インテリマフィアのオルゾさん、町を脱出する。
革靴がコンクリートの階段を叩き、その音が空間に反響する。
狭く急な階段のトンネルをアパートの5階ぶんくらいは降っただろうか。狭いトンネルは、より広いトンネルへと繋がっていた。
「オルゾさん、何なんです? ここは」
エキーノが手にした懐中電灯で周囲を見渡しながら言った。人の気配はない。光を向けられたネズミか何かの小動物が迷惑そうに光から逃げていくのが見えた。
「第二次世界大戦の時に避難路や防空壕として使われていた地下トンネルだ」
オルゾの声が空洞に反響して響く。
「え、これって有名なんですか?」
「いや、ここのことを知っているのはこの町の爺婆くらいだろ。ただ、オロトゥーリア組の構成員は知っている場所だ」
「俺、初めて知ったんですけど」
「だから今教えてるんだろうが。着いてこい」
オルゾはトンネルの一方に向けて歩き始めた。エキーノはその後に続く。
トンネルは長く、平坦であるが、ときおり数段の階段があって緩やかに下っている。
歩きながらオルゾは言葉を続けた。
「攻撃から逃れるのに地下に潜るってのは何千年も前から変わらんのさ」
「っていうと」
「地下墓地とかな」
地下墓地はキリスト教が禁じられたローマ帝政時代の信仰の隠れ場所であった側面がある。よって地下墓地は世界中にあるが、イタリアが本場であるとも言えた。
「そういうのを犯罪者が官憲から逃れるのに使う訳ですかい」
メキシコからアメリカに麻薬を輸出するためのトンネルや、ローマでも地下鉄の遺構で麻薬栽培をしていたのが摘発された事例もある。
「そうだ。表を歩けない者はトンネルを掘るのさ。巌窟王も俺たちもな」
トンネルは古びた鉄製の扉に辿り着く。
エキーノがそれを開けると、広い部屋であった。中央には机が一つぽつんと置かれている。
「あっ!」
エキーノは思わず声をあげた。
「気づいたか?」
「……俺が、沈黙の誓いをした」
少し前の話である。エキーノが準構成員から組織の正式な構成員となるための儀式、沈黙の誓いをしたのは海沿いの洞窟の先にある部屋であった。彼は海側からここに入ったが、まさか奥にこんなにも長いトンネルが続いていたとは考えてもいなかったのだ。
「そうだ、だから言っただろう。オロトゥーリア組の構成員は知っていると。ただまあ、こちら側を知っているのは幹部かそれに近しい連中以上だがな」
オルゾはそう言って部屋の逆の扉から表に出ていった。途端、鼻腔を磯の香りがくすぐった。
自然の洞窟に見えるが、よく見れば中には電球がぶら下がっていて白く明かりが灯った。足元ではフナムシがナマコやらヒトデの上を走って逃げていく。
外に出ればそこはひとけの無い入り江である。傾いた太陽が橙色に空と海を染めていた。
「ここからどうするんですか?」
「ウチの組の車がある」
二人は何十年も打ち捨てられたような倉庫に向かった。
そこには一台の車、トヨタのヤリスクロスが置かれていたのである。
「スポーツカー以外も乗るんすね」
「アルファロメオじゃ目立ってしょうがないだろ。それにオープンカーで隠密行動が取れるか」
「そいつはその通りで」
エキーノが運転席に、オルゾは後部座席に座った。
「町の外に兄貴呼び出してあるから拾っていけ。俺は各所と連絡を取る」
「ういっす」
車は静かに走り出した。
そして町から出たところで一人突っ立っていた男を回収する。彼は助手席に座った。
オルゾは問う。
「誰かつけまわしているのはいたか?」
「いたね。だからマリーちゃんのとこ寄って、楽しんでる振りして裏から抜けてきた」
マリーちゃんは娼婦を示す隠語である。売春の元締めは名誉ある者の仕事ではないと忌避され、オルゾの部下にこそいないが、オロトゥーリア組にも女衒をしている者はいる。
そういうところに組の者がいればこういう時に有用であるのは間違いない。つまり、一晩程度姿をくらますには最適ということだ。
なるほど、アキッレーオの身体からは酒と煙草、それに甘ったるい香水の残り香がした。
「酔ってはいないだろうな?」
「ちょっと口つけただけさ」
それは仕方ない。そういった場で飲んでなければ、監視する側からすれば明らかに不自然に見えるだろう。
「今日中にナポリまで入るぞ。途中どっかで消臭剤でも買って吹きつけてやれ」
「ういっす」
ハンドルを握るエキーノは笑みを浮かべながら答え、アクセルを踏んだ。
そして車は、今朝リムジンが走ったのと同じ道を行くのだった。




