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文学少女は物申す  作者: 綾崎暁都


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第六話 論破ブームに物申す

 最近、私のクラスがおかしい。

 何がおかしいかというと、会話の終わり方がおかしい。

 以前は、誰かが何かを言って、誰かが笑って、それで終わっていた。ところがここ最近、会話の終わり方がひとつに収束しつつある。

「それっておまえの感想だよね?」

 または、

「それってあんたの感想でしょ?」

 この一言で、会話が終わる。いや、正確には会話が終わるのではなく、言われたほうが黙る。黙って、苦笑いして、「まあ……そうだけど」となる。言ったほうは、勝ったような顔をする。

 これが、今のクラスで流行っている。

 今日の昼休みだった。

 私の二席前あたりで、吉田くんと中島くんが話していた。

「昨日の試合、あのチームの監督の采配ひどくなかった? あの場面で交代はないだろ」

 中島くんが、少し間を置いてから言った。

「それっておまえの感想だよね?」

 吉田くんが、一瞬止まった。

「……まあ、感想だけど」

「じゃあ正しいとは言えなくない?」

「いや、でも実際あの交代で流れ変わったじゃん」

「それもおまえの感想じゃん」

 吉田くんは「うーん」と唸って、黙った。

 中島くんは特に嬉しそうな顔もせず、ただスマホに視線を戻した。

 私はその様子を横目で見ながら、本のページをめくった。

 なんだ、今のは?

 午後の授業が終わったあと、今度は別の場所でも聞こえてきた。

 廊下で、同じクラスの城之内さんと浜田さんが話していた。

「あの新しいカフェさー、絶対ばえるって感じしない? ねえ、そう思うでしょ?」

 浜田さんが、少し考えてから言った。

「それってあんたの感想でしょ?」

 城之内さんが目を丸くした。

「え、そりゃ感想だけど……」

「じゃあ絶対とは言えなくない?」

「いや、◯◯で人気なんだって」

「それ、その人たちの感想じゃん」

 城之内さんは「……行きたくないなら最初からそう言えばよくない?」と言って、ため息をついた。浜田さんは「論破」と小声で呟いた。

 私はその場を足早に通り過ぎた。

 気持ち悪い、と思った。

 いや、浜田さんが悪い人だとは思わない。でも、なんか、気持ち悪い。

 この気持ちの正体を、今日中に解明したいと思った。

 家に帰って、鞄を置いた。

 珍しく、本を開く気になれなかった。

 代わりに、PCを立ち上げた。普段はほとんど使わないSNSと、動画サイトを開いた。私は基本的にこういうものを見ない。見ても何も書き込まない。ただ、今日ばかりは少し、世間がどうなっているかを確認したかった。

 SNSを開くと、タイムラインに〝論破〟という言葉が溢れていた。誰かが誰かを言い負かした動画のまとめ。「これは論破されてて草」、「完全論破で草」というコメントが並んでいる。

 私は黙って画面を眺めた。

 なるほど、クラスだけじゃなく、もっと広い範囲で流行っているらしい。

 動画サイトに移動して、〝論破〟で検索してみた。大量に動画が出てきた。インフルエンサーと呼ばれる人たちが、コメンテーターや一般の人を言い負かしている動画。知識人と呼ばれる人たちが、議論の場で相手の矛盾をついて黙らせる動画。どれも再生数がすさまじい。

 私はいくつか見てみた。

 なるほど、確かに頭の回転は速い。相手の言葉の矛盾点を素早く見つけて、突いて、追い込む。テンポが速い。見ていて、小気味よいと思う部分もある。でも、どこか、引っかかる。

 文学少女は物申す。

 これは〝論破〟ではなく、〝論駁〟ではないか。論破とは議論に勝つことで、論駁とは相手の主張の誤りを指摘することだ。意味は似ているようで、微妙にニュアンスが違う。そして、いま見ている動画の多くは、相手の主張を崩すことに特化していて、そこに「ではどうすべきか」という建設的な方向がない。相手を黙らせることが目的になっている。それは議論ではなく、攻撃だ。言葉を武器として使っている。言葉は本来、武器ではなく、橋のはずなのに。

 でも、それを言える場がない。

 私はコメントを書かない。書かないと決めている。ただ見るだけだ。

 動画をいくつか見ているうちに、ひとつの動画が目に留まった。

 へらゆき、という人物の動画だった。

 ネット番組らしく、複数の出演者が議論をしている形式だ。へらゆきという人は、四十から五十代くらいに見える男性で、飄々とした顔をしている。語り口は穏やかだが、言っていることは鋭い。相手の発言の中の矛盾や前提の崩れを、さらっと指摘する。感情的にならない。声を荒げない。ただ、論理だけを積み上げて、相手を追い詰める。

