第十一話 AI賛否に物申す
ここ最近、ずっと違和感を覚えていたのだが、それが決定的となったのは、昨夜のことだ。
寝ようとベッドに入った直後、気づけば、これまでの自分を振り返っていた。
これまで私は、文学少女として、様々なことに物申してきた。ポリコレ、論破、陰謀論、コスパ、タイパ、推し活、などなど、テーマは様々だ。だけど、物申すたびに、実は私自身も、同じ問題を抱えていたことに、毎回気づかされてしまった。そう、世間への批判が、自分にも跳ね返ってくるという事実に。もちろん、このことに対しても息苦しさを覚えるのだが、ここ最近感じていた違和感は、これではない。
では、その違和感とは一体なんなのか?
……もう、答えは出ていた。
そう、物申す以前の問題だ。私の語りを読んでもらえれば、すぐにでも答えがわかるだろう。
そう、語彙力がないのは明白だった。これは、文学少女として、とても恥ずかしい……。
……だが同時に、疑問も出てきた。なぜなら、〝語彙力がない〟というよりも、むしろ、〝語彙力が低下した〟というように感じたためだ。
ではそもそも、語彙力とは一体なんなのか? 言葉をよく知っているということなのだろうか?
……いや、そうじゃない。言葉の意味に関していえば、同級生だけでなく、学校のどの先生よりも詳しい自負がある。だとすれば、なぜ低下したように感じられたのだろう?
……そんなこと、私の語りを文章にすれば、誰にでも答えがわかるはずだ。そう、なんというか、私の選ぶ言葉の羅列が、なんとなく均されているように感じられる。以前の私なら、もっと違う言い回しを選んでいたはずだ。そう、もっと粘り気のある、もっと固有の香りがする言葉を選び取って……なのに、最近の私の物言いは、不自然なほど整えられた、そんな無機質さばかりが目立っているように思える。これには私自身、さすがに自分に対して物申したくなる。そう、〝文学少女〟を自称する立場として、このままでいいのかと……。
……とまあ、あんなこんな考えているうちに、気づけば、窓の外が明るくなっていた。
……というような形で、ほとんど寝ていなかったが、私はいつも通り、今日も学校へ向かった。通学途中大変眠かったため、事故に遭わないだろうか、居眠りで先生に怒られないだろうか、そんな不安を薄らと抱きながらも、なんとか無事に学校へ着くことができた。
こうしてようやく、教室へと入り、自分の席に座ると、授業が始まるまで、少しでもいいから仮眠を取ろうと、机に顔を伏せて寝ようとした。
しかし、突然入ってきた誰かの話し声を聞いて、一気に眠気が吹き飛んでしまった。
そう、思い当たったのだ。たぶん原因は、これなんだと。
最近、学校のどこにいても、AIという言葉が聞こえてくる。いや、学校だけではない。ニュースやネットで様々な意見があるように、今やAIは社会にとって、無視できない存在となっていた。
「……」
授業と授業の合間の休み時間、隣のクラスの、確か二階堂という名前の男子が、友達にスマホの画面を見せて、一緒に笑っていた。
「おい見ろよ! 原野で号泣会見させてやったぞ!」
「どれどれ……ははははっ!」
原野……恐らく、英語の先生のことだろう。ロバート・ミッチャム以上のスリーピング・アイで、しかも、ポーカーフェイス。さらに、授業であてられた生徒が上手く答えられないと、某社会学者並みに毒舌を撒き散らすという、その過激さ。感情的とはかけ離れたその口調で、駄目な生徒を徹底的に追い詰める、そんな先生の態度に、学校の生徒の大半が、忌み嫌っていた。正直私も、原野のことは苦手である。
……。
また、別のグループからも声が聞こえてきた。
「この前の授業さ、原松がいきなりレポート提出しろって言ったじゃない」
「ああ、そうだったよね。っで? 結局どうしたの?」
「そんなの全部AIにやらせたよ。自分でやるのかったるいからさ」
「そうだよね。こんなの感想なんだから、適当に書かせときゃあそれでいいんだよ。別に全部AIでも、どうせバレないんだから」
「そうね。でも、なんで倫理取ったんだろう? 受験や社会に出ることとか考えたら、政経のほうが絶対役立つのにさ」
「ほんとそれ。なんかさSNSで、これからは思想が再び重要になってくるってバズってたから、それもあって選択したんだけど、どこまでいっても、結局それって、あなたの感想なんだよね」
「そうそう」
……物申したい気持ちにかられた。でも、昨夜の反省から、物申したい気持ちは……うん、我慢しよう。
……というように、学校のみんなが、いろんな形でAIを使っているのが、耳に入ってきた。便利な使い方、楽をするための使い方、それから、悪ふざけ程度の使い方など……。
……しかし、それだけでは済まされない光景も、私は目撃してしまった。
