あわや!
霊感少女で、妖怪始末人の彼女・ゆすらと甘い生活を送っている翡翠。
帰ってきた居候・猫又の一牙も加わってちょっと一波乱のご様子。さらに、ゆすらの(数少ない)人間の友達が遊びに来ることになって!?
今日のゆすらは、なんだか忙しそうだ。
掃除機とやらをかけたり(床に寝ていて、2度ほど轢かれたが。)窓を拭いている。
「なあ、誰か来るのか?」
窓を拭いているゆすらの膝に、小型化した翡翠が、ちょこんと前肢を乗せた。
「友達が来るのよ…ここ最近、掃除サボってたから、やりごたえあるなぁ」
腰を擦るゆすらに、翡翠は人の姿に戻った。
「友達って、人間のか?」
言われて、ゆすらは一つ瞠目した。
したが、職業柄、人間より、妖怪の知り合いの方が多いので、特に気にはしない。
「そう、綾子っていうの。旅行の時に一緒にいた子よ」
翡翠は朧に、ゆすらがあの時、人を待たせていると言っていたのを思いだした。
「ああ、あの時のな」
「で…お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「願い?」
嫌な予感に、翡翠は小さく身震いをしたのだった。
「なんでだよ、フツーの兎のふりしろって…無理だって!」
「お願いよっ、だってビックリするでしょ?ペットは喋らないの。インコか鸚鵡以外はね」
「じゃ、念話ならいいか?よっぽど鋭いヤツじゃねぇと聞こえない」
不機嫌に、鼻の頭にシワを寄せる翡翠を、ゆすらはそっと撫でてやる。
「ええ。悪いけど、そうしてちょうだい」
「仕方ねぇなあ、じゃあ報酬は…」
言った瞬間、唇に柔らかな感触。
啄むような優しいキスに、翡翠は、目を剥かずにはいられなかった。
「これで、どう?」
へたり込んだ彼を抱き締めて、悪魔的に、ゆすらはにっこりと微笑んだ。
「…分かったよ」
彼女の腕の中で、翡翠の姿が歪む。
小兎になると目を閉じ、スリスリとゆすらの胸に甘えた。
「っか‐―――‐‐っこの、どスケベ…」
どこからか聞こえた一牙の声に、翡翠は慌てて飛び起きた。
「なっ…てめえ、見んじゃねーっ」
赤毛の子猫になっている一牙は、テレビの上に寝そべりながら、翡翠を茶化す。
もしその時、翡翠が人型だったなら、やかんの様にまっ赤になっているだろう事は、ほぼ間違いないだろう。
「ゆすらも、なーんで…こんなガキがいいのかねぇ」
「るせえっ、年増は縁側で伸びてろってんだ!」
翡翠も、負けじと背中の毛を逆立てて毒を吐く。
「おう、やんのか?ガキんちょ…」
ぎゃいぎゃい、とやかましい二匹。
犬猿の二匹を放置しておいたら、どんなことになるか分かったものではない。
「あぁ、こら…やめなさい、二人とも。翡翠もね、いい子だから」
と、ゆすらが二匹を止めた瞬間、同時に呼び鈴が響いた。
「おでましみたいね。は‐――‐い!」
「う゛‐――――‐‐」
翡翠は、鼻の頭に最大級のシワを寄せていた。
なにを隠そう、不機嫌なのだ!
ゆすらの友人(綾子とかいうヤツ)は、どうやら無類の動物好きのようだった。
こっちが疲れるほど、執拗に構ってくるのだ。
「あら、ウサちゃんがいる!だっこしてもいい?」
綾子は手放しに喜ぶと、翡翠を抱きあげた。
「うん、この子、翡翠っていうのよ?」
(怒ってるわね、大丈夫かしら?)
ゆすらは内心、一人ごちる。
(ウサちゃん!ウサちゃんだってよー…ああ、腹いてぇ)
テレビの上で笑い転げる一牙に我慢できず、翡翠は前足で、シッシッという仕種をした。
(うるせえな、バカ猫…どっか行きやがれ!)
「プフっ…」
「おとなしいねぇ、よしよし…」
いきなり、ムギュウゥ、と頬を寄せてきた彼女に、翡翠は慌てて顔をそむけた。
(ぶへっ…オイゆすら、コイツ、なんか臭ぇ!鼻につーんときたっ)
花か、なにかとも異なる臭気が、翡翠の小さな鼻を灼いた。
内心、早く離して欲しい、と切に願う翡翠である。
(ゆーすーらー…早くどうにかしてくれ、鼻がもげる)
「あ、綾子…翡翠、そろそろ返してもらってもいい?」
ゆすらが、助け船を出して受け取った翡翠は、心なしかぐったりしている様だ。
「うん、またね、翡翠ちゃん」
名残惜しげに、綾子は翡翠を一撫でした。
(ちゃん、じゃねえっ…俺ぁ男だ!)
