新たな武器
ましろたちは任務完了の報告のため、〈フリーデン〉本部を訪れた。
報告を済ませた後、通路を歩いていると、オランジェはふと思い出したように言った。
「あっ! そういえば、ヴァイスさんにお渡ししたいものがありますの!」
「え、私に?」
「少しお待ちください」
そう言うと、オランジェは足早にどこかへ向かい、数分後、駆け足で戻ってきた。その手にはアタッシュケースが握られている。
オランジェは微笑みながら、それを差し出した。
「こちらをどうぞ」
「これは……?」
開けると、中には、丁寧に固定されたハンドガンが収められていた。だが、それは一目で普通のハンドガンではないと分かった。
オランジェは空中に銃の3Dホログラムを映し出した。
銃の内部構造を分解するように表示しながら説明を始めた。
「この銃は、ただの銃と違って弾が存在しません。その代わり、中に小型のエネルギー生成装置が内蔵されていますの。内部でエネルギーを生成し、レーザーとして発射する仕組みです。――つまり」
「――光線銃⁉」
ましろの目がぱっと輝いた。
「はい。こちらを、日頃のお礼として受け取っていただけませんか?」
「いいの⁉」
「もちろんです」
ましろはすぐに受け取ろうと手を伸ばしたが、途中で手を止めた。
「で、でも……光線銃だと、人を傷つけてしまうんじゃないかな……」
そのまま静かに手を下ろした。
オランジェは穏やかな声で答えた。
「確かに、出力が高ければ人を傷つけてしまいます。しかし、それは使用者次第です。使いこなせば、人を傷つけることも、殺めることもありません」
「ほんと⁉」
「はい。……さらに、この銃は攻撃だけではなく、敵を拘束したり、シールドを張って防御したりすることも可能です。――これ一つで、攻防の全てを担えますの」
オランジェはそこで言葉を区切り、続けて言い切った。
「ヴァイスさんなら、これを使いこなせると確信しております。ぜひ、お受け取りください」
その言葉を聞いたましろの瞳には、すでに迷いが消えていた。
ましろは遠慮なく光線銃を掴み取り、しばらくじっと見つめた。目を輝かせ、礼を言う。
「ありがとう、オランジェ! 大切に使うね!」
「喜んでいただけて何よりですわ」
「それじゃ、早速試し撃ちだね!」
ましろは急ぎ足で射撃場に向かった。
そこで、光線銃の練習を始めた。
イリスとオランジェに見守られながら、ましろは静かに息を整え、ゆっくりと光線銃を構えた。
最小出力に設定して引き金を引くと、白い閃光が銃口から一直線に走った。
だが、光弾は的に届く前に、空中で霧のように消えた。
二発目は、出力を二十%に上げた。
光弾は的に届いたものの、命中した瞬間、微かな音を立てて消えた。
その威力の弱さに、ましろは思わず苦笑を漏らした。
三発目は、出力を五十%まで上げた。
光弾は余裕で的まで届き、威力も、打撲する程度まで上がった。
直撃すれば、かなりの痛みを伴う威力だ。
四発目は、出力を八十%まで上げた。
的を粉々に破壊した。
ここまで威力を上げれば、人命を奪いかねない。
滅多に使うことはなさそうだ。
さらに上の出力百%は、試し撃ちすらしなかった。
威力は、想像するだけで十分だった。
この光線銃には、出力百%よりさらに上のバーストモードというものが存在した。
イリスによると、バーストモードは、出力が通常の千倍に跳ね上がるという。
ましろは一瞬、見てみたいという好奇心に駆られた。だが、室内で放つと、辺り一面を吹き飛ばしてしまう。何とか気持ちを抑え込み、思いとどまった。
代わりに、イリスが街中でバーストモードを使用した際のシミュレーション映像を見せてくれた。
ましろの前に映し出されたのは、一瞬の閃光と共に、数棟のビルが無惨に崩れ落ちる映像だった。
