9 暁月
罅割れた日常が、狂おしいほどに愛おしい。
薄暗い部屋で、二つの液晶画面からあふれる光を浴びながら、あたしは悦に浸った。
時刻は午前0時過ぎ。報道番組では今夜もまた、テンプレのようなトップニュースが華やいでいる。
『I市会社員刺殺事件』の模倣犯罪。
また、『信者』が事件を起こした。
テレビから今度はパソコンへと視線を流す。並行するように、この下卑た世界も華やぎだす。
[信者キター]
[県外進出二件目]
[みんな病んでますなあ]
[北海道はよ]
[ついにJC参戦www]
今回は東北の女子中学生か。同級生の男子生徒に薬品をぶっかけたとかで大々的に報道されている。どうにも、『信者』は若い女が多い。納得できなくもないけれど。
みんななりたいんだ。第二の「名塚月乃」に。
テレビとパソコン、二つの液晶画面の光を浴びて、あたしは悦に浸る。
堪えきれない恍惚を指先に集めて、キーボードをたたいた。
「[誰が最初に なるかな]、」
「[第二の 名塚月乃 に]。」
反応は面白いほど早く返ってくる。
[次はわたし] [やってみせる]
[どうやって手に入れようか]
[貫いてみせようか]
[私が一番きれいにつかんでみせる]
[誰にも邪魔されない 愛を]
[まっとうしてみせる]
[名塚月乃に一番近いのは わたし]
「…………ふふっ……あは、
あはははは…………あはっ、あはははははははははは……!!」
恍惚が体中を蝕んで、高笑いとなって溢れた。
「あはははははははははははははははははははははははは!」
月乃ちゃん。
あなたは今宵も、生き存えたわ。
最初は、ほんの僅かな賛同しか得られなかった。
[名塚月乃は 殺人犯なんかじゃない]
ネット上でどんなに月乃ちゃんを庇っても、擁護する書き込みをしても、やれメンヘラだやれ厨二だ、それが大多数で批判はやまず、まさに焼け石に水でしかなかった。
変化は徐々に表れた。
少なからず身を潜めていたであろう『支持派』たちが、あたしの懲りない名塚月乃擁護に賛同し始めたのだ。擁護の言葉は膨れ上がれば膨れ上がるほど、勇気なのか便乗なのか、更に更に支持を集めた。
いつの日か、『支持派』たちは『信者』と呼ばれるようになっていた。
そしてついに、『信者』の中から模倣犯が現れる。
一人目を皮切りに、二人目、三人目と、意中の相手に危害を与える女たちの犯罪が頻発した。
皆、十代二十代の若い女ばかりだった。皆、口を揃えて「名塚月乃」の名を口にした。
まったくこの世界はどこまでも下卑ている。
『信者』による模倣犯罪が起きてからというもの、ネット上ではそれを種に新しい祭りが華やぎだした。
かつて『I市会社員刺殺事件』に悪意や好奇を向け、軽蔑と罵倒を吐き、歪な正義を振り翳していた者たちは、すっかり『信者』たちの模倣犯罪に注目の場を移していた。
それならそれで、かまわない。
あたしには好都合だ。
誰でもいい。何人でもいい。もっともっと拡がってゆけ。
「……名塚月乃に、蝕まれてしまえ。」
あの子はあたしの劇薬だと思っていた
だけど、ほんとうは、違っていた
あの子は、月乃ちゃんは、名塚月乃という女は
思想も、苦悩も、孤独も、愛情も、彼女そのものも
あの子は毒だ
猛毒だ
最初に飲み込んだのは、あたし
あたしは今日も『信者』を産む
名塚月乃を支持する少女たちを
猛毒に侵された女たちを、唆す
あたしが あたしが産むんだ 『信者』たちを
この毒よ どうか一人でも多く 拡がっていけ
ああ なんて誇らしい
あたしが最初の 名塚月乃の 『信者』
これがあたしの証 あたしの母性
あたしの 最愛
ひずるさんを巻き込もうと
雨宮先生から奪い取ろうと
桂木さんを騙しぬこうと
道を外そうと
あたしはこの愛をまっとうする
これは全部 ぜんぶぜんぶ
愛する息子のためなのよ
子どもたちのためにやっているのよ
一人でも どうか一人でも多く
どうか おねがい
この毒を のみこんで
あいしているわ 月乃ちゃん
隣の部屋から赤ん坊の泣き声がした。今夜も、星史の夜泣きは絶好調みたい。
さあて。おっぱいをあげに行こう。
あたしはテレビを消して、パソコンをそっと閉じた。