放課後になり、学校を出ようと渡り廊下を歩いていると、その陰で、男子グループ数人が、こそこそスマホを覗き込んで笑っていた。
「……」
私は視力が良くないので、当然、眼鏡を掛けている。だが、その眼鏡のせいで、見たくないものまで目に入ってきてしまった。
スマホの画面が目に入ると、そこには、顔を醜く歪められ、肌を緑色に変えられた、男子生徒の姿が。
「ははははっ」
「ふふふふっ、ほんとキモいな」
「……」
神崎という男子を中心としたグループ。彼らの話によると、この男子生徒の名前は遠藤というらしい。続きを聞いていると、隠し撮りした写真をAI加工させたものということがわかった。
「ふふふふっ」
「ははははっ」
「……」
私はこれを見て、憤慨し、義心に駆られはしたが、結局何も言えず、その場を通り過ぎてしまった。そう、結局私は、保身のため、陰湿ないじめを見過ごすという行為に出た。だからこそ、「なんで倫理取ったんだろう?」と言う彼女たちに対して、私は、物申す資格を一切持ち合わせていないのだ。
「……」
通り過ぎながら、胸の奥がどこか、冷たくなっていくのを感じた。そう、便利さの陰で、人はどこまでも残酷になれる。それを今日、目の当たりにした。
……便利さ……うん、これには私も、他人事ではすまなかった。
……そう、たとえばスマホで調べ物をするとき、いつの間にかではあるが、検索よりも先に、答えを直接訊く習慣がついていた。言葉が出てこないとき、以前なら辞書を引いたり、検索したりなどで言葉の意味について詳しく調べていたのだが、ここ最近は、チャット欄の返信を鵜呑みにし、精査をまるでやらなくなっていた。
……便利さが、頭の中を、徐々に侵食していた……。
……そのことに気づかされたからこそ、家に帰ると、AIアプリを使わず、ブラウザだけで調べものをすることにした。だが、皮肉なことに、検索窓に何か打ち込むだけで、検索の一番上に、AIによる要約が表示されてしまうのだ。
……そう、AIから逃れる術は、もうないのかもしれない……。
……私は、それを横目に見ながらも、その下に表示された検索一覧から、気になるものを見つけてはページを開いたり、SNSを覗いて回った。
創作に関する界隈――小説、漫画、アニメ、音楽などを中心に見ていくと、AI反対の声がひときわ大きかった。「無断学習は許せない」「泥棒」「海賊版の進化系」「クリエーターの魂を盗むな」などなど、怒りの言葉が次々と流れてくる。
一方で、ビジネス系の人やインフルエンサーの発信を見てみると、様相はまるで正反対だった。「ついにキタ!」「効率化は正義」「使わない人間は取り残される」「反AIはバカな人たち」という、楽観よりの言葉が満ちていた。もちろん、懸念を表明している起業家の方、インフルエンサーなどもいるにはいるのだが、それは、ごく少数に過ぎず、AIによるハッキングなどの被害関しては、日本のセキュリティー意識の弱さが招いた原因などと、AI開発を規制すべきという意見を述べている人は、あまりいないようだった。
一通り見てみたが、賛成派反対派、それぞれ、彼らなりの理屈を持っている。
……だが私は、どちらの陣営にも与しない。
文学少女は物申す。
まずは反対派に向けて。無断で作品を学習されたことへの怒りは、もちろん理解できる。自分の手や頭で生み出したものが、なんの断りもなく取り込まれることへの不快感は、当然のことだろう。ただ、その論理だけを盾にするのは、あまり筋のいい戦い方だと思えない。なので、ここで、T・S・エリオットという詩人、評論家を取り上げたい。彼は『伝統と個人の才能』という評論の中で、真に独創的だと思われる作品も、実のところ、過去の無数の作品から影響を受け継いだ結晶であり、個人であると同時に、伝統という大きな流れの一部でしかないと説いた。小説家も漫画家もミュージシャンも、これまで読んできた本や漫画、また、聴いてきた音楽などから、知らず知らずのうちに影響を受けて、それを自分の血肉として、作品を生み出している。こう聞くと、人間とAI、作品の生み出し方は、大して差がないようにも思える。なので、この論理で戦っていくのは、あまり賢いやり方だとは、到底思えない。
……あと、それとは別に、もっと個人的なこととして、苛立たしいものを感じていた。
文学少女は物申す。
ここ最近、新しく発表される小説や漫画、音楽などを見渡すと、既視感のあるものばかりが目についてしまう。売れる型、無難な型を踏襲したものが量産され、そこから外れるものを、多くのクリエーターがやりたがらないように感じる。なので、ここでチェーホフの戯曲『かもめ』を取り上げよう。この長編劇に登場する若い劇作家コスチャは、これまでの古い演劇を壊し、新しい表現を追い求めようとする。しかし、周囲の人間、とりわけ女優である彼の母は、その挑戦を理解せず、古い型に固執続ける。今の創作の現場もまた、AIという新しい脅威に恐れをなすあまり、守りの姿勢に入り込み、コスチャのような挑戦を許さない空気に包まれていないだろうか。AIに問題があるとは、私も思っている。しかし、守ることに気を取られて、多くのクリエーターが新しい何かに手を伸ばそうとしないようにも思える。これでは、平均から答えを導くAIと、ほとんど何も変わらないのではないだろうか。