街全体が爆風に包まれ、瓦礫と煙で覆い尽くされる光景は衝撃的だった。
「……これは、使う機会なさそうだね」
ましろはその威力に驚きつつも、光線銃に満足していた。
これから使う機会がたくさん増えることに、期待を膨らませた。
その後、ましろはイリスのアドバイスを受けながら、真摯に射撃の練習を続けた。
オランジェは満足そうに微笑みながら、静かに見守っていた。
的当てに慣れると、ましろは3Dシミュレーション室へ向かった。
今度は、実戦形式で光線銃を使用する。
そこで一時間、みっちりと練習に励んだ。
気づけば、ある程度使いこなせるまでに上達していた。予想以上の速さで、手に馴染んでいく。
弾の装填は不要。隙が生まれない。出力の切り替えも、片手で容易に行える。
ただでさえ隙のないましろが、さらに一段上の領域へ踏み込んだ。
ましろは銃を下ろし、軽く息を吐いた。
「イリス、どう?」
その問いかけに、イリスは笑顔で親指を立てた。
ましろは満足げに微笑み、ひとまず練習を切り上げた。
「よし! 今日はこの辺にしておこう」
ましろたちは本部を後にした。
帰り道。
ましろは新しい武器を手に入れ、満足げに街中を歩いていた。
その時、ましろはわずかな異変に気づいた。
少し先、空中に不自然に浮かぶ飛行車が目に入った。
飛行車は駐車位置ではない場所に浮かび、車内に人の気配もない。
街を走る自動車や飛行車は、超AIによる完全自動運転で効率的に制御されている。
そのため、何もない場所に浮かび続けている飛行車に、ましろは強い違和感を覚えた。
(あの車……何かおかしい)
その飛行車は、まるで何かを待っているようだった。
「イリス……あの車、調べてくれる?」
ましろはイリスに指示を出した。
イリスは視線を上げ、飛行車を見つめた。
その瞬間、飛行車が急発進し、猛スピードで急降下した。
何者かにハッキングされ、遠隔操作されている動きだった。
狙いは、近くの飲食店から出てきた若い女性のようだった。
飛行車が急発進した瞬間、ましろは即座に駆け出した。
「イリス! あの車、止められる?」
「ちょっと……間に合わない……!」
「……なら、壊して止めるしかない!」
その判断に迷いはなかった。
周囲に人がいる以上、できるだけ目立ちたくはなかったが、今はそんなことを言っていられなかった。
若い女性は突進してくる飛行車に気づいた瞬間、「キャー!」と悲鳴を上げ、その場に立ち尽くした。
そこへ、ましろは横から割って入った。
右足を振り上げ、踵をフロントへ叩き込んだ。
「ドンッ!」
鈍い衝撃音と共に、飛行車は地面へ墜落した。
前部が大破し、煙が立ち上る。エアバッグが作動し、部品が周囲に散乱した。
飛行車は完全に動きを止めたが、その破壊音に周囲の人々が一瞬、凍りついた。
「イリス!」
「了解!」
イリスはすぐにましろの肩から飛び立ち、飛行車に触れ、ハッキングを開始した。目元が微かに光り、データ解析に集中する。遠隔操作している発信元を探った。
「逃がさないよ!」
ましろが振り返ると、若い女性はぽかんとした表情を浮かべ、その場に呆然と立ち尽くしていた。
「大丈夫? 怪我はないですか?」
ましろは落ち着いた声で尋ねた。
「……あ、はい」
若い女性は一瞬反応が遅れた後、静かに答えた。彼女の視線は壊れた飛行車に釘付けとなり、驚きを隠せない様子だった。
周囲の人々は足を止め、ざわめきが一気に広がった。
「何が起こった?」
そう声を上げる者や、スマートフォンで壊れた飛行車を撮影する者、驚きのあまり言葉を失った人もいた。
若い女性ははっと我に返り、礼を言った。
「あ、あの……! 助けてくれてありがとうございました。何かお礼を……」
「気にしないでください。たまたま通りかかっただけですから」
