表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/21

第二十一話 夢の門を買う方法と、謝罪の順番

病院の天井は、異世界の空よりずっと低い。


 白い蛍光灯が、規則正しい機械音と一緒に俺の意識を現実へ押し戻してくる。点滴のチューブが腕に繋がっていて、消毒液の匂いが鼻の奥に刺さった。


 ――戻ってきた。


 戻ってきたのに、胸の奥がずっと落ち着かない。


 俺は掌を開く。


 薄い紋様。丸と線と点が絡む、あの“記号”がまだ残っている。


 そして手首の腕時計。秒針が、ちゃんと動いている。


 夢じゃない。あれは「ただの夢」じゃない。


 隣の椅子に座っていた大翔が、俺の顔を覗き込んだ。


「透、顔色まだ悪い。無理すんなよ」


 大翔は一人称を「僕」と言う。ゲームでも現実でも変わらないらしい。本人曰く「一人称なんてどうでもいいだろ」だが、どうでもよくない。人は一人称で信用を失う。


「無理してねえ。……ただ、焦ってる」


「それは分かる。僕も焦ってる」


 大翔は目の下のクマを指で押した。


「透、四日だ。四日寝てた。学校も、幼馴染も、天使も、何が起きてるか分からない。だから焦るのは正しい。けど、今焦って動いて失敗したら、次がない」


 正論だった。


 正論だから腹が立つ。


「……分かってる」


 俺は腕時計を見つめる。裏蓋の縁に浮いている極小の刻印――「翔」。


 神谷翔。


 夢世界の神殿責任者の名前。俺の父親の名前。


 その二つが同じである以上、あの夢世界は“誰かの遊び”じゃなく、何かの仕掛けだ。俺を試すための。


 そして俺は、勝って抜けた。


 勝ったからこそ、今度は俺が主導権を取り返す番だ。


 ――なのに。


 脳裏にずっと残っている顔がある。


 銀髪の先輩。ユキ。


 白とピンクの髪の後輩。サクラ。


 俺は、あいつらに何も言わずに消えた。


 勝手にいなくなって、勝手に現実に戻ってきた。


 挙句に、あの世界の中心にいるエリシアに顔を覚えられて、戦って、交渉までして――。


 もしこの先、現実側の事情で俺の正体がバレたら?


