第72話 セラの今後
儀式場の外では、弔いの準備が進められていた。
壊れた柱から使える木材を選び、祭壇へ運ぶ者。小さな魔力灯を修復する者。
白い花を摘み、亡くなった者たちの名前が刻まれた木札へ添える者。
誰もが疲れて、家族を失った者もいる。
それでも、手を止める者はほとんどいなかった。
「こちらの花は墓地へ。残りは祭壇に」
セラは作業を続ける眷属たちへ指示を出していた。
先ほどまでの疲労は完全には抜けていない。
それでも、里を統べる者である自分が休んでいるわけにはいかなかった。
「セラ様」
背後から声を掛けられる。
振り返ると、長老が立っていた。
「どうしたの?」
「少々……お耳に入れておきたいことがございます」
「分かった」
長老の表情は暗い。
セラは近くの眷属へ作業を任せ、人の少ない場所まで移動した。
「それで?」
「先ほど、里の北側の捜索が終わりました」
長老はそこで一度言葉を切った。
「過激派に属していた者たちの遺体が発見されました」
「……何人?」
「確認できたのは四名。いずれも……アリス・ルノワールが召喚した龍の攻撃に巻き込まれたものと思われます」
「そう」
セラは短く返す。
過激派──始祖の復活を願い、自分の統治を否定してきた者たち。
セラを殺そうとした者もいた、里の穏健派へ手を出した者もいた、自分も彼らを何度も処罰してきた。
必要なら拘束し、里の者を害した者には容赦もしなかった。
それでも──。
「……全員?」
「いえ」
長老が首を横へ振った。
「名簿と照合したところ、一名だけ所在を確認できておりません」
「誰?」
「ラグナです」
セラは僅かに目を細める。その名前には覚えがある。
以前から始祖への信仰が強く、何度注意しても思想を改めなかった男だ。
だが、最近は表立った活動を控えていた。
「里の外へ逃げた可能性は?」
「否定できません。しかし、外へ続く通路にも痕跡はありませんでした。瓦礫の下にいる可能性もございます」
「捜索は続けて」
「承知いたしました」
長老が頭を下げ、セラは運ばれていく木札へ視線を向けた。
過激派と呼んでしまえば簡単だった。
だが、彼らにも名前があった。
かつては同じ食卓を囲んだ者もいる。
始祖へ縋るようになった理由だって、理解できないわけではない。
短い寿命といつ死ぬか分からない恐怖と人間に見つかれば迫害される日々、何百年経っても状況を変えられない自分。
彼らにとって、始祖という圧倒的な存在へ縋ることは、一つの希望だったのかもしれない。
(……生きていれば)
カナデが現れた。
先ほどの儀式で、十人の眷属の魔力劣化を抑えることにも成功した。
まだ完全な解決ではない。
それでも、未来は変わり始めている。
始祖へ縋らなくてもいい未来を、彼らにも見せられたかもしれない。
「……セラ様?」
長老の声で我に返る。
「なんでもない。四人の墓も用意して」
「……よろしいのですか?」
長老が目を見開いた。
「彼らは、我らの同胞を手に掛けた者たちでもございます」
「知ってる」
「セラ様ご自身の命を狙ったことも」
「それも知ってる」
セラは淡々と答えた。
「生きていれば罰した。でも、もう死んだ」
墓地の方角を見る。
あそこには、自分の両親とこれまで見送ってきた眷属たちもいる。
「思想が違っても、罪を犯しても、彼らがこの里で生きたことまで消す必要はない」
長老は暫く黙っていた。
やがて深く頭を下げる。
「……承知いたしました」
「他の人と同じでいい。特別扱いもしない。粗末にも扱わない」
「はい」
長老は渋々頷く。
再び弔いの準備にかかろうとした時──。
「セラ様、もう一つございます」
「なに?」
「封印庫を確認したのですが……」
その声に、セラの眉が動いた。
「始祖様の心臓が、ありません」
「……え?」
初めて、明確にセラの表情が崩れた。
「どういうこと?」
「分かりません。封印庫そのものが大きく損壊しております。龍の攻撃が直撃したものと思われますが……」
「残骸は?」
「見つかっておりません」
セラは言葉を失った。
始祖の心臓──500年前、始祖が封印された際に肉体から切り離され、それでもなお活動を停止しなかった異物。
復活を防ぐため、代々この里の最深部に封じられていたもの。
「……焼失した可能性は?」
「十分にございます。あれほどの攻撃です。封印ごと消し飛んだとしても不思議ではありません」
「……周辺の捜索を」
「既に行わせております。しかし……」
「見つからない?」
「はい」
嫌な感覚が胸に残る。
過激派は、始祖の復活を目論んでいた。
その中で、一人だけ所在が分からない過激派の一人。
始祖の心臓も消えている──。
「……今は、焼失した可能性が高いと考える」
「よろしいのですか?」
「里全体が混乱してる。憶測で皆を不安にさせる方が危険。ただ、捜索は続けて。ラグナも、心臓も」
「承知いたしました」
長老が今度こそ去っていく。
「…………」
一人残されたセラは、静かに目を閉じた。
過激派の死、消えた一人、失われた始祖の心臓。
嫌なものが、少しずつ繋がろうとしている。
だが今は──。
「……弔いが先」
自分へ言い聞かせるように呟き、セラは再び歩き出そうとした。
「セラ様」
今度は聞き慣れた女性の声だった。
振り返ると、そこにはニアとフレイアが立っていた。
さらに少し離れた場所には、ミリウスもいる。
「……なに?」
「少し、お話があります」
フレイアの表情は真剣だった。