「でも……!」
その時、イリスの叫び声が響いた。
「見つけた!」
ましろが駆け寄ると、イリスは宙にホログラムの地図を浮かび上がらせ、赤くマーキングされた住所が表示された。
「ここだよ!」
イリスは自信満々に言った。
「ここから近いね。すぐに行くよ」
「うん」
イリスは再びましろの肩に乗った。
ましろは手のひらサイズの機器を取り出し、ボタンを押す。それは勢いよく伸び、飛行ほうきへと展開した。
起動すると、ましろは腰を下ろし、地を蹴り、急上昇した。
目的地を見据え、その場から一気に飛び立った。
詮索される前に動く――それが、ましろにとっての最善策だった。
マーキングした住所は、十階建てマンションの五階にある一室だった。
ましろは空中に待機し、外からマンションを監視した。
しばらくすると、その部屋のドアが勢いよく開いた。
中からバックパックを背負った中年の男が飛び出した。
男は何かを恐れるように周囲をキョロキョロと見回し、足早に階段へ向かった。その動きは、明らかに焦っていた。
その男がイリスの特定した犯人と一致していることを確認し、ましろはマンションの出入口上空で待ち伏せた。
そして――男がマンションから外に出た瞬間、ましろは静かに彼の背後に降り立った。
男は背後の気配に気づき、ゆっくりと振り返った。ましろの姿を見た瞬間、顔を青ざめさせ、取り乱しながら逃げ出した。
「逃がさないよ」
ましろは冷静にワイヤーガンを構え、引き金を引いた。
ワイヤーが唸りを上げながら放たれ、男の右足首に正確に絡みついた。
男は派手に前方へ転び、地面を転がった。
ましろがゆっくりと歩み寄ると、男は地面に手をつき、這うように後退しながら、情けない声を上げた。
「ひぃー! ご、ごめんなさい! 許してください!」
額から大量の汗が流れ、その瞳は恐怖に揺れている。命乞いをする囚人のようだった。
「あなた、自分が何をしようとしていたか、わかってる?」
ましろは一歩ずつ近づきながら、冷たく問いかけた。その声には、容赦のなさが滲んでいる。
「ひぃー、ごめんなさい。ごめんなさい」
男は泣き叫んだ。
ましろはさらにワイヤーを放ち、男を厳重に拘束すると、冷静に動機を尋ねた。
男の動機は、散々貢いだ推しの女性に裏切られたことへの、歪んだ仕返しだった。
あまりのくだらなさに、ましろは深くため息を吐き、容赦なく非殺傷弾を撃ち込んだ。
男は全身を撃ち抜かれ、力なく崩れ落ちた。
その後、駆けつけた回収班に後を任せ、ましろは振り返ることなく、その場を後にした。
再び帰路に就いたましろは、ふと気になっていたことを思い出した。
「イリス、さっきの件だけど……」
「大丈夫。全部終わってるよ」
「そっか、ありがとう」
先ほど街中で起こった事故は、イリスがすでに情報操作していた。
現場近くの防犯カメラ映像は改ざんされ、二人の痕跡は完全に消えていた。
素性がバレるわけにはいかない。
このような情報操作は、これまでも何度も行ってきた。
ましろは安心して歩みを進めた。
しかし――。
数時間後。
とある高級マンションの最上階。
そこには、一人の女が住んでいた。
女はワイングラスを片手に、ソファへ深く腰を下ろし、脚を組んでいた。
目の前の巨大スクリーンには、ましろが若い女性を助けた直後の画像が、映し出されていた。
その画像を無言で見つめながら、女の手がわずかに震えた。
次の瞬間、ワイングラスが手元から滑り落ちた。
――パリンッ!
グラスが粉々に砕け散った。
女は声を震わせながら確信したように言った。
「……やはり、間違いない!」
女はスクリーンに映るましろを、鋭く睨みつけた。
「――まさか……生きていたなんてね」
女は薄く笑う。
「白雪ましろ――」