 なるほど、この人が流行りのもとなのか、と私は思った。

 クラスの中島くんが使っていた「それっておまえの感想だよね?」という言い回しも、この人の口癖らしかった。動画の中で何度も出てきた。

 確かに頭がいい、と思った。

 頭がいいのは、疑いようがない。

 そして動画の後半、出演者のひとりが「哲学とか倫理学とか、実生活に何の役に立つんですか?」という話を振った。

 へらゆきは少し考えてから、こう言った。

「哲学って、別に必要ないと思いますよ。実際に使える知識じゃないし、飯食えるようになるわけでもないし。頭のいい人の暇つぶしじゃないですかね」

 私は画面を見つめた。

 三秒、止まった。

 それから、声に出さずに、言った。

 違う。

 文学少女は物申す。

 あなたが今やっていることは、哲学そのものだ。ソクラテスという人物を知っているか? 古代ギリシャの哲学者で、自分では何も書き残さなかったが、弟子のプラトンがその対話を記録した。ソクラテスがやっていたことは、いろんな人に問いを投げかけて、相手の答えの矛盾を指摘して、「あなたは本当にそれを知っているのか?」と問い続けることだった。相手が「これは正しい」と言えば、「本当にそうか?」と問い返す。相手が「これは当然だ」と言えば、「なぜ当然なのか?」と問い返す。その繰り返しで、相手は自分が実は何も知らないことに気づく。それを、ソクラテスは〝無知の知〟と呼んだ。自分が知らないということを知っている、それが知の出発点だと言った。あなたが番組の中でやっていることは、まさにそれだ。「それっておまえの感想だよね?」と問い返すことで、相手が自分の主張の根拠を持っていないことを露わにする。前提を疑い、定義を問い直し、論理の穴を指摘する。これはソクラテス的対話そのものだ。哲学が必要ないと言いながら、あなたは哲学をやっている。

 私は画面の中のへらゆきを見た。

 飄々とした顔で、次の発言をしている。

 おそらく本人は、自分がソクラテスと同じことをしているとは思っていないだろう。いや、知っていてやっているのかもしれない。それはわからない。

 でも、哲学は必要ないという言葉は、間違っていると私は思う。なぜなら、あなた自身がその証拠だからだ。

 さらに動画を見続けていると、別の場面でへらゆきがこんなことを言っていた。

「事実と感想を区別できない人が多すぎる。自分の感想を事実みたいに言う人は、議論にならないんですよ」

 これには、少し、頷いた。

 それは正しいと思う。

 「あのチームの監督の采配はひどい」は感想だ。事実ではない。でも、だからといって、感想を言ってはいけないということにはならない。感想には感想の価値がある。人間の主観には、主観の価値がある。それをすべて「感想だよね?」の一言で封じることは、議論を豊かにしない。

 文学少女は物申す。

 プラトンの『ソクラテスの弁明』の中で、ソクラテスは自分が何も知らないと言いながら、それでも問い続けることをやめなかった。なぜか。真実に近づくためには、対話が必要だからだ。相手を黙らせることが目的ではなく、ともに考えることが目的だからだ。「それっておまえの感想だよね?」で相手を黙らせることは、対話の終わりだ。ソクラテスが求めたのは対話の継続だった。そこが、決定的に違う。

 へらゆきの動画は面白かった。

 頭がいいと思った。

 でも、クラスでそれを真似している中島くんや浜田さんは、へらゆきの表面だけを真似して、深さを真似できていない。

 へらゆきには少なくとも、自分の論理がある。クラスの二人には、借り物の言葉がある。

 借り物の言葉で人を黙らせることを、論破とは呼ばない、と私は思う。

 PCを閉じて、本棚からプラトンの本を取り出した。

 久しぶりに読む気がした。

 ソクラテスは、最終的に死刑になった。問い続けることを、社会に許されなかった。それでも彼は問うことをやめなかった。

 クラスの中島くんと浜田さんに、このことを話したいとは思わない。

 話したら、きっとこう言われる。

「それってあんたの感想でしょ?」

 そうだよ、感想だよ、と私は思う。

 でも、感想には感想の深さがある。

 その深さを知っているかどうかが、問題なんだ。

 私はプラトンを開いて、ソクラテスの言葉を読み始めた。

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