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後編

 これは、もしかして、すっごくまずいのではないだろうか‥‥?

 あたしは帰りのしたくをしながら、ぼんやり思った。

 情にほだされるということはないけど、よもや、高広をかわいいと思ってしまうなんて。六歳も年下なのに。

 ……いや、年下だから思うんだけどさ。

「美鈴……もし、もしもよ? 高広に愛の告白をされたら……どうする?」

 後ろの席で、同じく支度をしていた美鈴は、その言葉に我を忘れた。

「気を失っちゃうくらいに嬉しいわ!」

 あまりに大きな声で言うものだから、隣の席の男子が怪訝そうにあたしたちを見た。

「ば、ばかばか、声がでかいっ」

「うっ。ごめん。……だって、毎子ってば、突然どうして?」

 どきっ。あたしは内心あせりつつも、冷静を保つ。

「いや、別に。……そ、それじゃ、高広に彼女が出来たらどうする?」

「い、いるの!? そういう子が!」

「も、もしかしたら、だってっ」

 あまりの形相に、あたしはビクビクしてしまった。

 ううっ。

 これは絶対に、高広との事言えないわ。言ったら殺されちゃうー。

「……だけど、あと一年少しもすれば高広くんも小学校卒業しちゃうのよね。あたしの好きな高広くんじゃなくなっちゃうんだわ。好きな子も、彼女もきっと出来るだろうし」

 ほぅ。悩ましげにため息などつく。

 大人っぽくて、美人の美鈴が、実は小学生に恋焦がれているだなんて、誰も思うまい。

「あたしさぁ。思うんだけど、美鈴はもっと年相応の人に目をむけた方がいいと思うの」

「……年くった人なんて、かわいくないわっ」

 美鈴は顔をしかめる。

 かわいいか、かわいくないかで決めるなんて、絶対歪んどる。

 あたしは美鈴を正常の道へ戻すべく、頭を働かせつつ言った。

「けれど……その人たちだって……ほら、昔はかわいい男の子だったのよ。そう考えればいいのよ。高広だって、時がたてば大人になっていちゃうんだし……」

「それはそうだけど……。ああ、どうして神様は永遠に子供のままでいさせてくれないのかしらねぇ? ……いえ。わかっているの。そうよ。みんな大人になるのよ、いつか。好きな子もできるでしょう……」

 結局美鈴は、高広個人というより、子供が好きみたいだ。

 今現在、美鈴にとっては、高広という小学生は、彼女の好きな『お子様』の象徴。

 もちろん、高広の人格とか性格とかも認めてはいるけれど、それは決して<永遠>というわけにはいかない。

 そんな部分を、美鈴は愛している。

 今しか高広がもっていないもの。彼が永遠に持ちつづけてはいられないもの――

「好きな人も、もしかしているかも。やただなぁ。誰のものにもなって欲しくないのに」

「……自分がそうなろうとは、思わないの?」

 なんだか、しっくりいかない。

 美鈴は間違っていない。それは、判る。そういう愛し方ってあるもの。

 そもそも、美鈴は高広に本当の意味での恋をしているわけではないんだ。

 彼が、少年であるから。子供だから―――。

 でも、高広は成長していく。少しずつ、少しずつ。

 大人になっていく彼を、美鈴はどう受け止めるのだろうか?

 ――でもあたしは、違う。

 美鈴とは、まったく違った意味で、高広が<子供>であることにこだわっている。

 美鈴は、高広の子供の部分が好き。でも、あたしはあいつが子供であることが、嫌。

 美鈴は、高広がずっと子供でいることを願っている。あたしは――彼が早く大きくなることを、多分、願っている。

 まるで両極端。

 どっちがいいんだろう? どっちが駄目なのかしら?

 美鈴は、高広が成長していくことを、認めるべきなのかしら?

 あたしは、あいつが子供であることを、認めるべきなのかしら?


 ――美鈴は、高広があたしを好きだってこと知ったら、どうするかしら?


「あたしが高広くんと……?」

 きょとんと美鈴は目を丸くする。

「思わないなぁ。……わからないかな。自分のものにもしたくないかわりに、誰のものにもなって欲しくないのよ」

 ……すいません。ちっともわかりません。

 結局あたしは美鈴の恋敵ってことになるのかなぁ?

