第40話 戦いが終わった後
あの日から一週間が経った。
俺たちは一度エアハートを離れ、クロフォード王国へと戻っていた。
王城の謁見室。
俺の視線の先では、フレイアが親父――クロフォード国王アルドルフの前に膝をつき、一連の事件について報告している。
学院の制服ではなく、今の彼女が身に纏っているのは簡素な白いドレスだった。
いつも下ろしていた白銀の髪も丁寧に整えられ、外見だけなら普段通りの王女に見える。
「……そうか」
親父は低く唸るように返した。
相変わらず何を考えているか読めない表情だが、眉間には深い皺が刻まれていた。
「まさか、あのエルドリック殿が……大変だったな、フレイア王女」
「いいえ。この一件、ミナト様をはじめ、カナデさんやミリウスさん、多くの方々の協力があったからこそ食い止めることができました。私一人では……何もできなかったと思います」
フレイアの声は落ち着いているが。微かに震えていた。
一週間──それが本人にとっては長かったのか、短かったのか。
実の両親を殺した犯人が、十年以上父と信じ続けてきた男だった。
しかも最後は、自分自身の手でとどめを刺した。
「ミナト、ミリウス、それにカナデもご苦労だったな」
「いえ……」
「ありがとうございます、アルドルフ様」
俺は適当に答え、カナデは笑顔で応じる。
ミリウスは無言のまま跪いていた。
「それで、現在のエアハートは?」
「はい。王家主導の統治体制は一時停止され、現在は有力貴族、騎士団、商業組合などから代表者を選出した臨時評議会が発足しています。まだ正式な政府と呼べる段階ではありませんが、治安維持と被災地域の復旧を最優先に動いています」
フレイアが淡々と説明を続ける。
「アルドルフ様より送っていただいた食糧や医薬品も既に各避難所へ届き始めています。住居を失った者への仮設施設も建設が始まりました。本当に……ありがとうございます」
「同盟国として当然のことをしたまでだ」
親父が腕を組みながら話を続ける。
「帝国側の工作員については?」
「エルドリックと繋がっていたと見られる人物の拘束が始まっています。ただ……どこまで根が張っているのか、まだ分かっていません」
「……一週間で全て洗い出せるはずもないか」
「はい。逃亡した者も多く、資金や情報の流れも複雑です」
やはりというべきか、エルドリックが何年も前から帝国と繋がっていたのなら、本人一人を倒して全部解決するほど単純な話ではない。
「なら、その辺りはアルフェンに任せよう」
「私に?」
親父の隣に立っていたアルフェンが僅かに目を見開く。
「復興支援の調整、逃亡者の追跡、資金経路の特定。お前の得意分野だろう」
「……承知しました」
アルフェンが静かに頭を下げた。
「エアハート側とも協議し、なるべく内政干渉と思われない形で支援体制を構築します。工作員についても、こちらへ流入していないか確認しておきましょう」
「頼んだ」
やはりアルフェンは俺とは違う。
クロフォード王国は確かに戦闘力を重視した国だが、調整や政治交渉も当然必要になる。
この辺りは下手に俺が出しゃばるより、こいつに任せた方が百倍マシである。
「それで……エルドリック殿については」
親父の声が僅かに低くなる。
「はい」
フレイアの肩が小さく揺れた。
「私自らが……とどめを刺しました」
「……そうか」
短い返答だった。
親父はそれ以上、何も聞かなかった。
それがかえってありがたかったのかもしれない。
フレイアも小さく頭を下げるだけだった。
「今後、君自身はどうするつもりだ?」
「民は、エルドリックの娘として育てられた私を信用してはいません。帝国に情報を流していた裏切り者の娘。そう何度も罵られました」
「そんな……先輩だって被害者なのに」
カナデが思わず声を上げる。
彼女の怒りはもっともだが、民衆というのは残酷なものだ。
真実よりも怒りの捌け口を求め、そこに都合良くフレイアが当て嵌まったにすぎない。
まあ、他国が絡む複雑な事情を全て把握しろというのも無理があるだろうが……。
「王位については?」
「望んでいません」
即答だった。
「元より、私には王家の血は流れていません。今のエアハートで必要なのは、私が王になることではなく、民が自分たちで信頼できる指導者を選べる環境を作ることだと思っています」
「……君の意思を尊重しよう。だが、エアハートとクロフォードを繋ぐ人間は必要だ。君ほど両国の事情に通じた者も少ない。もし君が望むなら、我々も信頼回復のために全面的に支援する」
「……ありがとうございます」
フレイアは深く頭を下げた。
「亡くなった父……」
一瞬、言葉が止まる。
「……いえ。あの者がこの国に残した傷への償いも含めて、今の私にできることを探したいと思います」
父──そう呼びかけて、訂正した。
頭では理解しているのだろう。
それでも十年以上染みついた呼び方までは、一週間で消えてくれないらしい。
「分かった。では復興支援についてはアルフェンと連携してくれ」
「はい」
「それと、無理はするな」
「……え?」
「責任を背負うことと、自分を罰し続けることは違う」
フレイアが僅かに目を見開いた。
親父にしては珍しく、随分まともなことを言う。
「今回の罪はエルドリック殿自身のものだ。君まで全てを背負う必要はない」
「…………はい」
小さな返事だった。
