第32話 騎士団長
執務室を完璧に片づけ終えた、その翌日。
私はウィンストンさんに感謝されまくった。
なぜなら、あの騎士団長が突然屋敷に押しかけてきたからである。
昨晩も仕事で王城に泊まり込みだった宰相様だが、騎士団長が屋敷に押しかけてきたと連絡を受け、急遽戻ってきたらしい。
現在、私の部屋では、ポピーママとポピーがパニック状態で私の身支度を進めていた。
「お嬢様の服、まだ1枚も買ってないのにどうしましょう!」
ポピーママが泣きそうな表情で、衣装棚の服を引っ搔き回している。
「髪型どうする? 服を先に決めなくちゃだよぉ」
私の髪に櫛を通しながら、ポピーが嘆く。
「適当じゃダメなの?」
と私が問うと……。
「ダメですよ」
「ダメだよ」
声を揃えて返ってきた。
「騎士団長様は公爵様なんだよ? モルちゃんは初めましてだし、ちゃんとした格好で会わないと」
「え? 挨拶だけじゃないの?」
「ううん、モルちゃんに会いに来たみたいだよ?」
「ええ!?」
騎士団長とは面識がないのに、どうして会いに来たのだろう。理由を聞きたかったが、2人ともそれどころじゃないようだ。
ポピーのお下がりの服には、貴族の令嬢が着るようなドレスはない。
2人が悩みに悩んで、ありあわせでコーディネートしてくれたのは、ふんわりとしたシルエットの水色のワンピースに、真っ白なフリルの飾りエプロン。髪の毛にも大きなリボンをつけてもらい、さながら『不思議の国のアリス』のような出で立ちになった。
丈の合わない部分を猛スピードで縫い上げたりして、準備が整った頃には2人とも魂が抜けたように灰色になっていた。
ノスを片腕に抱え、私はポピーママと一緒に執務室に向かう。
久しぶりに宰相様にお会いできると思うと自然とテンションが上がり、お茶会へ向かうアリスのような気分で、私の足取りは自然とスキップになっていた。
さっきまでぐったりしていたポピーママだったが、執務室の前に来るとスッと背筋を伸ばす。その顔にはいつもの穏やかさは消え、少し緊張した面持ちになっていた。
――コンコン。
一息ついてからノックをする。
扉を開いたのは、ウィンストンさんだった。ポピーママとウィンストンさんは、無言でコクリと頷き合う。
「お待たせいたしました。モルガナお嬢様をお連れいたしました」
そう言って、ポピーママは一歩下がって綺麗なお辞儀をし、私だけを部屋の中へと促した。
(――おおおお!)
目の前の大柄のワイルド系渋オジに、私は目を輝かせた。
このお方が騎士団長だろうか。
鬣のような白髪の混じった赤髪。荒々しく跳ね上がった野性味あふれるお髭。鋭い目つきは鷹のようだ。身長は宰相様の頭1つ分くらい大きいだろうか。肩幅も広く、ガッチリしており、その迫力はまさに騎士団長にピッタリだ。
ワイルド系の騎士団長、その隣にはクール系の宰相様、扉のそばにはエレガント系のウィンストンさん……3人も渋オジが集まるこの空間、最高かな。
イケメン中心のBLゲームだったけれど、実は渋オジBLゲームも作ろうとしてたんじゃないかって思うほどだ。
なんて、ニヤニヤと3人のオジ様たちを眺めていると……ふと、騎士団長と思われるオジ様と目が合う。
オジ様は頬を緩めると、私に近づきヒョイと抱き上げ――。
規格外の「高い高い」をしてきた。
「ぎょああ!」
驚きのあまり変な叫び声を上げてしまった。
長身なので、「高い高い」が天井に届くかと思うくらい高い。
怯える私に、オジ様は気にする素振りもなく、そのまま「高い高い」をし続ける。あまりの高さに怖くなり、腕の中のノスをギュウウウッと力強く抱きしめてしまった。ノスからは「ぐぇえ」と苦しそうな唸り声が漏れる。
「ははっ! お前がウォルシングの養女か! 小さいな!」
振動が伝わってくるような闊達な声だ。
――次の瞬間。
その声とは真逆の、静かで落ち着いた声色が耳に響いてきた。
「止めろ。娘が怖がっている」
(――っ娘えええええ!)
第三者の前でサラッと『娘』と言うその破壊力たるや……。
恐怖の「高い高い」が、祝福の胴上げのように思えてきた。
このまま万歳と両手を上げて、喜びたい!
