凄腕スナイパー『ブラオ』
とある休日――。
午前十時過ぎ。
ジリリリリ……!
けたたましい電子音が寝室に鳴り響いた。
ましろは薄く目を開ける。
目の前には、3Dホログラムの目覚まし時計が浮かんでいた。
ましろは無造作に手を伸ばし、空中に表示された停止アイコンを指先でタップした。
音が止まると、彼女は上体を起こし、欠伸をする。
眠たそうに目を擦りながらベッドを降り、その場で大きく身体を伸ばした。
イリスがふわりと寝室へ飛んでくる。
「ましろちゃん、おはよう」
「おはよう、イリス」
イリスの瞳が淡く発光し、ましろの身体をスキャンする。
瞬時に健康状態を解析すると、小さく呟いた。
「体温三十六度五分、心拍数六十。睡眠状態も良好、顔色も問題なし――」
確認を終えると、イリスは微笑みながら言った。
「――うん、今日も変わらず健康体だよ」
「ありがと」
ましろは寝室を後にした。
朝風呂に入り、歯磨きと着替えを済ませ、軽めのブランチを取ると、ましろはリビングへ向かう。
ソファでくつろぐましろへ、イリスは声をかけた。
「ましろちゃん。今日は何をするの?」
「んー、今日は――」
ましろは少し考え込んだ後、はっと閃く。
「久しぶりに、『ROB』でもしようかな!」
ROB――『Realm of Bullets』。
仮想現実空間を舞台にしたVRMMOガンシューティングゲームだ。
プレイヤーたちは、ハンドガンやスナイパーライフル、ショットガンなど、多種多様な火器を駆使して戦う。
個人戦、団体戦、バトルロイヤル――さまざまなルールが存在する。
荒廃した戦場を舞台に、プレイヤーたちは日々激しい銃撃戦を繰り広げている。
ましろは棚の上に置いていたイヤホン型デバイスを手に取った。
耳に装着し、ソファに腰かける。
目を閉じ、小さく息を吐いた。
「コネクト・オン」
そう呟いた瞬間、イヤホン型デバイスが量子通信を介して、ましろの脳と接続される。
意識が一気に引き込まれ、ましろはデジタル世界へと飛び込んだ。
次の瞬間、ましろの視界いっぱいに白い空間が広がった。
空中には数種類のゲームパッケージが静かに漂っている。
ましろは歩を進め、『Realm of Bullets』のパッケージの前で立ち止まった。
そっと指先で触れた瞬間、ましろの身体は白い粒子へと変わり、弾けるように四散しながらゲームの世界へ吸い込まれていった。
数秒後――。
ましろは、『Realm of Bullets』のロビーに立っていた。
薄暗いロビー空間を、青白いネオンの光が幾筋も走っている。
武装したプレイヤーたちが行き交い、巨大モニターには戦場のライブ映像やランキング情報が映し出されていた。
銃声や爆発音が環境音として遠く響き、荒廃した世界観を演出している。
ましろのプレイヤーネームは『スノーホワイト』。
アバターは現実のましろによく似ているが、雪のように白い髪だけは腰まで届くロングヘアになっていた。
受付へ向かい、参加人数が百人に設定されたバトルロイヤルにエントリーした。
全員が敵となる過酷な戦場で、最後まで生き延びた者だけが勝者となる。
ましろは小さく笑みを浮かべ、気合を入れる。
「よーし……久しぶりに暴れるぞー!」
エントリーを終えた後、ましろはロビーを抜け、待機場に出た。
そこには百人の武装プレイヤーたちが集結していた。
やがて、遠くから巨大な航空機が飛来する。
凄まじい轟音を響かせながら、広間の先へ着陸した。
プレイヤーたちは無言のまま、機内へ乗り込んでいく。
航空機は離陸し、プレイヤーたちをバトルフィールドへ運んでいった。
集まったプレイヤーたちは、それぞれ異なる装備や風貌をしている。
顔に傷が刻まれた厳つい男、余裕の笑みを浮かべる若い男、緊張で体を震わせる若い女、派手な髪色の老婆など。
誰も無駄口を叩かない。張り詰めた空気が機内を支配していた。
