密談
王政府の片隅、物置のような小部屋には、なんとも厳つい面子が揃っていた。枯れ木のような老魔術師、白獅子のような国王、そして、大木のようにずんぐりとした老将軍である。登城を求められたカイラル将軍は、馬を駆り、隠密裏に城内に入ると、すぐに何の変哲もないこの物置に足を運んだ。何のことはない。ここは王様の秘密基地なのである。幼少の時代は遥か遠い過去となったが、レオーニ王がごく近しい者と密談する時には、大抵この王政府の雑具保管庫を利用していた。
「鳥の模造品か。こんなものまで用意しているとはな」
テーブルの中央に置かれている小さな水晶玉を睨みつけていた将軍は嘆息を禁じ得なかった。理屈は想像の埒外だが、それが空飛ぶ斥候であることは大凡理解できる。かつてロゼニアで王国を苦しめた帝国親衛軍団竜騎兵隊の同類である。王国軍も魔術師による経空威力偵察を行うが、航続距離と信頼性に乏しいことは否めない。観測用の魔道具も提案されているが、夢物語の域を出ない代物である。
「もう少し詳しくみてみたかったが」
「すまないな、いつもの水晶玉を壊してしまったのだ」
溜息をつきながらレオーニ王が応じる。
水晶玉を用いた遠視術は、何かにつけて凡庸と陰口を叩かれる国王の隠れた特技である。普段は大人の頭ほどもある大きな水晶玉を使っているが、あの『祭事の間』の様子を探ろうとした時に突然割れてしまったのである。仕方がないので、今は雑品の狭間から発掘した小さな水晶玉で代用している。
「相変わらずそそっかしいな」
「勘違いするな。遠視術で水晶を割るなど初めての経験だ」
「まあいい。それよりも、問題は今後の小娘の取り扱いだ」
うまくはぐらかされてしまい、レオーニ王もぐぬぬと歯軋りする。幼少、剣術師範と教え子という関係だったあの頃から、将軍にはやられっ放しである。戴冠した今でさえそうなのだから、時間は案外問題を解決しないものである。魔術指導の担当だったレヴィナ師がにやにやとやりとりを眺めているのも、昔と変わらない景色である。
「話は一通り聞いたが、結局、何者なのだあの小娘は」
「さあな。その辺りをじっくり聞こうと食事にお誘いしたのだが、見事に振られてしまった」
葉っぱしか食べないと言われたことを思い出して、レオーニ王は苦笑いを禁じ得なかった。
あれは何かと聞かれても返答に窮するのが実情である。故国で大公の地位にあるなどと大言を弄していたが、その真偽を判断する術は今の王国にはない。あの勇者にとってこの世界が未知なるものであると同様に、あの勇者と、その背景となる世界は王国にとって未知なるものなのである。
「いつか真実を問うてみたいものだが、今は時機を待つしかないな」
無理に問い質して機嫌を損ねることがあれば、今日の馬鹿騒ぎの二の舞になりかねない。今のところは勇者の椅子に縛り付けられただけでよしとすべきであろう。
「幸い、彼との仲は悪くないようだ。そのうち何か掴んでいないか聞いてみるとしよう」
水晶玉を睨みながらレヴィナ師が述べる。宰相の視線の先では、妖精のように見目麗しい少女が、銀髪の少年をぐいぐい引き回している。不甲斐ないと笑うのは簡単だが、その姿は勇者と王国の関係そのものである。
「成り行きとはいえ、彼には酷な役回りを押し付けてしまったな」
「いっそ手籠めにするくらいの甲斐性があればいいのだが」
「お互い子供だ。そういう話をするのはまだ早いだろう」
軍人さんらしいせっかちな話に、老賢者は苦笑いを浮かべる。
救国の勇者様を何らかの形で体制に取り込むことは、当初からの既定路線である。先方から要求された貴族としての取り扱いを拒まなかったのも、元から叙爵の予定があったものを前倒ししたに過ぎない。養子として王族に取り込む案すらあったのだから、公爵だろうと大公だろうと許容限度なのである。
危機を乗り切った後も、勇者様には末永く生ける神話として王国の秩序と安定に寄与して欲しいというのが、王国首脳部の偽らざる本音である。当の勇者様は家に帰りたいと不満を顕にしているが、そのうち現実を受け入れ、この地で落ち着いてもらうこととなるだろう。
「何にせよ先の話だ。ひとまずは当人達の様子を見守ろう」
「そうだな。今は目先の話だ。……第二常備軍とやら、本当に大丈夫なのか」
将軍が問う。職分を冒された怒りよりは、困惑が強く出た声色だった。
「魔術の才は間違いない。流石エルフといったところか。無詠唱現象術など神話か伝説の中の話だぞ」
「そうかもしれないが、そんな曲芸でどう軍を運営するというのだ。確かに奇矯な術と小道具の使い手だが、所詮は小娘だ。一から軍を作り上げるなど不可能に近い」
「勿論。だが、昼の醜態を思えば、我々に任せろと言ったところで納得を得られん。まあ、暫しの辛抱だ。躓いたら、改めて城の奥で大人しくしているようにお願いしよう」
「まったく迷惑なごっこ遊びだな」
いかにもうんざりといった調子で将軍が言う。この時期に対魔王軍専門部隊を王立常備軍の外に編成するというのは、いかにも悪手だった。対外的な関係もそうだが、王宮が王立常備軍の能力を疑問視しているととられかねない動きである。
「正直に王宮の都合だと説明する。それで構わないな」
「それでいい。勇者の支援は王政府と王立騎士団で行う。将軍は士気の維持に注力してくれればいい」
「無茶な注文だな。やれるだけやってみよう」
三者は会談の内容を確認する。カイラル将軍は対魔王軍特殊任務部隊としての第二常備軍の設立を承認し、レオーニ王は第二常備軍が王立常備軍の職分を冒さないことを約束する。手に余る勇者は当面放し飼いである。適当な口実を得られ次第、第一線からお引き取り頂くというシナリオは暗黙の了解といったところだろうか。
最後に、定例会談と同様、国境周辺の帝国軍団、とりわけロゼニアの遣南軍団の動向に関して意見が交わされる。帝都ニーヴァルンディが危機に瀕しているというのに、遣南軍団には目立った動きがない。引き続き監視すべきとの意見の一致をみて、会合は散会となった。
粛々と変事の後始末。