床に降ろしてもらった翡翠は、念入りに、身繕いを始めた。
「嫌われたかな?」
「ううん、大丈夫。あの子、人見知りするのよ」
ははは、と軽く笑って誤魔化すが、翡翠の視線が痛い。
(怒ってる、すっごく怒ってる…)
「そっか…」
なにか、寂しげな雰囲気になってしまったので、ゆすらは急に素っ頓狂な声をあげた。
「あ、ちょっと待ってて…あたしったら、お茶も出さないで。淹れてくるね?」
ぱたぱた、と台所に走っていったゆすらを見送って、綾子は、足元に寄ってきた猫一牙を抱き上げた。
「ねえ、ゆすら…なんか変わったよねえ?」
一牙は、にゃあと鳴いて、曖昧に相槌をうってやる。
『それは、俺にも分からねぇ』と、左右色ちがいの瞳を、三日月の形に細めて見せた。
「一牙と、なに話してたの〜?」
蓬色の湯飲みにお茶を注ぎながら、ゆすらは上機嫌に尋ねた。
「二人だけのナイショ。ねっ、一牙」
困ったように、ぶみゃあ、と鳴いた一牙には、後でたっぷりと事情聴取を受けてもらうことにして、ゆすらは『そう』と笑みを返した。
「そうそう、ゆすら…サークルの話なんだけど、あんまり顔出さなくなったじゃない、どうしたの?」
テーブルの下でぶすくれていた翡翠は、どうも話について行けないようで、頭には無数の、クエスチョンマークを浮かせている。
(さ、さぁくるって、なんだ?)
「バイトとか、最近忙しくてね」
(誤魔化し、きくかしら…)
内心、またもハラハラしたが、これも通ったようだ。
「そうなんだ、ここだけの話なんだけど、アンタ、結構モテてたじゃない?ほら、あの…え〜っと、なんていう名前か忘れたけど、サークルの男連中の中で、アンタに気があるってヤツ。そいつに、昨日しつこく聞かれちゃってさ…」
(ぬぁにっ!?ゆすら、本当かっ)
勢いよく起き上がった瞬間、すこんっ、とテーブルに頭をぶつけた翡翠は、危うく声を出しそうになり、なんとか、鼻を鳴らしてその場を誤魔化した。
(ぬおぉぉ‐‐――――‐‐っ、俺という男がいるってのに〜っ)
テーブルの下で、頭を抱えて苦悩する翡翠だが(一見には、痛がっているように見える。)、ゆすらの一言に、ぴたりと動きを止めた。
「困るわ…それに、余り憶えてないのよ。誰がいたかなんて」
「代わりに、断っとこうか?」
「ええ、そうね、お願いするわ」
うるうる、と大きな瞳を潤ませる翡翠。
まったく、現金なものだ。
ほっ、と安心した様子のゆすらに、綾子は、にんまりと笑った。
「アンタの好きな人って、どんな人?」
「えっ、なっ、なんで?!」
まさか、聞かれるとは思っていなかったのだ。
ゆすらは、酸素不足の金魚のように、口をぱくぱくさせた。
「分かるわよぅ、それくらい…アンタを見てればね。なんか雰囲気が変わった、柔らかくなった、っていうのね」
そろそろ、とテーブルの下から出てきた翡翠が、グイグイとゆすらの腕の中に頭を押し込む。
居ずまいを整えると、幸せそうに目を細め、ペロペロとゆすらの頬を舐めた。
(ここにいるだろ?ここに…)
「そうね、我が儘で、口が悪くて、態度もでかくて…」
彼女の言葉に、少なからずめり込む翡翠。
「でもね、好きなの」
「こりゃ、かなり重傷だわね…」
うっとりというゆすらに、綾子は呆気にとられる。
しかし、少し違和感を感じて、綾子はゆすらを見た。
(この子の想い人って、まさか…)
いや、正しくいうなら、ゆすらに熱烈なキスをしている翡翠をだ。
彼女といて、平気な男がいるだろうか?
失礼な考えだが、見えないモノが見える彼女なら、あり得ないことではない。
なぜか、こういう『カン』だけは鋭い綾子である。
「それって、まさか…この子?」
綾子は、翡翠を指さす。
がちんっ、と一気に石化するゆすら。
翡翠は相変わらず、熱烈なキスをくり出している。
石化したが、なんとか持ち直し、誤魔化し通すことに成功した。
「やあだ、なに言い出すかと思えば…この子は、あたしに懐いてるだけ。好きな人は、別よ」
「そう…?あんたのことだから、てっきりその子が妖怪で…とか言うかと思って」
「なに言ってんのよ、もう」
(う〜ん、さすが…鋭い、全部あってるわ)
誤魔化すことに精一杯で、違う意味で目を潤ませている翡翠に、ゆすらは気づかない様だった。
綾子が帰った後、一番苦労したのが、拗ねた翡翠のフォローだった。
「どーせ俺なんて…」
とか何とか…。
始終、夜のベッドの中で呟かれては、堪ったものではない。
「も〜…だから、ゴメンて言ってるじゃない」
「すげぇ、傷ついたんだけどなぁ〜…」
子供のように聞き分けのない彼に、泣きそうになる(すでに半ベソ)。
「も〜…いい加減にしてよぉ」
翌日、ゆすらは、腰痛で起きあがれなかったという。
人生…楽あれば、苦あり。
ここは一つ(どういう数え方だ…)、のんびり行きましょうや?
こんばんわ、維月十夜です。
読者様方、ここまでご苦労様です。
今回の『のんびり行こうよ?』ちょっと翡翠×ゆすらの、なにげに18禁ぽくなってしまいました…。
知識もないクセに、稚拙ですぅ(>_<)
こんな作者でもよろしければ、今後ともよろしくです。
それでは、失礼致します。