(ああ、生きててよかった)
森の木々たちを犠牲にして、魔力を吸って生きてきた自分を褒めてあげたい。
木々の魔力を吸うと青々と茂っていた葉が、一瞬で枯れてしまう。霊廟の花のときのようにすぐには復活しないし……『ザ・闇属性』なエグい力に、罪悪感で胃に穴が開きそうだったのだ。
(……まあ、この瞬間のための犠牲だと思えば仕方がないよね)
オジ様は「高い高い」を止め、私を宰相様へと引き渡してくれた。
これ以上の巻き添えはご免だとばかりに、ノスが私の腕からするりと抜け出して床へ逃げていく。腕が自由になった私は、ここぞとばかりに宰相様にぎゅっとしがみついた。
「おお、信じられん。子供がお前に懐いているなんてな。ジョエルを連れてきたが、お前に会いたくなかったのか、一目散にどこかに逃げていったぞ」
(――ジョエル!)
ゲームのメインキャラクターの1人だ。
やっぱり、この人はジョエルの祖父で騎士団長のエクター・レッドブレイズに間違いない。
しかし、逃げ出すぐらい宰相様に会いたくないって、どういうことだろう。ジョエルは宰相様が苦手なのだろうか。
宰相様はジョエルの件には触れず、微かに眉をひそめて騎士団長を軽く睨みつけた。
「お前はいつも来るのが急すぎる。気まぐれもいい加減にしろ」
『いつも』ということは、騎士団長はよくこの屋敷を訪れているらしい。2人の関係が気になるが、アポなしで出入りするくらい、気安い仲みたいだ。
「例の教会の件なんかでお前は忙しくしていただろう。最近は、来るのを遠慮していたんだぞ。だが、お前が養子を迎えたっていうから、すっ飛んできたんだ。どんな子か気になるじゃないか」
それを聞いて、宰相様は軽くため息をついた。
「養子のことは、まだ公表していないのだがな」
「そりゃ、娘が謹慎処分されたんだ。いろいろ調べるだろう」
(――娘?)
騎士団長の赤髪を見て、ハッとする。
(シドニーさんだ!)
顔つきも体格も似ていない。性格に至っては正反対といった感じだ。似ているのは髪の色だけである。言われなきゃ、騎士団長の娘だとは分からない。
(ということは、ジョエルはシドニーさんの子供?)
仮に『母親』だとしても、子供の私への態度が冷たすぎた気がするけれど……まあ、宰相様の『娘』を脅したんだから、謹慎処分されるのも自業自得か。
「嬢ちゃん、シドニーが迷惑かけたな。しかし、あいつが酷く警戒していたから、どんな邪悪なやつかと思ったら、こんな小さい子供とはな」
闇属性の私を忌避するどころか、謝ってくれるだなんて、騎士団長の懐の深さに感動する。
騎士団長は大きな拳を反対の掌にパシッと打ちつけ、豪快に笑った。
「シドニーの根性を叩きなおしとくからな」
(……うわ、根性を叩きなおすって)
鍛え上げられた騎士団長の拳を見るに、その叩きなおし方はどう考えても厳しそうだ。シドニーさんには多少の恨みはあるけれど、私のせいで、彼女がスパルタ指導を受けることになったらと思うと、心が痛む。
私はブンブンと首を振った。
「ダメです! 厳しい指導はダメですよ! 根性だけでどうにかなる問題でもありませんし」
だからこそ、シオンをスカウトして心療術師になってもらうんだから。トラウマを抱えたシドニーさんは心療術師第1号の実験台にするのだ。
私の言葉に、騎士団長は豆鉄砲を食らったような顔をした。その後、ニッと笑って、私の頭をワシッと掴んでグリグリと撫で回す。せっかくポピーがセットしてくれた髪型とリボンがグチャグチャだ。
「ははっ、お前は優しいな! よし、娘の不始末のお詫びと……それからご褒美に服を買ってやろう」
「ご褒美?」
私は首をかしげる。褒美をもらえるほどのことは何もしていない。
「この部屋、片づけたのお前だって? 酷い部屋だったからな。綺麗に片づけられていたのに驚いたぞ!」
宰相様が頷く。
「確かに褒美は必要だ」
宰相様の存在だけですでにご褒美なのに、これ以上望むと罰が当たりそうだ。
「じゃあ、行くぞ」
騎士団長が宰相様から私をベリッと引き剥がすと、脇に抱えた。子供の扱い方がダイナミックというか、雑である。
「今か!?」
宰相様が声を上げる。
「当たり前だろう! 今着てる服なんてとても令嬢が着る服じゃないだろう」
ポピーママとポピーが一生懸命用意してくれた服だから、文句は言われたくないが、貴族から見れば、今着ている服がとても質素に映るのだろう。それに服を買っていないのは、宰相様が悪いわけではない。養女だということは公表前で、貴族街のお店に行けなかったのだ。
「よし、宰相の令嬢として相応しいドレスを俺が選んでやろう!」
騎士団長は宰相様の返事も待たずに、私を抱えたまま部屋を飛び出した。




