3−2: 若者と教父
簡単な、ただのブース。オフィスのキュービクルよりも背は高く、天井もついてはいるが。番号を呼ばれて中に入ると、小振りな机、そして椅子が二脚あるだけだった。その片方には教父が座っている。いつもの、何回めかのカウンセリングだった。
教父に、私にわかる範囲での私の状態を伝えた。鬱になるのははじめてではない。医師に言われたように、本来なら入院が必要というほどの状態ははじめてだが。カウンセリングで教父に回されたのも、そういうことが関係しているのかもしれない。自分の状態を不足なく伝えらえる。おかしなものだと思う。状態は悪いながらも、その状態を自分で判断できると考えられたのだろうか。その自信があるとは思えないが、できないとも、できていないとも思わない。
「では、最後に祈りますか?」
教父はそう訊ねてきた。もちろん、笑いながら。私が祈りなどしないことはわかっている。
「祈りはしないよ。でも、訊ねたいことがある」
教父はうなずいた。
「あの若者についてだ。どこまで彼に話してあるんだ? それとも、こう聞いたほうがいいかな。どこまで彼を巻き込むつもりなんだ?」
教父は私の目を見て、しばらく黙っていた。
「彼はプロジェクト・フランシスを知っていた。私には話していなかったな?」
「えぇ」
教父はロザリオを指で繰った。
「どこまで彼を巻き込むつもりなんだ?」
「どこまででも」
ロザリオを掌に納めて言った。
「どこまででも巻き込みますよ」
「あの連中がいるのにか?」
「先生。私があの若者を巻き込んだわけではありません」
「それなら、私か?」
あの若者が「そこなら僕にもお手伝いができます」と言ってきたときを思い出した。あそこで断わっておいたほうがよかったのだろうか。
「いえ、先生がではありません。この状況が、です。もし先生がかかわっていたとしても、それはただ最後のきっかけだったのでしょう」
ただの私の趣味としてやっていればよかったのかもしれない。避難所には欠ける、そして似合ってもいないが、ただの趣味として。
「教えてくれ。プロジェクト・タデオはあるんだろう?」
私は教父を見た。教父も私を見た。
「言うとするなら、プロジェクト・エムのPhase 0だ。信仰を失なわない科学者を確保すること。それは最初は意図的なものではなかったもしれないが」
教父は黙っていた。
「あの若者も、それに巻き込むのか?」
それでも教父は黙っていた。
「終らないかもしれない、この…… この…… 戦争に」
「えぇ、巻き込みます」
教父ははっきりと答えた。
「終らないかもしれないからこそ、巻き込みます」
教父はもう一度はっきりと答えた。
「だからこそ、次世代が必要です」
「彼を守れるのか!? あんな連中がいるこの世界で!?」
「教えの御心のままに。ですが、先生、一つだけお訊ねします。守りたいのは彼ですか? それとも知識や知性ですか?」
私は黙るしかなかった。
だとしても、誰かが犠牲になる前提であっては…… いや、違う。それは私の考えではない。私の考えは。誰を犠牲にしようと…… ただ私が犠牲になればというのと、誰を犠牲にしようとというのではなにが違うだろう。確かに違う。私が犠牲になればいいというのは、ただ無責任なだけだ。あの若者を利用しても、やらなければならない。
「でも、一つ付け加えておきます。あの若者は、プロジェクト・タデオに巻き込まれたわけではありません。彼から参加してくれたんです」
顔を上げ、教父を見た。
「本来のプロジェクト・タデオとは性質が変わってしまったかもしれないことも、危険だということも話しました」
「そうなのか」
「えぇ。彼は言っていましたよ。先生は彼にとってのι(イオタ)の老人のようだと」
ポケットの上から、中に入れてある本に触った。
「正体不明の? それとも私には奇行でもあるのかな?」
「さぁ。それはわかりませんが」
教父はそう言って軽く笑った。私も笑った。
「彼の話を聞いている人たちからも、後継者は生まれるだろうか?」
「もちろん、生まれます」
「プロジェクト・フランシスの状況になっても?」
「先生、知っていますか? 私たちは権力と取り引きするのも、そして隠れるのも得意なんですよ」
私と教父はもう一度笑った。
「では、祈りますか?」
教父は笑みを浮かべたまま言った。
「あぁ、祈ろう。教えにだろうと何にだろうと祈ろう」
そうして、私は教父の言葉を復唱して祈った。私の初めての祈りだった。