ましろは静かに目を閉じ、意識を集中させる。
周囲の殺気を感じ取りながら、ゆっくりと神経を研ぎ澄ませていく。
やがて、航空機がバトルフィールドの上空に到着した。
ましろはゆっくりと目を開く。
眼下には、荒れ果てた街が広がっていた。
航空機の後部が開くと、プレイヤーたちはタイミングを見計らい、次々とパラシュートで降下していく。
ましろもタイミングを見極め、航空機から飛び出す。
着地した瞬間――。
近くで銃声が轟いた。
早くもプレイヤー同士の戦闘が始まっていた。
プレイヤーたちは一斉に隠れ場所を探し、武器を求め、有利なポジションを確保しようと動き始める。
ましろはハンドガンを手に、最寄りの家に飛び込んだ。
息を潜め、外の様子をうかがう。
近くで乾いた銃声が響いた。
「近い……」
ましろは低く呟き、ハンドガンを構えたまま静かに歩き出す。
慎重に歩みを進めていた、その時――。
微かな物音が、ましろの耳を打った。
背後の茂みがカサカサと動く。
草の隙間から、一瞬だけ銃身が覗いた。
ましろは反射的に振り返り、引き金を引く。
弾丸は男の額を正確に撃ち抜いた。
それからも、ましろは敵を次々と撃破していった。
屋上から狙撃を仕掛けてきたスナイパーを撃ち抜き、路地裏に潜んでいたプレイヤーを奇襲し、逃走する敵には正確な追撃弾を叩き込んだ。
ましろの動きは閃光のように速く、射撃は冷徹なまでに正確だった。
何人もの敵がましろを仕留めようと襲いかかる。
だが、その全てが一瞬で返り討ちにされていった。
百人いたプレイヤーはみるみるうちに減り、残りは数人となった。
ましろが広場へ足を踏み入れた瞬間、数人の敵が四方から姿を現した。
彼らはましろへ銃口を向け、一斉に弾丸を放つ。
ましろは一瞬で敵全員の射線を見切った。
軽快な身のこなしで、全ての弾丸を躱す。
「なっ――⁉」
敵が驚く暇も与えず、ましろは素早く銃を構え、連続で引き金を引く。
鋭い銃声が広場に響くたびに、ひとり、またひとりと敵が崩れ落ちていった。
最後に残ったのは、航空機の中で見かけた派手な髪色の老婆だった。
老婆が素早く銃を構える。
しかし――。
すでにましろの銃口が、老婆の頭部を狙っていた。
「――これで、終わり」
低く呟いたましろは、迷いなく弾丸を撃ち放つ。
鋭い弾丸が老婆の眉間を貫いた。
広場に静寂が戻る。
バトルフィールドにはただ一人、ましろだけが立っていた。
「ふぅ……久しぶりだったけど、案外いけるね」
勝利の余韻に浸ることもなく、ましろはフィールドを後にした。
ロビーへ戻ると、周囲の空気が明らかにざわついていた。
モニター越しにましろの戦いを見ていたプレイヤーたちが、興奮を抑えきれない様子で囁き合っていた。
「おい、さっきのプレイ見たか?」
「ああ、すごかったな。まさに異次元……!」
「あれが“白い閃光”……噂以上だな」
周囲のざわめきなど気にも留めず、ましろは静かに受付へ向かった。
そして今度は、参加人数二百人の高難度バトルロイヤルへ迷いなくエントリーする。
広場へ続々とプレイヤーたちが集まっていく。
やがて二百人のプレイヤーが揃い、全員が航空機へ乗り込んだ。
航空機が離陸し、バトルフィールドへと飛んでいく。
移動中――。
ましろの目を引いたのは、青髪の少年スナイパー『ブルー』だった。
ブルーはスナイパーライフルを背負い、壁際に静かに座っていた。
(あの雰囲気……どこかで見たことがあるような……)
ましろがブルーに声をかけようとした瞬間、航空機がバトルフィールドの上空に到着する。
眼下には、荒廃した街が広がっていた。
二百人のプレイヤーが次々とパラシュートで降下していく。
ましろもタイミングを見計らい、飛び降りた。
近くにも数人のプレイヤーが降下し、同時に地面へ着地した。
ましろは着地するや否や、崩れかけた住宅へと駆け込んだ。
