インテリマフィアのオルゾさん、挑発する。
「オルゾ……」
アンジーが目を大きく見開く。
「……どうしてここに」
「どうして、じゃあない。分かるだろう」
いまオルゾは彼女を偽物と呼んだ。つまり、ヴィテッロ組の策略は彼にバレている、そしてこの場にいるということはそれをロッセリーニ侯に伝えているということだ。
「信じられんな……」
しわがれた老人の呟き声が、思わずといった様子で部屋に落とされた。
こつり、と杖が床を叩く。
「孫にしか見えん」
「ロッセリーニ侯、お下がりください」
部屋の背後、棚の影から杖をついた小柄な老人が身を乗り出している。殺害対象であるパオロ・ロッセリーニ侯爵である。
「おじい様……」
アンジーは決められた言葉をなぞるようにそう言って一歩前に踏み出す。
オルゾは老人に顔を向けることはなく、アンジーを見据えたまま言った。
「動くな。偽ラファエラ。それ以上の接近は許さん」
オルゾは無手である。椅子に座り、アンジーを碧の瞳で見つめているだけだ。だが、アンジーは蛇に睨まれた蛙のように、動きを縫い付けられたように感じた。
「……わ、わたしはラファエラよ? オルゾ、どうしたの? おじい様?」
アンジーの声は本物のラファエラと良く似ている。そういう基準で彼女は選ばれれたのだから。パオロ・ロッセリーニは動揺した表情を見せた。
しかしオルゾは微動だにせず、ただ言葉を放った。
「お前が言うべき言葉は一つだ」
「……オルゾ」
アンジーは視線を落とし、しばし動きを止めた。
そして前を見据える。そこには燃えるような決意が、殺意があった。
一方のオルゾの瞳は銀縁眼鏡の向こうで、深緑の森の如く静謐さをたたえて動かない。
アンジーは自らに言い聞かせるように考える。オルゾは荒事を生業としていない。身体能力は、暗殺の腕前は自分の方が圧倒的に上だと。
オルゾは座ったままだ。暗殺者である自分を前にして即座の動きもできない姿勢のままであるというのは舐めている。
「どうした、殺らないのか」
「っ……!」
アンジーが呼気を鋭く吐き、踏み込む。まるで時間が置いていかれるかのように、その瞬発力は小さな身体を一瞬で加速させオルゾに迫る。
右手の内側に隠した飛び出しナイフは、視線をやることもなく器用に持ち替えられて、その拳から刃が飛び出したように見えた。訓練された動きである。
銀の刃はオルゾに向けて真っ直ぐに突き出された。最も単純で、それ故に最短最速の動きだ。
殺した。アンジーはそう確信していた。
--ガッ。
肉に刃が吸い込まれるのとは異なる、硬質な音が響いた。ガラスが如く透明な、ポリカーボネイトの板が刃を阻んだのだ。
警察が暴動鎮圧などに良く使用する防護盾である。
直径60cm程の円形の板、それを支える筋肉質な腕はエキーノのものであった。
板の向こう側、オルゾは微動だにしない。それはエキーノという男の腕前を信頼し、命を預けているからであった。それともう一つ。
「っ!」
アンジーは小さく舌打ちし、刃を振りながら後退した。エキーノが前に出て、攻撃か捕縛しようとしたのを牽制したのである。
……釣り出された。アンジーは思う。先ほどのオルゾの言葉は挑発であった。アンジーが攻撃するタイミングを指定されたのに等しい。つまりエキーノが盾を差し込むタイミングをわかりやすく演出されたのだ。
「エキーノは俺の護衛だ。控えているのは当然だろう?」
オルゾはそう口にする。
エキーノがどこかに身を隠していて、オルゾが隙を晒していたのはアンジーに刃を抜かせるためだ。これでロッセリーニ侯もアンジーがラファエラではないと確信せざるを得なくなった。
彼女に残された手は殺し屋としての実力で、エキーノを倒し、オルゾを越えてロッセリーニ侯を正面から殺すしかない。侯がわざわざこの場にいてくれているのだから。
だが……。
エキーノは成人男性の平均を優に超える体躯ではある。しかしアンジーの前に立ち塞がる彼の身体は今や巨人であり、彼の構える盾や腕は巌であった。
彼とアキッレーオの戦いは見ていた。アキッレーオの動きは驚異的であったが、エキーノの動きは自分より遅い。そう見ていた。だがそうではないのだ。護る者の放つ圧力の前に立つ脅威を、彼女は初めて知った。
アンジーの視線が三者の間で揺れた。
オルゾが言葉を発する。
「こっちを見ろ。エキーノを倒さずして俺やロッセリーニ侯を殺せると思うな」
エキーノは語らない。彼の武器はその肉体だからだ。
オルゾは動かない。彼の武器はその言葉だからだ。
「俺がこの場にいてなお斬りかかってきたということは、お前、今もヴィテッロ組から監視され、直接指示を受けているな?」
その通りであった。アンジーの耳には、ポモドーロを名乗る男の声が響く。
それはアンジーに降参すること、暗殺を諦めることを許さない。