 サクラとユキに何も言わずに消えた上に、原因まで持ち帰ったアホとして永遠に語り継がれる。


 ……いや、語り継がれるならまだいい。


 あいつらが取り残されたままなら、俺は一生言い訳できない。


「大翔」


「ん?」


「決めた」


 俺の声は、思ったより落ち着いていた。


「夢世界に戻る。サクラとユキに謝る。それから――エリシアを味方側に引き込む」


 大翔は一瞬黙ってから、頷いた。


「僕もそう思ってた。……で、戻り方は?」


「そこだ」


 夢世界は町一つ分しか再現できない。文字は再現できない。合意があれば出られないのがデフォルト。許可制の結界。


 つまり、正面突破は無理だ。


 許可を握る奴を味方にするか、許可そのものをすり抜ける手段が必要。


 俺は息を吐いた。


「クラウドファンディングをやる」


 大翔が目を丸くした。


「いきなり現代の武器使ってきた」


「現代は現代で戦う。……ただし表に出るのは、俺じゃなくお前だ」


「僕?」


「俺が前に出たら色々終わる」


 俺の能力は「無能力者だと思われるほど強くなる」。逆に疑われるほど弱くなる。


 夢世界を暴露して、救出プロジェクトの中心に立って、目立って、注目を浴びたら――その瞬間から俺の能力は削れていく。


 しかも最悪なのは、エリシアが綾香みたいな“男子も鑑定できる”側と手を組んだ場合だ。


 綾香は能力ログを検索できる。男性は鑑定不能が基本だが、俺だけ“読み込み中”みたいな異常が出る。そこを突かれたら詰む。


 だから、俺は表に立たない。


 俺がやるのは裏方。扉を作る。許可の穴を広げる。夢と現実を繋ぐ。


 大翔が顎に手を当てた。


「なるほど……。僕が表で釣って、透が裏で仕留める?」


「釣り言うな」


「でも実際、釣りになる。絶対スパイも来る」


「来る」


 断言できる。


 夢世界を作れる能力者がいるなら、それを動かしている勢力もいる。そこが俺の募集を見逃すわけがない。


 でも――来るなら来い。


 こっちも、欲しいものがある。


 夢世界に干渉できる能力。


 夢世界と現実を繋ぐ扉。


 そのために、協力できる能力者を集める。


「僕の能力で“手順書”も作れる」


 大翔が小声で言った。


「クラファンの立ち上げ、拡散、連絡窓口、応募者の選別。全部、目的を一つに絞れば手順が出るはずだ。……ただし、僕が心の底からやりたいと思わないと出ない」


「やりたいだろ」


「やりたい。僕、友達と遊ぶ約束したから。約束守りたい」


 大翔はまっすぐ言って、そして照れくさそうに目を逸らした。


「……そのためなら、僕は何でもする」


 その言葉に、俺の胸の奥が少しだけ軽くなった。


 こいつは信用できる。


 少なくとも、目的がシンプルすぎて裏切りに向いてない。


「じゃあやるぞ。……病室で」


「看護師さんに怒られる」


「怒られたら反省室三十分だと思え」


「その罰、透にとって経験値じゃん」


「うるせえ」


 その日の夜。


 大翔のスマホで、クラウドファンディングのページが立ち上がった。


 タイトルは大翔が考えた。


『夢世界救出プロジェクト:閉じ込められた人を現実に戻す』


 胡散臭い。胡散臭すぎる。


 俺が眉をひそめると、大翔は真顔で言った。


「胡散臭い方が拡散される。真面目すぎると埋もれる」


「お前、ネットの闇に適応するな」


「僕はMMOやってたから」


「それ免罪符にならねえよ」


 概要欄には、夢世界の仕様を“証言”として書いた。


・町一つ分の現実コピー

・文字だけ再現できない(文字に触れると認知が滑る)

・合意があると退出がロックされる

・夢世界内でも能力は使用できる

・救出のため、協力可能な能力者を募集(匿名可)

