プロローグ
場所は宿屋の屋根の上。
吹き抜ける夜風が、ひどく冷たい。
「そこをどけ」
突き放すような響きだが、不思議と耳に残る極上ボイス。
宵闇を溶かし込んだような濃紫の髪に、深いアメジストの瞳を持つ超絶イケメンが目の前に立っていた。
「やっぱり宰相様の視察の隙を狙ってきたね。予想が当たってよかった」
私は、努めて冷ややかに言った。
月夜に照らされた彼の姿は神秘的ですらある。でも、両手に握られた投げナイフと、全身から放たれる殺気。それが、彼がただの美青年ではないことを物語っていた。
「予想してただと?」
肌を刺すような殺気が、さらに一段階濃くなった。
「まぁね」
ここはBLゲーム『光のラヴァーズ(通称:光ラヴァ)』の世界。
私は転生者であり、このゲームの内容を知っていた。
彼はメインキャラクターの一人で、名前はギル。凄腕の暗殺者だ。
――そして、絶賛この国の王子と交際中である。
『暗殺者×王子』のシナリオは、任務のために近づいた暗殺者が、王子の優しさに触れ、徐々に心を開いていく……という王道展開。
そしてどうやらギルは、シナリオ通り完全に王子様に惹かれてしまった。
対する私は、そんな彼らの恋路を邪魔する悪役令嬢、モルガナ・レギスガルド。
BLゲームだが王子ルートには「当て馬」として、婚約者が存在した。それがモルガナ。王子の愛した相手に嫉妬し、恋路を邪魔するどころか、最後には命を奪おうとする……という設定である。
もちろん私は嫉妬もしてないし、命を奪うつもりなど毛頭ない。
「残念だけど、この先に通すわけにはいかないんだよね」
私は内心の緊張を悟られないよう、平然を装ってあえて軽い調子で言い放った。対する彼は、ふっと薄い笑みを浮かべている。……めちゃくちゃ余裕そうだ。
「俺だって、ここで引き下がるわけにはいかないんだ」
彼は愛する王子との未来を掴み取るために、暗殺稼業から足を洗うことを決意した。だが、足を洗う条件として出されたのが『宰相暗殺』の依頼だった。
氷の宰相ウォルシング・レギスガルド。
私のお父様であり、命の恩人でもある。
厳かな表情に知性溢れる威厳と風格! すべての嘘を見透かす氷のような青い瞳! 年齢を重ねたからこその渋みと艶やかさ! そして、腹の底に響くような重厚な低音ボイス! 宰相様、最高オブ最高!!
私の最推しである。
そう、私は生粋の枯れ専腐女子。
だからこそ、目の前にどれほどのイケメン君がいようとも、容赦なく攻撃できるのだ。
だが、イケメンオーラが効かないからといって、圧倒的な戦闘力を持つ暗殺者を止めるのは至難の業だ。彼とこうして対峙できるのは、悪役令嬢に転生した子供のころから、今日この日のために奮闘してきたからに他ならない。
本来のゲーム展開なら、ここで宰相様は暗殺される。凄腕の護衛たちの目をかいくぐって、この男は暗殺を成功させてしまう。
――けれど、私の最推しを殺させてたまるか。
すべては推しの命を救うため。
宰相暗殺、絶対阻止!
「本気で行くよ?」
私は、闇の魔力を彼に向けて解き放った。