今はまだ、それを素直に受け入れるのは難しいのだろう。
「では、次は帝国についてですが」
空気を切り替えるように、アルフェンが机上の資料へ視線を落とした。
「今回の動きは妙です。表向き、帝国は少し前まで我が国との友好関係を模索していました。それにもかかわらず、同盟国であるエアハートへ工作員を送り込んでいる」
「ルネサンスの件もありますね」
ミリウスが資料を一枚持ち上げる。
「彼女たちは王族及び国家機密に関する情報を収集していました。エルドリック本人と協力していたとしても、帝国側が彼を全面的に信用していたとは考えにくいでしょう」
「それに、交流戦でわざわざミナトを指名した件もあります」
アルフェンが俺を見る。
「君の力量を測ることが目的だった可能性もあるね」
俺は肩を竦めた。
個人的には、あの女がそんな国家的な理由だけで動いているとは到底思えない。
……が、わざわざ言う必要もないだろう。
「いずれにせよ警戒は必要だ」
親父が資料を閉じる。
「魔力とは異なる魔術。紋章。ゲート操作。そしてナオミ殿の研究……どれも放置できん」
「ならば、直接帝国へ?」
「馬鹿を言え」
俺の言葉に親父が苦笑する。
「証拠もなく大国へ押しかければ、こちらが侵略者扱いされるだけだ。まずは情報を集める」
まあ、それもそうか。
流石に浅はかな自分を恥じた。
「フレイア王女。エルドリック殿の研究記録は?」
「書斎は焼失していました。残された資料もほとんどありません。恐らく重要な情報は事前に帝国へ送られていたものと思われます」
「……厄介だな」
親父が深く息を吐いた。
「ひとまず今はエアハートの復興を優先する。ミナト、カナデ、ミリウス。お前たちは数日休暇を取れ。その後、現地の復興支援と警戒任務に戻ってもらう」
その言葉に俺たちが頷くと同時に、話はそこで一区切りついた。
「フレイア王女は今日は城へ泊まっていくといい。部屋を用意させよう」
「ありがとうございます」
こうして長かった報告会は終わった。
そのまま謁見室を出ようとした直後──。
「ミナトくん」
「ん?」
突如として呼び止められて振り返る。
声の主はフレイアだった。
「今日の夜……少し時間をもらえないかしら?」
「別に構わないけど。何かあるのか?」
「……ちょっと、ちゃんとお礼を言いたくて」
そう言った彼女の瞳は僅かに潤んでいた。
「……分かった。夜なら部屋にいる」
「ありがとう」
フレイアは小さく微笑み、そのまま別の廊下へ歩いていった。
「…………」
「どうした?」
隣を見ると、カナデがじっと俺を見ている。
「何話してたの?」
「夜に礼を言いに来るってさ」
「わざわざ夜に?」
「……なんだよ、その顔」
「別にぃ?」
口ではそう言いつつ、明らかに不満そうである。
「ミナト、変なことしてないよね?」
「するわけないだろ」
「ふーん」
「カナデも世話になったんだから、そのうち礼くらい言われるんじゃないか?ほら、行くぞ」
「……はーい」
明らかに納得していない様子のカナデを連れ、廊下を歩く。
窓の外では、夕焼けが王都を赤く染めていた。
しばらく進んだところで、聞き覚えのある声が飛んでくる。
「よう、お二人さん。随分派手に暴れてきたらしいな」
「あっ、ニア!」
壁にもたれていたのはニアだった。
一ヶ月も会っていないわけではないのに、妙に懐かしく感じる。
「聞いたぜ、エアハートの話。ミナト、お前とうとう封印された黒龍まで一人でぶっ飛ばしたんだって?」
「……もうそこまで広まってるのか」
「しかも裏切った国王まで叩きのめしたってな。お前、マジで魔力ゴリラだな。騎士団の中でも、お前のことを見直す奴が増えたと思うぜ」
正直、あんな陰口しか言えない奴らに見直されても嬉しくないんだが……まあいいだろう。
一応は同じ国の人間なんだから、敵対的である必要はない。
「カナデもご苦労さん。確かBランクの魔獣をタイマンでやったんだって?オレも負けてらんねーな」
「ありがと。わたしね、すっごく強くなったよ!なんならもうニアより強いかも!」
「あぁ?てめぇ、随分と生意気なこと言うようになりやがって。今度模擬戦付き合ってやるから覚悟しとけよ!」
「ふふ……望むところ!」
カナデとニアが楽しそうに笑い合う。
この二人のやり取りを見ていると、肩の力が抜ける気がする。
「で、ニアは何か用事があるんじゃないのか?」
「おっと、そうだった。お前ら、しばらく休暇を貰ったんだろ?爺さんから帰ってこないかって誘われてんだけど、明日辺り一緒にどうだ?」
「え?おじいちゃんが?」
カナデが目を丸くする。
爺さん……要するに、この兄妹の育て親である。
「うん、行く行く!久しぶりに会いたいもん」
「お前らってことは、俺も同行して構わないのか? せっかくの家族水入らずだと思うんだが」
「んなこと気にしなくていいって。爺さん、お前に会いたがってたしな」
意外だな。
まあ、以前行った時に歓迎してくれたし、おかしな話ではないのかもしれない。
「そっか。じゃあ、甘えさせてもらうわ」
「やった!久しぶりにみんなで一緒に居られるね」
「じゃあ明日、遅刻すんなよ。ついでに夕飯の買い出しなんかもするから」
三人で廊下を歩きながら、今後の予定を話す。
今回の騒動は終わったが、まだ帝国絡みの事件が起きる可能性は高い。
ひとまず今は、休暇を満喫するとしよう。