 何か納得できないんだけどさ。何もかもが。

「それって、つまり、アイドルとか、タレントとかに対するファン心理ってやつ?」

「そうそう。そんな感じ」

 美鈴は満足そうに微笑んだ。

「だから、あたしは高広くんに恋しているんだけど、世間一般の恋じゃないの。高広くんは、かわいくて好き。性格も容姿もお気に入り。だけど……こんなオバさんの毒牙にかけちゃいけないの」

 ど、毒牙‥‥。

「やっぱり、ショタだってこと、認めてるのね?」

「まぁ、失礼ね、毎子。あたしはショタじゃないわっ。ただ、男の子が好きなだけよ! 一生懸命な男の子、がね」

「一生懸命って……高広のこと?」

 首を傾げてしまう。

 けれど、 あたしを口説くことに関しては、確かに一生懸命だわね、あいつは。

 あたしはこっそり肩をすくめた。



「そろそろ返事くれても、いいんじゃない?」

 いつものように皆と別れて帰途についたとたん、高広は言った。

「あんた……そのセリフはあたしが断るとは全然思ってないんだね?」

「あったり前だ」

 自信満々の顔で答える。

「こんないい男フル奴はいないさ」

 あたしは口をあんぐり開けてしまった。

 あ、呆れてものが言えないわ!

 これが小学生の言う台詞?

 将来が不安だわ、今からこんな事言ってちゃ。

 あたしは沈みつつある夕日を、途方にくれた目をして眺めた。

 ほんとうに途方に暮れていたのよ。だって、何て返事をしたらいいのか、わからなかったんだもの。

 そんな黄昏ているあたしの様子を見て高広は、見事な曲解したらしい。

「美鈴のこと気にしてんのか?」

 高広は、美鈴が自分の事を好きだってこと、ちゃんと知っている。

 苦笑しかけたあたしは、はっとした。

 美鈴? そうだ、これだわ!

「そうよ……。あなたは親友の大切な人。そのあん、じゃなくて、あなたを美鈴から奪うなんてこと、出来ないわ。……だから、あたし、諦めるわ。高広のこと。涙を飲んで……」

 あたしはよよっと泣く真似をした。

 ちょ、ちょっとやりすぎたかしら? 声も平坦になってしまったし、芝居がかってたし……。

「‥‥わざとらしい‥‥」

 案の定、こんな演技には騙されなかった高広は、顔をしかめてつぶやいた。

 やっぱ、この手も駄目か。

「確かに美鈴はオレのファンだけど、普通女は友情より、恋をとるんじゃないの?」

「馬鹿。あんたって、本当、子供ねぇ」

「な、何だよ、それはっ!」

 と言い合いになりかけたその時。

 バタンっと何か物が落ちる音が近くでした。

「ど、どういうこと、なの?」


 この声。

 ま、まさか――。


 おそるおそる振り向いたあたしの目に、鞄を取り落としたまま立ちすくむ美鈴の姿が写った。

 顔から血の気がさーっと引いていく。

「み、美鈴……こ、これは、その……」

 ど、どうして美鈴がこんなところにいるんだろう。まったくの正反対の方向だったはずなのに。

 てんてんてん。

 通りの端の方にボールがバウンドしていく。それは、ついさっきまであたしたちがグランドで使っていた野球のボールだった。

 高広が忘れてきたボール。それをとどけるために、わざわざ反対の方向にきたんだ。

 そう考えた瞬間、あたしの心は罪悪感で一杯になった。

「き、聞いちゃった、のか?」

 うろたえたような声で、高広が尋ねる。

 何を、とも言っていないのに、美鈴はこくんと頷いた。

「‥‥全部。そういう、こと、だったのね? だから毎子はあたしにあんなこと聞いたんだ‥‥」

 口調は静かだった。そこまでは。

「‥‥だったら。だったら、言ってくれればよかったのにっ! あたしがっ、反対したり、ごねたり、嫌だと言うと思ってたのっ? 言わないわ、そんな事っ。どうして……どうして、隠したりしたのよっ」

 美鈴の両方の目に涙が溢れた。

 美鈴は怒っていた。高広があたしを好きになったことではなくて、あたしがその事を彼女に隠していたことを。美鈴を、信用していなかったことを。

 どうしよう? どうしよう?