「我々とセラ様の今後についてです」
「今後?」
「はい」
セラは三人を見比べた。
「分かった」
◇
「単刀直入に申し上げます」
人目の少ない建物の裏手で、フレイアはセラへ向き直った。
「セラ様、里の復興が終わり次第、あたしたちと一緒にクロフォード王国へ来ていただけませんか?」
その言葉に、セラは瞬きをした。
「私が?どうして?」
「今回、アリス・ルノワールがここまで直接乗り込んできました」
フレイアの表情が険しくなる。
「もう、この里だけで全てを隠し通す方が危険だと思います」
「でも、クロフォード王国は吸血鬼を敵視してる」
「承知しています。だからこそ、全てを公表するつもりはありません。セラ様の存在も、吸血鬼の里についても、知る人間は極力限定します」
「誰に話す?」
「まず、アルドルフ様とアルフェン様です」
セラの指先が僅かに強張った。
アルドルフ・クロフォード──今の吸血鬼にとって、最も警戒すべき人間の一人。
「……カナデのことも?」
「はい。彼女が吸血鬼の血を引いていること。“繁栄の巫女”として覚醒したこと。そして、この里で起きたことも」
「……なあ、フレイアさん」
ニアが横から口を挟む。
「本当にそれでいいのか?カナデが軟禁される可能性だってあるんだろ?」
「だからこそ、ミナトくんにも同席してもらうわ。ここまで状況が動いた以上、後から知られる方が危険よ」
「……まあ、後から『第二王子まで関与して隠蔽していました』なんて発覚した方が面倒か」
「ええ。だったら最初から、信用できる相手にだけ事情を明かした方がいいわ」
セラは黙って聞いていた。
人間の国へ行く。
しかも、吸血鬼を何百年も敵視してきたクロフォード王国へ。
「……なあ、セラ」
ニアが呼びかけた。
「怖いか?」
「………」
以前なら、きっと誤魔化していた。
怖くない、問題ない、自分なら逃げられる。
そんな言葉を並べていたはずだった。
だが──。
「……怖い」
素直に答えた。
ニアが僅かに目を見開く。
「人間は、怖い。特にクロフォードは……私の同胞を殺してきた国」
「……そうだよな」
「でも、逃げ続けても、何も変わらなかった」
500年間、何度も里を作った。
何度も失い、人間から隠れ続け、それでも今日の惨劇は防げなかった。
「セラ様、怖がる必要はない……とは言いません。あたしにそんなことを言う資格もありませんから」
フレイアが一歩近づく。
エアハートで父を失い、自らその最期を選んだ彼女だからこそ、セラの気持ちは分かるつもりだった。
「でも、今回のことで分かったはずです。隠れているだけでは、アリスは止まりません」
「……ん」
「なら、一度こちらから動きましょう」
フレイアが少しだけ微笑んだ。
「それに、万が一……いえ、億が一があっても、こちら側にはミナトくんがいます」
「ミナト……?」
「はい。あの人なら、きっとセラ様の力になってくれます」
その言葉に、セラの胸が僅かに揺れた。
──よく頑張ったな。
墓前でかけられた言葉。
思い出すだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
人間は怖い。
クロフォード王国へ行くことだって、今も恐ろしくて堪らない。
それでも、あの時の声と温もりを思い出せば──ほんの少しだけ、前へ踏み出せる気がした。
セラは無意識に胸元へ手を添え、小さく頷いた。
「……ん」
その表情が僅かに和らいだことに、本人だけは気づいていなかった。
「……フレイアさんさ」
ニアが半眼になる。
「結構ミナトの影響受けてねえか?いざとなったら、あいつに全部ぶっ飛ばしてもらおうとか考えてねえよな?」
「そ、そんなこと考えてないわよ!」
「今、一瞬詰まったぞ」
「詰まってない!」
フレイアが珍しく狼狽える。
「ただ!アルドルフ様が万が一セラ様を敵と判断しても、ミナトくんなら止められるってだけよ!」
「……それを『ぶっ飛ばしてもらう』って言うんじゃねぇの?」
「違うわよ!」
「なるほど……」
それまで黙っていたミリウスが微笑んだ。
「実力主義のクロフォードらしい、実に素晴らしいやり方ですね」
「ミリウスさんまで変な言い方しないで!」
フレイアが頭を抱える中、セラは三人を眺めていた。
クロフォード王国──その名前を聞くだけで、以前なら警戒しか覚えなかった。
今も怖い。
アルドルフと対面することを想像すれば、逃げ出したくなる気持ちもある。
それでも──。
「……キミは私がクロフォード王国へ行くことに反対しないの?」
「現状を考えれば、合理的かと」
セラに問いを投げられたミリウスは淀みなく答えた。
「アリス・ルノワールがこの里を把握した以上、帝国が再び干渉してくる可能性は高いでしょう。クロフォード王国との情報共有は必要です」
「キミは私を殺そうとしてたのに?」
「状況が変わりましたので」
ミリウスは涼しい顔で肯定した。
「それに、あなた様が本当に人類との共存を望んでいるのであれば、アルドルフ様と直接対話することには意味があるでしょう」
「……意外」
「私を何だと思っているのです?」
「性格の悪い糸使い?」
「……訂正してください」
「性格の悪い優秀な糸使い?」
「……そこではありません」
ニアが噴き出すと同時に、フレイアも困ったように笑った。
500年間、閉ざされ続けてきた世界にセラの世界。
しかし今、ようやく、新しい風が吹き始めていた。