・資金は検証と救出のための機材・医療費・運用に使用


 そして一番大事な一文。


『※このページの目的は資金よりも協力者募集です。特定の能力(“扉”“接続”“解除”“転移”)を持つ方は、優先的に連絡をください』


 最後に、大翔が一言足した。


『釣りだと思うなら、釣りでいい。僕は友達を取り戻す』


 大翔の名前は出さない。代表者名は匿名。連絡先は専用アドレス。SNSは新規アカウント。


 俺は眺めながら、息を吐いた。


「……これで来るか」


「来る。良くも悪くも」


 大翔は投稿ボタンを押した。


 世界に投げた。


 その瞬間から、俺たちは“網”を広げたことになる。


 善意も、悪意も、全部引っかかる網。


 コメント欄がすぐ荒れた。


『釣り乙』

『夢の中の話を現実だと言い張るな』

『中二病もほどほどに』

『証拠出せ』

『天使少女の件と関係ある?』

『これ普通に犯罪じゃね?』


 大翔は眉一つ動かさずに、淡々と返信した。


『証拠は出せない。文字が使えないから』

『信じないなら帰っていい。僕は協力者だけ欲しい』


 煽ってる。絶妙に煽ってる。


「お前、喧嘩上手いな」


「ゲームで鍛えた」


「それも免罪符にならねえって」


 しかし、荒れるのは悪いことじゃない。


 閲覧数が伸びる。拡散される。目に触れる。


 そして――釣れる。


 翌朝、応募が来た。


 十件、二十件。大半は冷やかし、妄想、詐欺、あるいは“何かの勧誘”。


 その中に、ひときわ簡潔な文面が混じっていた。


『扉を作れます。対象のいる場所に繋がる扉。1日1つ、実体化は1時間まで。証拠を見せます。条件があります』


 俺と大翔は同時に画面を覗き込んだ。


「……それっぽいの来たな」


「来た。透、来たよ」


 大翔の声が少し震えていた。


 俺は深呼吸して言った。


「条件って何だ」


 返信はすぐ来た。


『対象を強くイメージできること。対象の“痕跡”が必要。写真、匂い、持ち物、髪の毛、どれでもいい。強いほど精度が上がる』


 痕跡。


 夢世界の住人には、現実の痕跡がない。


 普通なら詰みだ。


 だが――俺にはある。


 掌の紋様。


 腕時計の刻印。


 それに、俺は夢世界で“触れた”。袖に触れた。手を掴まれた。反省室に放り込まれた。恐怖と匂いと声を覚えてる。


 イメージは、強すぎるほどだ。


「……いける」


 俺が呟くと、大翔も頷いた。


「会おう。僕が行く」


「いや、俺も行く」


「透、退院できてない」


「点滴抜けば歩ける」


「看護師さんに殺される」


「夢世界の魔物より怖いのやめろ」


 結局、大翔が“手順書”を使った。


 『退院前の患者を病院から出す方法(合法)』なんて目的では出ない。目的が不純すぎる。


 代わりに『協力者と会うために必要な最短の手順』。


 それで導き出された答えは――「面会時間に病院内のカフェで会う」だった。


 合法。最短。賢い。


 その日の夕方、病院の一階カフェ。


 現れたのは、黒髪の女性だった。年は二十歳前後。制服ではないが、学生っぽい雰囲気。目が鋭くて、無駄がない。


「……プロジェクト代表はあなた?」


 女性は大翔を見て言った。


 大翔が自然に笑う。


「僕です。……と言っても、僕は窓口。中心人物じゃない」


 上手い。中心人物じゃない、と先に言っておくのは大事だ。


 俺は黙って隣に座った。病院のパジャマに見えないよう上着を羽織っているが、顔色は誤魔化せない。


 女性が俺を見て、眉をひそめた。


「寝てた人?」


「そう」


 大翔が答えた。


「僕の友達です。……この人を助けたい。それが僕の目的」


 女性は小さく息を吐いた。


「……分かった。私は門倉かどくらです。名前は玲音れおん。能力は文面の通り。“対象に繋がる扉”を一日一つ、一時間だけ実体化できる」


 玲音は指先で、テーブルの上に小さな円を描いた。


「扉は現実に作る。中に入れば対象のいる場所に繋がる。対象が“現実のどこか”なら普通の移動。対象が“現実じゃない場所”なら……接続は不安定になる。戻れる保証はない」


