思惑
暴走騒ぎから数日。
街の空気は、まだどこか張り詰めていた。
通りを歩く人々は、周囲を警戒するように視線を動かす。
路地では警備兵の巡回が増え、露店の店主たちも落ち着かない様子だった。
新と皐月は、その中を歩いていた。
「……少しは減りましたね」
皐月が小さく言う。
「ああ」
だが完全には消えていない。
薬の痕跡は、まだ残っている。
(根っこが残ってる)
模造品の出所。
そこを潰さなければ終わらない。
その時。
「おや」
聞き慣れた声。
二人が振り向く。
白い服の青年。
天宮翼。
「また会いましたね」
柔らかな笑顔。
皐月はわずかに身構える。
新は表情を変えない。
「偶然だな」
「ええ」
天宮は楽しそうに頷く。
「ですが、今回は偶然ではありません」
そう言って、新を見る。
「あなた方が探しているもの」
「その手掛かりを知っています」
⸻
皐月が目を見開く。
「薬の?」
「ええ」
天宮は静かに頷いた。
「模造品を作っている者たちのアジトです」
新の目が細くなる。
(来たか)
罠の可能性。
当然ある。
だが――
「場所は?」
天宮は笑う。
「警戒心が強いですね」
「当然だ」
「安心してください」
天宮は肩をすくめる。
「私もこの薬を止めたい」
「街を壊すものですから」
その言葉は、あまりにも善人的だった。
だが新は知っている。
(全部、お前の仕込みだろ)
それでも。
「案内しろ」
新は言った。
天宮の目が一瞬だけ輝く。
⸻
夜。
街外れの廃倉庫。
「ここです」
天宮が指差す。
中から灯りが漏れている。
人の声。
「新」
「分かってる」
二人は静かに近づく。
⸻
扉を開ける。
「誰だ!?」
中には数人の男。
机の上には薬瓶と材料。
男たちは慌てて武器を取る。
だが。
戦闘は一瞬だった。
白珠が閃き。
皐月の岩槍が床を割る。
男たちは床に転がった。
⸻
「さて」
新は一人の胸ぐらを掴む。
「この薬、どこから覚えた」
「し、知らねぇ!」
「レシピが出回ってんだよ!」
「裏市場だ!」
「誰から貰った」
男は震えながら叫ぶ。
「最初は……裏市場の仲介人だ!」
「そこから広がっただけだ!」
新は机の上の紙を手に取る。
粗雑なレシピ。
だが確かに、暴走薬の構造に近い。
(ここか)
模造の源。
⸻
「皐月」
「うん」
皐月が頷く。
机の資料。
瓶。
材料。
全て回収する。
レシピも破棄。
これで少なくとも、この流通は止まる。
「しばらくは作れないはずだ」
「うん」
皐月も頷いた。
完全な根絶ではない。
だが暴走は減る。
街は落ち着く。
⸻
倉庫の外。
天宮が静かに拍手した。
「見事です」
新は振り向く。
「これで一つ、原因は消えました」
「……そうだな」
短く答える。
天宮は微笑む。
「あなたと協力するのは、正解でした」
善人の顔。
だが新は確信している。
(信用なんてしてない)
だが。
天宮の狙いも分かっている。
情報を与え、信用を作る。
距離を詰める。
それが目的。
⸻
そして天宮もまた思っていた。
(やっぱり君だ)
白珠の剣士。
力。
判断力。
そして冷静さ。
(最高だ)
この男は、自分のものにする価値がある。
「また情報があればお伝えします」
天宮は笑う。
「街のために」
新は小さく頷く。
「そうだな」
互いに笑う。
だが。
その笑顔の裏では。
(お前を必ず潰す)
(必ず手に入れる)
正反対の思惑が、静かにぶつかっていた。




