インテリマフィアのオルゾさん、事務所に戻る。
「本物のラファエラを確保したら、トンノと合流できていた場合は、あいつの船に乗せて海路でナポリまで連れていくのが追手を撒きやすいだろう。スクアーロ、お前が状況を見て現場の判断で……」
オルゾがヴィテッロ組へ殴り込みをかける二人に指示を出す。
本人がナポリに向かうためそちらに行けないこともあり、かなり細かい指示出しをしていた。
「……やっぱり私もいくわ」
ステラマリナが言う。
オルゾは顰めっ面をした。眉根に皺がよる。
「おい、お前は留守番だと言ったぞ」
オルゾの機嫌が低下する。彼は同じことを二度言わされるのが殊更に嫌いなのだ。
それもマフィアの仕事に女連れで行くことはない。マフィアの幹部の娘として育ったステラマリナが知らないはずはないというのに。
だがステラマリナはその瞳を真っ直ぐにオルゾに向けて言った。
「もちろん出しゃばる気はないわ。口出しもしないし、前に出る気もない」
「それならばなぜそのようなことを言う?」
「……だってそっちには本物のラファエラさん捕まっているんでしょう?」
「ああ」
ステラマリナは周囲を一瞥するよう仕草をして言った。
「助け出した時に、男どもだけで行くより女性がいた方が彼女も安心できると思わない?」
「む……」
オルゾは言葉に詰まる。確かに一理あるとは思ったためだ。
「調べたのよ。本物のラファエラさん。やっぱり本物のお嬢様だし、何日も捕まっていれば、やっぱり辛いと思うの」
憔悴しているのは間違いないだろう。そして同性が一人いるだけでも心理的負担は大きく減るというのは間違いない。
オルゾは舌打ちを一つしてスクアーロに向けて言った。
「すまんが子守りを一人追加だ」
「ええ、奥様は必ず安全なところにいてもらい、無事帰れるように手配しましょ」
「すまんな、手間をかける。……では作戦開始だ」
応、と男たちとステラマリナの声が揃った。
オルゾは自身が目立つことを知っている。そしておそらくヴィテッロ組の手の者が自分を監視している可能性が高いと考えている。
つまり、オルゾ自身は動きづらいということだ。
「探し出して殺るかい?」
アキッレーオが問うが、オルゾは首を横に振った。
「殺せば殺したという情報が相手に行く。捕えても同じだ」
連絡が途切れるというのはそれ自体が問題なのだということである。だが逆にオルゾが姿を晒していれば他の者が動きやすいということでもある。
まずオルゾとアキッレーオ、エキーノはオルゾ会計事務所に向かった。
地下に閉じ込めてあった運び屋の二人、アーリオ運送のトマスとその兄貴とやらを解放するためである。
彼らの車、偽ラファエラを輸送していたトラックは組の幹部、グラーノの警備会社が押収している。それをオルゾ会計事務所まで運ばせ、それに乗って二人は町を発った。
「さて、まずヴィテッロの方はこれでよしだ」
事務所の前でわざわざ車を見送ったオルゾはアキッレーオとエキーノに声をかける。
ステラマリナ、サルディーナ、スクアーロの三人はここにいない。
実のところ今出て行った車に先に乗り込んでいるのである。
「んで、俺は一旦帰ればいいのかい?」
アキッレーオは尋ねる。
オルゾは頷いた。アキッレーオの方まで監視はいかないだろうし、仮にしていたとしてもここで解散している方が監視者の警戒も分散するというものだ。
「んじゃまた後で」
アキッレーオは手をひらひらとさせて事務所を去っていく。オルゾとエキーノのみが残され、事務所へと戻っていった。
「それで、俺たちはどうするんですかい?」
所長室でソファに座ったオルゾに紅茶を淹れながらエキーノは尋ねた。皿の上には日本のあまおう味のマカロンが載せられている。
オルゾは無造作な指先でマカロンを摘むとそれに齧り付いた。
エキーノは夜に出るとは聞いている。だが夜陰に紛れた程度で監視を誤魔化せるとは当然思っていない。
「俺は昔から事務所に泊まり込んで仕事することが多かったろ」
「そっすね。なんで事務所から出ないで電気が点いてりゃ、まだ事務所にいるのかと騙せるかとは思います。でもそれはオルゾさんがここから出るの見られなければの話っすよね」
オルゾは頷き紅茶を一口。そしてマカロンの残りを口に放り込んだ。
「なあエキーノ」
「うす」
「なんで俺がこんな変な場所に会計士事務所なんて建ててると思う?」
まるで話に脈絡がないように思える言葉だった。
「え、ええっ?」
エキーノは考える。
ここは商業地域と漁師町の間にある坂の途中という中途半端な立地にある。悪い場所とは思わないが、会計士事務所を建てるに向いた場所とは言えないだろう。漁師が会計士を雇いはしないのだから。
「組員のどちら側にも目が届くようにですかね」
確かにオロトゥーリア組の組員には海の男も多い。オルゾの部下の漁師のトンノのように。
「それが理由の半分だな」
オルゾは答える。
普通であれば商業地より地価が安いからというのが理由になろうが、オルゾに限ってそれはあり得ない。
エキーノは首を横に振った。
「思いつきません。降参です」
オルゾはおもむろに立ち上がると、本棚の資料を物色し始めた……ようにエキーノには見えた。
そして少し経つと、突如床が抜けた。
「うえぇっ!?」
エキーノの声が響く。
「答えはな、ここに隠し通路があるからだ」
空洞の先は真っ暗で、だがそこには下りの階段が続いていたのだった。