 戻れる保証がない。


 その言葉が胸に刺さった。


 だが、俺は頷いた。


「戻る。戻らないと意味がない」


 玲音は俺を観察するように見てから、言った。


「条件。対象の痕跡。あなた、あるの?」


 俺は掌を見せた。


 薄い紋様。


 玲音の瞳がわずかに揺れた。


「……それ、何」


「俺にも分からない。……でも“向こう”で残った」


 玲音は数秒黙り、それから小さく頷いた。


「十分。強い。……じゃあ証拠見せる」


 玲音は小さく息を吸い、目を閉じた。


 空気がひやりとする。


 次の瞬間、カフェの隅――誰も座っていない席の横に、木製の扉が出現した。


 ありえない。


 現実に、突然“扉”が生まれた。


 玲音が目を開ける。


「一時間。この扉の向こうに“対象”がいる。行く?」


 大翔が俺を見る。


「透。行くなら、今」


 俺は頷いた。


「行く」


 玲音が釘を刺す。


「扉は一時間で消える。消えたら、こちら側からは引っ張れない」


 つまり、迷ったら死ぬ。


 俺は腕時計を握りしめた。


 秒針が、カチカチと鳴る。


 大翔が息を吸い、言った。


「僕も行く」


「お前は現実側で……」


「行く。僕の目的は透を取り戻すことだ。透が行くなら、僕も行く」


 大翔は迷いなく言い切った。


 その顔を見て、俺は諦めた。


「……じゃあ、絶対離れんな」


「分かってる。僕、手順書で“死なない方法”も探すから」


「それはそれで嫌なフラグ立てるな」


 玲音が扉を見つめる。


「……じゃあ入るよ。対象はあなたの“記憶の中心”にいる人で繋いだ。ブレたら落ちる」


 俺の記憶の中心。


 浮かぶのは、金髪のシスター天使の笑顔だった。


 エリシア。


 優しい顔で反省室に放り込む門番。


 俺は扉に手をかけた。


 現実の木の感触がするのに、向こう側から冷たい石の匂いが流れてくる。


 扉を開けた瞬間、視界が裏返った。


 石畳。


 冷たい空気。


 そして――文字のない世界の、音の少ないざわめき。


 戻ってきた。


 俺は咄嗟に自分の手を見る。


 紋様は、まだある。


 腕時計も、ある。


 大翔も、玲音も、隣に立っていた。


「……うわ、ほんとに“向こう”だ」


 大翔が呆れたように言った。


「僕、今でも信じ切れてないのに、景色が説得してくる」


 玲音は周囲を見回して、小さく舌打ちした。


「……文字、ない。これ、やばい。ほんとに世界のコピーじゃん」


 俺は息を吐いた。


「時間がない。まず謝る」


 俺は走った。


 神殿へ向かう道を覚えている。ユキが案内した寮の位置も、サクラが待っていた森の入口も。


 途中、制服姿の天使少女たちが俺を見てざわめいたが、構っていられない。


 寮の近く。


 銀髪のユキが、ちょうど水桶を運んでいた。


 俺を見た瞬間、ユキの目が大きく見開かれる。


「……透?」


 その声が、胸に刺さった。


 俺は立ち止まって、頭を下げた。


「……ごめん」


 ユキの指が、水桶の縁を強く握る。


「どこへ行っていたのですか」


 怒ってる。静かに。冷たく。


 俺は誤魔化さなかった。


「……勝手に消えた。言い訳できない。謝りに来た」


 その瞬間、横から声が飛んだ。


「ユキセンパイ! その人ですか!? 勝手に消えた人!」


 白とピンクの髪――サクラが飛び出してきた。


 目が赤い。泣いた跡。


 俺は喉が詰まった。


「……サクラも、ごめん」


「ごめんで済むと思ってるんですか!」


 サクラが詰め寄ってくる。


「私、ずっと……! ずっと、ここで、待ってたのに!」


 胸が痛い。


 俺は頭を下げたまま言った。


「……俺は現実に戻った。夢世界だった。……戻った先で、倒れて、四日寝てた」


 サクラが固まる。


 ユキの目が細くなる。


「夢世界……?」


 俺は早口で説明した。町サイズの現実コピー。文字がない欠陥。合意ロック。許可制。神殿。エリシア。外側結界。


 大翔と玲音も名乗った。


「僕は真宮寺大翔。透の友達」


「門倉玲音。扉を作れる。……一時間だけ」


 ユキが玲音を見て言った。


「……扉が、外に繋がるのですか」


「繋がる。対象がブレなければ」


 サクラが唇を噛む。


「じゃあ……じゃあ私たちも帰れる?」


 俺は頷いた。


「帰れる可能性がある。……でも、その前にやることがある」


 ユキが静かに言った。


「エリシア、ですね」


「そう」


 俺は拳を握った。


「エリシアが綾香みたいな“男子も鑑定できる”側と手を組んだら、俺は詰む。……だから、味方にする。最低でも中立にする」


 サクラが眉をひそめる。


「綾香って誰」


「現実側の強い能力者。……説明はあと。今は時間がない」


 玲音が腕時計を指差す。


「あと五十分。移動と交渉で終わるよ」


 俺は頷き、神殿へ向かった。


 神殿裏の回廊。


 エリシアは、そこにいた。


 相変わらず祈るように手を合わせ、声のない祈りをしている。


 俺が近づくと、彼女は振り向いて微笑んだ。


「まあ。透さん」


 視線が大翔、玲音、サクラ、ユキに流れる。


「……お友達が増えましたね」


 俺は一歩前に出て、言った。


「勝手に消えてごめん。……それと、頼みがある」


「聞きましょう」


「味方になってほしい」


 エリシアは瞬きをした。


「理由は?」