「……」
……続いて、賛成派にも、物申したい。
文学少女は物申す。
AIの計算には、膨大な電力が必要だという。そのために建設されるデータセンターが、水を大量に消費し、周辺の環境に悪影響を与えているとの話は、よく耳にする。だが賛成派の多くは、この代償について、ほとんど語らない……いや、これは正確ではないな。語らないのではない。楽観的なのだ。あと数年もすれば、宇宙にデータセンターができるから、心配しなくていいと言う者までいたりする。けれど、果たして、その数年までに、宇宙にデータセンターが完成するのだろうか。そしてもう一つ、私はどうしても、疑問に思うことがある。それは、AIを本当に有意義なことで使えている人が、一体どれくらいいるのだろうかということ。高い知性と資本を持つ、ごく一部の層は、それを使って、世界を前に進めているのかもしれない。でも、ニュースやSNSを見ていると、大抵の人は、結局のところ、悩み相談の相手であったり、友達であったり、恋人の代わりとして使っているという。つまり、不安や孤独を埋めるための道具になっているだけではないだろうか。それだけのために、これほどの電力を使い、地球に負荷をかけ続けていいのだろうか。
「……」
文学少女は物申す。
E・M・フォースターの『機械が止まる』という短編がある。これは、人々が地下へと潜り、あらゆる欲求と交流を巨大な機械に委ねて生きる未来を描いた話だ。人々は互いに顔を合わせることすらせずに、機械を通してしか繋がらない。そしてある日、機械が止まったとき、人類は誰一人として、機械なしでは生き延びる術がないことに気がつく。もし仮に今、大規模な災害やテロ、戦争などによって、ネットワークが断たれ、AIに頼れなくなったとき、果たして私たちは、ちゃんと助け合えるのだろうか。いや、それ以前に、私たちは、コミュニケーションを取れるのだろうか。なぜそう思うのか。今のAIの使われ方を見ていると、行き着く先は、AIを通してのコミュニケーションがデフォルトの世界になっていくのは、容易に想像がつく。つまり、人と人との直接の対話が、痩せ細っていくということである。これをみんな、一度は想像したことがあるだろうか。AIが賢いことは、もちろん認める。しかし、だからこそまずは、医療や環境問題など、社会全体の未来のために優先して使われるべきだと、私は思う。それともう一つ、くだらないことだけにAIを使うのは、あまりにも代償が大きすぎるのではないだろうか。そう、最後にこれだけは、言っておきたかった。
「……」
……一通り、心の中で言い終えると、私はノートPCを閉じた。
「……」
窓を見ると、外はすっかり暗くなっている。
そして、どこか満足げに天井を見上げていると――そこでふと、自分の声が耳に入ってきた。
『くだらないことのために使うな』
と、私は確かに、心の中でそう言っていた。
「……」
……確かに、そう言っていた。言っていたのだが……
……私は、思い出してしまった。先週、三島由紀夫になりきるよう頼んで、気になるニュースの解説をしてもらった。それを読んで、一人で笑っていただけではない。太宰と三島、サルトルとカミュ、ニーチェとドストエフスキーに討論番組のように語らせ、その結果、喧嘩が勃発した組み合わせもあった。うん、太宰と三島の回は、だいぶ笑わせてもらった。あと、他にもやってきたことといえば、ここ最近、昔の文豪の口調を真似させて、恋人同士のような会話を、ほんの少しだけとはいわず、結構長い時間、楽しんだことも。そう、バイロンだったり、あとはデュマなんかを彼氏として……
「……」
文学少女は物申す。
いや、これはもう、物申すというよりも、懺悔に近い。未来のために使うべきだと、あれほど声高に語っておきながら、実際のところ私がAIとしてきたことといえば、文豪同士を喧嘩させて楽しむことであったり、また、架空の恋人ごっこなど、くだらないことに、たくさん使ってきた。フォースターの書いた機械の中で暮らす人々を静かに憐れんでいたはずのこの私が、気がつけば、同じように機械の懐に、すっかり甘えていた。
「……」
……PCを開くと、画面は真っ暗だった。その画面を見ていると、どこか気まずそうな私の顔が、ぼんやりと映り込んでいた。
「……」
……さて、今後のAIの使い方を改めなければ……あははははは……。