 あたしは恐慌状態になりながら、でも何も言えなかった。

「……」

 美鈴は何もいわず、鞄も拾わず身を翻した。

 今来た方向――公園へ向かって走り去る。

 あたしは声もなくその後ろ姿を見送った。

 どうしよう?

 どうすれば、良かったんだろう?

 高広が美鈴の残していった鞄を拾い上げた。

 多分、友情より恋をとるなんて軽々しく言ったことを、後悔しているのだろう。神妙な表情だった。

「……行けよ。追っていきなよ」

 ぽつり、つぶやく。

 え?と顔を上げたあたしに、高広は鞄を差し出しながら、

「オレの片思いなだけだ。そう言いなよ。……それが事実だもん、くやしいけど。追っていって、ごめんって伝えてよ」

「高広、あんたって……。いい男、ね」

 美鈴の鞄を受け取ると、あたしは高広の体をぎゅっと抱きしめる。

 なんて言うか『負けた』って、正直思ったのだ。

「何だ、今頃わかったのかよ?」

 おとなしく抱きしめられながら、照れくさそうな声で、高広は言った。

「けど、言っておくけど、諦めたわけじゃないぞ。オレが好きなのは、毎子だからな。大きな声でそう言えるように、美鈴の許可を貰ってこい。喧嘩になったら、味方してやるから。すぐ行くから」