 俺は正直に言った。


「エリシアが現実側と繋がったら、俺は詰む可能性がある。……特に“男子も鑑定できる能力者”と手を組まれたら終わりだ」


 エリシアの目が少し細くなる。


「透さんは、秘密が多いですね」


「……俺は、秘密がある方が生き残れる」


 エリシアはにこっと笑う。


「では、なぜ私が透さんの味方をする必要があるのですか。私はここで十分です。神が与えた土地です。捨てる理由がありません」


 来た。いつもの反論。


 俺は首を振った。


「捨てろとは言わない。繋ぐ」


 俺は玲音を示した。


「現実側には“扉”を作れる能力者がいる。一日一個、一時間。……これを恒久化できれば、みんなが好きに出入りできる」


 エリシアは玲音を見て、静かに言った。


「……扉の力。魅力的ですね」


 その言葉に、俺の背中が冷えた。


 エリシアが“外”に興味を持ったら、外の誰かもエリシアに興味を持つ。


 興味は観測になり、観測は疑いになり、疑いは俺の力を削る。


 だからこそ、交渉は“制御”が必要だ。


 俺は畳みかけた。


「条件がある。エリシア、現実側の誰とも直接組むな。少なくとも“男子鑑定者”とは繋がるな」


 エリシアは困ったように笑った。


「透さん。命令ですか?」


「お願いだ」


 俺は頭を下げた。


「俺が悪かった。勝手に消えた。……だから今、責任を取る。扉を作る。ここを捨てなくてもいい。けど、閉じ込められるのは終わらせたい」


 静寂。


 サクラが息を止めているのが分かった。


 ユキの目が揺れている。


 大翔が小さく言った。


「僕も同じ。透だけじゃない。ここに閉じ込められた人、助けたい」


 玲音も言う。


「私は損得で動くタイプだけど……閉じ込める仕様は嫌い。扉があるなら、開けたくなる」


 エリシアは少しだけ目を伏せ、それから微笑んだ。


「……仕方ありませんね」


 その言い方は、二十話で聞いた。


 だが今回は続きが違った。


「透さんが私に勝ったのは事実です。約束も守るべきでしょう」


 エリシアはゆっくり言う。


「ただし、条件があります」


 来た。


 条件がなければエリシアじゃない。


「私の監督下で行ってください。神殿を通す“許可”は私が管理します。扉の向こうであなたが何をするか――私は見届けます」


 監督。


 つまり首輪。


 でも、首輪がある方が安全な時もある。


 俺は頷いた。


「……分かった」


 エリシアが、にこっと笑う。


「それから透さん。勝手に消えた罰は――」


「反省室とか言うな」


「延長です」


「言いやがった!」


 サクラが思わず吹き出した。


 ユキも口元を押さえる。


 大翔が小声で言う。


「透、これ味方化っていうより飼育じゃない?」


「うるせえ。今はそれでいい」


 玲音が腕時計を見た。


「あと二十分。帰るならそろそろ」


 俺はサクラとユキを見る。


「……帰る。必ずまた来る。今度は、消えない」


 サクラが唇を噛んで、頷いた。


「……約束ですよ」


 ユキが静かに言った。


「次は、説明もしてください。あなたの秘密も、少しずつでいいから」


 俺は頷いた。


「……少しずつな」


 エリシアが穏やかに言う。


「約束は守ってくださいね。透さん」


 その声が、現実へ戻る合図みたいに聞こえた。


 玲音の扉へ走る。


 扉の縁がわずかに揺れている。接続が不安定になってきた。


 大翔が俺の腕を掴む。


「透、最後に一個だけ。僕、クラファンのコメント見てて気づいたことがある」


「何だ」


「釣れたのは協力者だけじゃない。……“見てるやつ”がいる」


 背中が冷える。


「どんな」


「コメントじゃない。支援。匿名で、いきなり高額が入った。メッセージが添えてあった」


 大翔が唇を噛む。


「『神殿の責任者に会え』って」


 神殿の責任者。


 神谷翔。


 父の名前。


 俺は息を止めた。


 エリシアが言った“監督”が、急にありがたく思えてしまった。


 扉の前で、俺は一度だけ振り返った。


 夢世界の空は、相変わらず低い。


 でもその低さの向こうに、確かに出口がある。


 俺は大翔を見て言った。


「……帰ったら、次の手順を作る。扉を恒久化する。夢と現実を自由に出入りできるようにする」


 大翔が頷く。


「僕も手伝う。約束守るために」


 玲音が急かす。


「時間切れ。早く!」


 俺たちは扉をくぐった。


 視界が白くなり、消毒液の匂いが戻ってくる。


 病院のカフェ。


 現実。


 そして、スマホの通知が鳴り続けていた。


『夢世界救出プロジェクト:新規支援者メッセージ』


 大翔が画面を見て、顔をしかめる。


「……追加が来てる」


「何て?」


 大翔は、低い声で読み上げた。


「『次は“綾香”に会え』」


 ――綾香。


 藍川綾香。


 男子も鑑定できる可能性のある、最悪の名前。


 俺の背中に、冷たい汗が流れた。


 詰みの匂いがする。


 でも同時に、道も見えた。


 だからこそ、俺は決めた。


 エリシアを味方にする。


 扉を恒久化する。


 そして、誰が夢世界を作ったのか――その本丸に触れる。


 腕時計の秒針が、カチ、カチ、と鳴る。


 次の戦いの開始を告げる音みたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