、とにかく命はある。命はある。縛られずにどこまでも歩いていける。


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