 あたしは走った。

 さっきまでいたグランドにを出て、その奥の公園内に入る。

 ジャングルジム、砂場を抜け、出口付近のブランコに差しかかった時、三人の大学生らしい男に囲まれている女の子の姿がちらりと目に映った。

 ぎょっとして足を止める。それは美鈴だった。

「お茶しようよ。こんな所で泣いてたら変に思われるって」

「そうそう。冷たいものでも飲んで、落ち着きなよ」

 などという会話が聞こえるから、ナンパされているのだ。

「オレたちじゃ、嫌?」

 それまで、一言も声を発しなかった美鈴は顔を上げ、三人をかわるがわる見た。

 やばいかもしれない。あたしはとっさに間に入った。

「ちょっと待ちなさいよ」

「毎子? 追いかけてきたの?」

 涙に濡れた顔であたしを見る。

 嫌がるかな、と思ったけれど、美鈴は変わらず悲しげではあったけれど、小さく笑った。

「……鞄。持ってきてくれたのね。ありがと、ごめんね」

「ううん……あたしの方こそ、ごめんなさい。高広もね、ごめん、って言ってた。追っ掛けていけって言ったのも、あの子なの」

 一呼吸おいてから、あたしは付け足した。

「……けっこう男の子してるわ。柄にもなく、かっこいいなんて思っちゃった‥‥」

「やあね。高広くんはもとからかっこいいのよ? あたしの目に、狂いはないんだから」

 ふたりして、そっと微笑み合う。

「彼氏と三角関係なのか。そんな奴ふっちまえよ」

「そうだ。そうだ。」

 周りの男たちはあたし達の台詞を聞いて、何だかピントの外れたことを言った。

 あたしは内心苦笑。

 確かに、今の会話聞いていたなら、そう思えるだろう。三角関係には違いないし。

「そっちの彼女も行こうよ。お茶しにさ。お兄さんたちがおごってやるから」

「い、いえ、結構ですっ」

 あたしはあわてて言う。

 けれど、美鈴はどうしたことか、行く気になっているらしい。

「この人たちだって、昔は可愛い男の子だったのよ。そう思えば……」

「こ、こらこらっ」

 それはあたしが前に言った言葉だ。

 た、確かにそう言ったけど、時と場所と場合と、そして人も選んで欲しいわっ。

「あ、あたしたち、彼が待ってますんでっ」

 あたしは美鈴の手を無理やりひっぱった。

「あ。つれないなぁ。別に何もしないっていうのに」

「毎子! 美鈴っ」

 男の声と、高い男の子の声が重なった。

 げっと思いつつ振りかえると、そこにはバットを担いだ、半袖半ズボンの少年が立っていた。

 高広。いつの間に。

「おい、にーさんたち。オレの女に手を出さないでよ」

「ちょ、ちょっといつ誰があんたの女になったってのっ!」

 言うにことかいて、全く、何て事をっ。

「高広くん、素敵っ」

 と美鈴。今の今までの様子はどこへ行ってしまったのやら、だ。

 三人の大学生たちは、高広を見、美鈴を見、そして最後にあたしの方を向き、何か頬を引きつらせながら尋ねてきた。

「も、もしかして、こいつが君たちの三角関係の男? 君、アレの女なの?」

「うっ」

 あたしは答えに詰まった。

  この人たちについていくのも嫌だけど、そんな事肯定するのも、プライドゆるさないっ。

 否定の言葉を口にしかけた時、それよりも早くに、誰かが横から口をはさんだ。

「そうよ。あの子、この子の彼氏なのっ」

 み、美鈴!

 何て事をぉぉぉ。

 三人は同時に吹き出した。爆笑といってもいいくらい。

 さっき頬を引きつらせていたのは、どうやら笑いを抑えていたかららしい。

「い、いや、悪かった」

 げらげら笑いながら、中のうちの一人が言った。目には涙が溜まっている。

「彼氏がいるなんて、思わなかったんだ……くっくっくっ……」

 そ、そんなに笑うことないでしょ!

「か、彼氏に免じて、今日は退散するわ。オレら。くっくっくっ」

「おい、ボーズ。彼女大切にすんだぜ。じゃあな。ぷぷっ」

 げらげらと笑いながら、大学生たちは歩き出した。

 あっさり引き下がってくれたのはいいけど、な、なんか複雑。

 やっぱり小学生を彼に持つなんて、笑いの種にしかならないもんなんだ。

 彼ら、あたしの視界から消える時まで、腹を抱えつつ、笑っていた。

「高広くん。高広くん。かっこよかったわよぉ」

「ふふん。あったり前っ」

 二人は二人で、さっきのことは忘れたようにきゃらきゃら笑いながら言い合っている。

 ……あぁ。めまい。



「しかたないわ。高広くんのことは諦めて、毎子に譲るわ。ああ、あたしって健気……」

 数日後。

 美鈴は言った。あたしの意思は無視して。

「ちょ、ちょっと、美鈴? あたしはまだ高広と付き合うなんて言ってない……」

「高広くんをふるっていうの?」

 目を半開きにして、あたしをにらみつける。

 あたしはあわてて首を振った。弱みがあるから、あたしは美鈴に強く出れない。

 だけど、高広と付き合うのは、ちょっとぉ……ねぇ。

 大体、デートしても、小学生相手じゃ奢ってもらうことも出来ないんじゃない?

 良くて割り勘。悪くて、あたしの奢り。

 ちょっと冗談じゃないわ。世間体っていうのも、あるしー。

 だいたいデートに誘ってもくれないんじゃない?

 相変わらず、楽しそうに球遊びに興じているし……。

「幸せにね。毎子」

 にっこり。美鈴は笑った。

 美鈴の方が、幸せそうだ。


「よっ。高橋、年下の彼は元気か?」

「ショタの鑑! 年上の彼女!」

「ひゅうひゅう」

 あたしとすれ違いざまにクラスメイトの男の子たちが口々にはやし立てる。

 周りの女子はくすくす忍び笑い。

 あたしはぎりぎりと歯ぎしりした。

 ――ここ数日の間に、あたしが小学生を彼氏にしているという噂が、クラス中に知れ渡っていた。

 犯人はもちろん、あたしの目の前でにっこり笑っている女。でも、文句も言えない。

 ……ああ。どうしてあたしがこんな目にあわなくちゃならないの?

 しくしくしく。

 幸せそうな、みんなの中で。

 あたしだけが、不幸――だった。



【END】

きっと毎子と高広はなし崩し的に付き合うことになって、そしてそのままズルズルと付き合い続けることになるのでしょうね。

一応、高広は美青年に成長していく(でも俺様)という設定なので、長い目で見れば毎子はいい買い物をしたということで(笑)


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ショタのタグをつけておきながら、愛くるしい少年が出てくる話ではありません……。

期待されていた方はゴメンなさいです。

でも個人的に気に入っている作品です。

読んでくださってありがとうございました。

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