壁に背を寄せ、ハンドガンを構える。
割れた窓から、周囲を見渡した。
背後から床板を踏む微かな音が聞こえた。
ましろは反射的に振り返る。
廊下の角から顔を覗かせた男へ向け、即座に引き金を引いた。
弾丸は男の額を正確に撃ち抜いた。
ましろは周囲を警戒しながら、すぐに移動する。
少し離れた場所にあるショッピングモールへ視線を向け、そのまま駆け出した。
ショッピングモールが近づくと、鋭い銃声が耳を打つ。
多くのプレイヤーが集まり、激しい銃撃戦を繰り広げていた。
ましろはわずかに口角を上げ、躊躇うことなくショッピングモールへ足を踏み入れる。
屋根が崩れ落ち、通路には瓦礫や窓ガラスの破片が散乱していた。
ましろは通路を駆け抜けながら、現れた敵を次々と撃破していった。
一撃一殺。
装填すら無駄のない動作となり、ましろの攻勢が途切れることはなかった。
いつの間にか、ショッピングモール内の銃声は途絶えていた。
敵を一掃した後、ましろはひとつ息をつく。
残存人数表示へ目を向けると、その数字が凄まじい勢いで減少していく。
ブルーの狙撃によって、逃げる者も、遮蔽物に身を隠した者も、次々と撃ち抜かれていた。
もはや、誰もブルーの射線から逃れられない。
気づけば、バトルフィールドに残っていたのは、ましろとブルーの二人だけだった。
ましろはショッピングモールを後にし、周囲を見渡す。
ブルーの居場所を探していた、その時――。
ましろは背筋を走る悪寒に反応し、反射的に身を沈めた。
直後――。
超高速の弾丸がましろの頭上をかすめ、背後の瓦礫を粉砕した。
ましろは即座に物陰へ飛び込む。
「危なかったぁ!」
壁に身を隠したまま、慎重に顔だけを覗かせる。
視線の先――遥か遠くのビル屋上に、スナイパーライフルを構えたブルーの姿があった。
(今の狙撃……やっぱりブラオだ!)
ましろは、ブルーの正体が〈フリーデン〉の凄腕スナイパー『ブラオ』であることを確信した。
腕を組み、攻略法を考える。
(ブラオ相手に、この距離は最悪だよね……。動けば撃ち抜かれる。回り込む? いや、そんな隙はない)
しばらく考え込んだ後、ましろは小さく呟いた。
「……だったら、正面突破しかないよね」
表情を引き締め、覚悟を決める。
「よーし、やるぞ!」
ましろは勢いよく飛び出し、正面のビルを目指した。
アスファルトを砕かんばかりの勢いで道路を駆け抜け、一気に距離を詰めていく。
一方、その頃――。
ビル屋上のブラオは、冷静に照準を合わせた。
風向き、距離、弾速――全てを瞬時に計算し、静かに撃ち放つ。
銃声と共に弾丸が放たれた。
だが――。
ましろは瞬時に上体を逸らす。
超高速の弾丸がましろの頬をかすめた。
「やっぱり、頭を狙うよね」
不敵な笑みを浮かべ、ましろはスピードを緩めることなく、一気に突き進んだ。
ブラオの口角がわずかに上がる。
「……やるな」
冷静なまま次弾を装填し、再びスコープを覗き込んだ。
ブラオの視線が、ましろだけではなく、その近くに積み上がった瓦礫にも向けられる。
静かに息を吐き、照準を合わせた。
ブラオに迷いはない。
空気が張り詰める。
次の瞬間、引き金を引いた。
鋭い弾丸が空気を切り裂く。
しかし――。
放たれた弾丸はましろを大きく外れ、瓦礫に命中した。
その瞬間、ブラオの口元がわずかに歪む。
弾丸は瓦礫へ着弾した直後、鋭く軌道を変え、ましろの側頭部へ迫った。
全て、ブラオの計算通りだった。
だが――。
ましろは腰のサバイバルナイフを瞬時に抜き放つ。
火花が散った。
弾丸は弾かれ、地面へ突き刺さる。
ブラオの目がわずかに見開かれた。
「そう来ると思った!」
ましろは得意げに言い放ち、一気に駆け抜けた。
ビルへ飛び込み、階段を全力で駆け上がる。
ドアを勢いよく蹴り飛ばし、ついに屋上へ足を踏み入れた。
