ヒマワリの丘で
私は、いつもより早起きをして、キッチンに立っていた。
きっと、ヒマワリの丘に着くのはお昼前くらいだろう。
ヒマワリの丘でランチも悪くない――ピクニック気分だ。
彼の大好きな、キュウリのサンドイッチもたくさん作った。
二人で、積もる話をしながら食べたら、どんなに楽しいだろう。
なんだか、自然に顔が緩む。
――でも、彼はいないかもしれない。日にちも、時間も書かれてなかったからだ。
すれ違いだったら、どうしよう。
「そしたら、サンドイッチ食べきれないな……」
悩んでいても仕方がない。
私は、早く出発できるように支度を急いだ。
◆
はあ……僕って本当に段取りが悪い。
昨日出したばかりの手紙――。
届くかも分からない――。
いつ届くかも分からない――。
日にちも、時間も書かれていない内容――これは、後から気づいた。
そして、自分の中で約束と指定したのは、翌日という始末。
はあ……。
もう一度大きくため息をついた。
僕は、朝からヒマワリの丘に向かっていた。
時間を書かなかったから、彼女がいつ来てもいいように。
彼女は来ないと分かっているのに、期待しすぎだろうか。
一日待って来なかったら、彼女の事は諦めよう――。
夏も終わりだというのに、ヒマワリの丘には、まだたくさんのヒマワリが太陽に向かって顔を向けていた。
ヒマワリの向こうには、雲ひとつない爽やかな青空が広がっていた。
僕の心は、どんより厚い雲に覆われているのに……。
今日は、昨日とは打って変わって、それほど暑さを感じない。
僕は、近くに寝転がり、ヒマワリと一緒にぼんやりと空を見上げた。
昨日、不安で眠れなかったからだろうか――僕は、いつの間にか眠ってしまった。
◆
「あっ! やっと見つけた!」
リオは、聞き覚えのある声で目を覚ましました。
ぼんやりとした視界には、青空の青色ではなく、ヒマワリ色が広がっていました。
リオの目の前には、ヒマワリ色のエプロンドレスを着たミミが立っていました。
「え?……ええ!」
リオは、とてもびっくりしている様子で、頬をパチパチと叩いていました。
「ふふっ」
ミミは、リオを驚かせたことに満足気でした。
「元気だった?……手紙、ありがとう」
「え?……あの手紙届いたの? 昨日出した手紙が?」
「……? だからここで待っていたんじゃないの?」
「あ、いや、そうだけど。本当に届くと思わなくて」
「風見の町の人たちも、森の向こうの町の友達も――たぶん、たくさんの人たちが、あなたの手紙を届けるために動いてくれたはずよ」
ミミは、リオの隣に座りました。
「……来てくれてありがとう」
「何か話でもあったの?それにしてもあの手紙、いつなのかさっぱり分からなかったわ。ちゃんと会えて良かった」
「ははは……僕も後から気づいたんだ」
「リオらしいわね」
少しの間、沈黙の時間が流れました。
サワサワと風がヒマワリを撫でていく音だけが聞こえていました。
「あ、あのさ……」
俯いていたリオが、まっすぐとミミを見て話し始めました。
「僕、先生になってこの村に帰ってきたら、ミミちゃんに話そうと思ってて……。そしたらミミちゃん、引っ越していなくなってて……」
「それについては、連絡しなくてごめんなさい」
ミミは苦笑いしました。
リオは、話すうちに自信が逃げていってしまったのか、また俯き始めていました。
しかし、思い直したのか顔を上げて言いました。
「ミミちゃん、結婚してください!」
「ひゃ!?」
突然のことで、驚きのあまり、ミミは言葉にならない声を出しました。
「あ……いや、まだ仕事も新米だし、僕頼りないし……ダメだよね……」
「わ、私でよければ、お願いします」
ミミは、頭を下げながら言いました。
「……」
思ってもない返事に、リオは固まってしまいました。
「リオ?」
「本当に、僕でいいの?後悔しない?」
「ええ……色々と決めないといけないこともあるけれど、それは二人で決めましょう」
ミミは、大きく頷きながら言いました。目には涙がうっすらと浮かんでいました。
二人は、お互いに『お願いします』と言い合い、そして笑いあいました。
ヒマワリは、相変わらず太陽の方を向いていました。
その時だけは、二人のプロポーズに照れているようにも見えました。
「さあ! そうと決まれば、忙しくなるわよ。まずは、腹ごしらえね」
「え?」
「ちょっと早いけど、ランチにしましょう」
ミミは、朝作ったサンドイッチの入ったバスケットをリオに見せました。
「お腹すいてない?」
「……実は、緊張しすぎてお腹すいちゃった」
「たくさん、食べてね。どうぞ」
ミミは、リオにキュウリをたっぷり挟んだサンドイッチを渡しました。
「わあ、僕の大好物! 覚えててくれたんだ」
「ふふふっ、もちろん!」
リオは、小さく『いただきます』と言って、大きな口でかぶりつきました。
塩もみされたキュウリは、噛むたびにパリッパリッ、キュッキュッと小さな音を奏で、口の中にふわっと塩気が広がりました。
パンに塗られたマヨネーズと、ツナの旨味が美味しさを一層引き立てます。
「ミミちゃん、美味しいよ! こんなに美味しいサンドイッチ初めてだ!」
「ふふっ……おおげさね」
二人はランチを楽しみながら、お互いのことを話しました。
学校を卒業してからこれまでのこと。
そして、これからのこと。
楽しくて、ランチが終わっても、そのまま話し込んでしまいそうな雰囲気でしたが、ミミが突然立ち上がりました。
「さあ、お腹も満たされたし、行くわよ」
「え?……どこに?」
「まずは、リオの家。そして私の家。それから――」
「――今から全部回るの?」
「もう行くって約束しちゃってるもの。あなたも一緒に行って、結婚報告しちゃいましょ」
ミミは、リオの手を引っ張り立たせました。
そのまま二人は、手を繋いでリオの家に向かいました。
ヒマワリは優しく風に揺れていました。




