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花びらのバスケット  作者: シャロン
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第三章:ブライダルベール

普段のビジネススーツに腕を通そうとして、先程から感じていた違和感の正体に思い当たった。子供みたいだな、と、思わず苦笑しながら、手に取っていたスーツをハンガーに戻す。

確かこのあたりにあったはずだ、とクローゼットを開けると、目当てのモノはすぐに見つかった。

ブラックスーツと、それに合わせたライトグレーのネクタイ。今日は、僕の友人、さやの、結婚式なのだ。本当なら心から祝福したいところなのだが、生憎ながら今日はそういうわけにもいかない。いや、いきたくない、と言った方が正確だろう。というのも、さやは僕の元恋人、所謂元カノなのだ、たぶん。

・・・・・・・なぜ“たぶん”がつくのか、というのは想像にお任せする・・・・・というわけにもいかないのだろう。とんでもない答えが返ってきそうだ。説明すると、劣等感を感じたから、ということだと思う。そもそも、僕と彼女が付き合っていたのは中学一年生の時のほんの二、三週間なのだけれども。

さやはみんなの人気者で、告白だって何人からもされているのに、なぜか地味で人見知りで臆病で、おまけにかっこよくもなんともない僕なんかを選んだのだ。

始めこそ舞い上がったが、ふと僕なんかでいいんだろうか、と思うとあとは一直線だった。最終的に、僕なんかが一緒にいていいのか、という不安から、僕から別れを切り出したのだ。

断じて彼女が嫌いになったとかではないので、幸せになって欲しい、とは思っていた、はずなのだが。


「いきなりこう来られたら、ねぇ・・・・・・」


目の前には、一枚のはがき。

そこには満面の笑みを浮かべたさやが、僕の知らない男と腕を組んでいる写真が印刷されている。その上には『私たち、結婚します』の文字。そして、下には、会場の案内と共に“来てくれたら嬉しいな”という、彼女からのメッセージが書かれていた。


「・・・・・はぁ」


憂鬱な気持ちは抑えられないが、欠席するわけにもいかない。僕は車の鍵を持つと、玄関の扉を開けた。

またひとつ、ため息を漏らす。


「ゆうくん、だめだよ、幸せ、逃げちゃうよ」


そんな彼女の声が耳の奥で蘇って、未だに諦められていない自分に、やっぱりため息がこぼれた。


         *           *           *


車を走らせること、三十分。運命の悪戯か神様の意地悪か、こんな時に限って道路は全く混んでいなかった(普段は車がかなり多いのに、である)。

駐車場に車を止め降車すると、前に大きなビルが見えた。おそらくあそこが会場だろう。まだ少し早かったのだが、特にすることもなかったため、僕は会場へと向かうことにした。


          *          *           *


ホテルのロビー。披露宴はこの近くの大ホールで行われるようだ。


「ゆうくん、来てくれたんだ!!」


懐かしい声に振り向くと、そこにはウエディングドレスに身を包んだ彼女がはにかみながら手を振っていた。

ふわふわした明るい雰囲気は、僕の知っているさやそのものだったけれど、かつて短かった髪は綺麗なロングヘアになっていて、十年の歳月を感じさせた。


「さや、久しぶり。綺麗だよ」

「ありがと。でも、なんか、照れちゃうかも」


そう言って笑ったさやの顔は、昔と何も変わっていなかった。

天使のように、見る人の心を癒すような笑顔。僕の一番好きな、さやの表情。

あまりの懐かしさと愛おしさに思わず涙ぐみそうになって、でも同時にその笑顔が僕の手の届かない所に行ってしまうという切なさが胸を抉った。


「さや」


聞き覚えのない声が不意に聞こえて視線を巡らせると、白いタキシードを着た人が近づいてくるのが見えた。おそらく、彼がさやの夫だろう。


「なおさん、もう時間?」

「あとちょっとあるけど。そろそろ戻ったほうがいいと思う」


わかった、と言って、彼女は歩き去ろうとする。


「さや」


思わず呼び止めると、さやは首を傾けて立ち止まった。

なんといっていいのかわからなくて口ごもっていると、彼女は不思議そうな表情をして僕を見上げた。


「・・・・・・・・・・・・・っ、あ、」

「どうしたの?」


喉元まででかかったセリフを、咄嗟に飲み込む。

やっぱり、無理だ。


「何でもない。おめでとう」

「・・・ん、ありがと」


さやはにっこりと笑うと、今度こそ行ってしまった。

上手く、笑えていただろうか。

立ち去って行った彼女の足取りは軽く、幸せそのものの後ろ姿を僕は見えなくなるまで見つめていた。


         *         *          *


「ただいま」


時計の針は夕方の五時を示している。本当はもう少しあったのだが、疲れたから、と言って抜けてきたのだ。

夫の横に座って、幸せそうに頬を緩めていた彼女の姿に、耐え切れられそうになかったから、というのが本当の理由だけれど。

仕方がない、悪いのは僕だ、とはわかっている。僕よりも彼を選んだのは、ほかの誰でもなく、彼女自身だ。

彼女は、自ら彼の籠に入ることを選んで、僕の届かない場所へといった。

彼は、聞いたところによると大手企業に務めるエリートで、人柄も申し分がない、らしい。僕と彼と、どちらを選ぶか、と聞かれれば、百人中百人が彼を選ぶだろう。

でも、それでも。

怒り。

切なさ。

嫉妬。

そういうものが合わさった感情は、すぐに後悔に変わってしまった。

幸せそうな彼女の姿は、あの時の僕を嘲笑うようで。

なぜあの時。

僕は、あんなことを言ったのだろう。

せめて、今日、なぜ伝えなかったのだろう。


窓の外では、綺麗な夕日が彼女の未来を照らしている。

約束された彼女の未来に、今となっては僕が入る隙間はない。

ゲームオーバーの赤いライトは、あの時ならハッピーエンドに変えられたのかな?

それももう、負け惜しみ。

僕は、彼女の笑顔が曇るのを見たくなかったから。

だから、伝えなかったんだ。


でも、今なら、いいかな。

君には、届かなくても。

神様には、届くかな?


ディア・マイ・エンジェル。


僕の、愛しい、天使。


あいしてる。


ずっと、君だけを。


いつまでも、君の、


_______幸せを願っています_______

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