ハンドガンを構えながら屋上を見渡す。
そこにブラオの姿はない。
次の瞬間、ましろは背後の気配を感じ取る。
ブラオは屋上入口の上部に身を潜め、リボルバーを構えていた。
ましろの後頭部に照準を合わせ、迷わず撃ち放つ。
ましろは振り向くことなく、反射的にしゃがみ込んだ。
弾丸が純白の髪をかすめる。
振り向きざまに、ましろはハンドガンを撃ち放った。
ブラオは身体を捻り、ギリギリで回避する。
着地と同時に銃口を向け、反撃を放つ。
ましろは躱しながら間合いを詰めた。
互いに射線を潰すように踏み込み、銃撃戦は殴打と蹴撃が飛び交う接近戦へと変わった。
掌打と蹴りが交錯し、その合間を縫うように銃声が炸裂する。
互いに一歩も譲らない死闘だった。
ロビーで観戦していたプレイヤーたちは目を見開き、言葉を失った。
ブラオの強烈な掌打が、ましろのハンドガンを弾き飛ばす。
直後――。
ましろの鋭い回し蹴りが、ブラオのリボルバーを吹き飛ばした。
二人は弾かれるように距離を取り、ほぼ同時に地面を蹴った。
狙いはただ一つ。
地面を滑る銃だった。
銃を掴んだ瞬間、互いに振り向き、引き金を引く。
銃声が重なった。
放たれた二発の弾丸が空中で交錯する。
次の刹那――。
二人の頭部を同時に貫いた。
ましろの視界が暗転し、目の前に『GAMEOVER』の文字が浮かび上がる。
ましろの身体は、強制的にロビーへ転移させられた。
ロビーの巨大スクリーンには、バトルロイヤルの結果が映し出される。
画面中央には、『DRAW』の文字が浮かんでいた。
ましろはスクリーンを見つめながら深く息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。
背後から聞き慣れた声がかかる。
「まさか、お前と対戦するとはな。ヴァイス」
振り向くと、そこにはブラオが立っていた。
「私もびっくりしたよ。ブラオもROBやってたんだね!」
「ああ。実戦感覚を維持するには丁度いいからな」
ブラオは腕を組み、静かに言った。
「正直、あの跳弾を防がれるとは思わなかった」
「えへへ、すごいでしょ?」
ましろは得意げに胸を張る。
ブラオはその様子を見て呆れたように息を吐く。
「相変わらずだな」
「え、何が?」
「さあな」
ぶっきらぼうに返しながらも、ブラオの口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
しばらく沈黙が流れる。
ブラオはスクリーンに表示された『DRAW』を見つめた。
「……引き分けか」
「納得してないようだね」
「ああ」
ブラオは踵を返し、歩を進めた。
数歩進んだ後、足を止め、メニューを開く。
そして振り返り、不敵に口元を歪めた。
青い瞳がまっすぐましろを見据える。
「次は――勝たせてもらう」
ブラオの身体が光に包まれた。
「望むところだよ!」
ましろは笑顔で答えた。
ブラオは最後に小さく笑うと、光の粒子となって姿を消した。
「やっぱりブラオは強いなぁ……」
ましろは満足そうに微笑み、メニューを表示する。
ログアウトボタンを押し、現実世界へ戻った。
ましろはゆっくりと目を開いた。
視界に広がるのは、見慣れた自宅のリビングだった。
気づけば、時刻は正午を少し過ぎている。
イリスがマグカップを手に、ふわりと近づいてきた。
「お疲れ様」
そう言いながら、マグカップを差し出す。
「ありがとう」
ましろはマグカップを受け取り、ひと口含んだ。
甘いホワイトモカの香りが鼻をくすぐり、ましろの表情が自然と緩んだ。
「はぁ……美味しい……」
深く味わいながら、小さく呟いた。
ホワイトモカを飲み終えると、ましろは立ち上がった。
「さて――それじゃあ、ちょっと出かけようかな」
「うん!」
イリスは微笑み、ましろの肩に乗る。
そして、二人は家を出た。




