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第38話 残酷な真実


「お……父……様?」


 震える声が、静まり返った路地裏に落ちる。


 砕けた仮面の下から現れたのは、紛れもなくエアハート国王――エルドリック・エアハートだった。


 フレイアは絶句した。


 理解できない。


 理解したくない。


「はぁ……」


 エルドリックが深く息を吐いた。


 そして――笑った。


「ここまで来てバレてしまうか。まあ、もう良いだろう」


 口元が歪む。


「仮の父親を演じるのも、これで終いだ」


「……え?」


 フレイアの思考が止まった。


 聞き間違いだと思いたかった。


「何……言ってるの……?」


 自分でも驚くほど弱々しい声だった。


 身体が震える。


 目の前にいるのは、確かに父の顔をした男。


 けれど、その表情も、声も、眼差しも、自分が知っている父とは何もかもが違っていた。


「フレイア」


 エルドリックが愉快そうに目を細める。


「可愛い可愛い、愚かな我が娘よ。長い間、私の計画のために踊り続けてくれて感謝する」

「あ……」


 頭が痛い。

 脳が目の前の現実を拒絶している。


「どうせお前はここで死ぬ。冥土の土産に教えてやろう」


 エルドリックは何でもないことのように告げた。


「あの日の真実を」

「……あの日?」

「お前の本当の両親が死んだ日のことだ」

「――っ!」


 フレイアの瞳が見開かれる。


 幼い頃の記憶。


 母の優しい笑顔。

 父の大きな背中。


 そして――血に染まった二人の姿。


「……やめて」

「あれはな――私がやった」


 音が消えた。


 フレイアは瞬きすら忘れ、目の前の男を見つめる。


「信じられないか?」


 エルドリックは笑った。


「いや、違うな。信じたくないだけか」

「嘘……」

「事実だ」

「嘘よ……!」


 否定しても、男の笑みは崩れない。


「お前の母、ナオミは優秀な魔力研究者だった。平民出身でありながら、その知識は当時の学界でも最高峰。優秀すぎるが故に疎まれ、追放された哀れな女だ」

「お母……様が……?」

「そして、その才能に目を付けた者がいた」


 エルドリックは自分の手を眺めながら続ける。


「当時の私は騎士団長だった。ある日、極秘の命令を受けた」


 口元が吊り上がる。


「――ナオミの遺体を確保せよ、とな」

「……!」

「あの女を狙えば、当然夫が庇う。ならば二人まとめて始末する必要がある」

「やめて……」

「だから、あの日――」

「やめて!」

「私が直接殺した」

「――――」


 フレイアの中で、何かが壊れた。


 忘れられるはずもない。

 何度夢に見たか分からない。


 血溜まりの中で動かなくなった父と母。


 幼かった自分には、何が起きたのか分からなかった。


 犯人も見つからなかった。


 それでも、その後、自分には新しい家族ができた。


 守ってくれた。

 育ててくれた。


 だから、いつしか思うようになった。


 自分は不幸だったけれど、全てを失ったわけではないのだと。


 なのに──。


「どう……して……」


 掠れた声が漏れる。


「そんな命令……断ればよかったじゃない……!」

「出来るわけがないだろう?」


 即答だった。


「そんなことをすれば――今の私は国王になっていない」

「…………え?」


 あまりにも軽い答えだった。


 命令だから。

 出世のため。


 ただ、それだけ。


 そんな理由で、自分の父と母は殺された。


「その後は実に簡単だったぞ。騎士団長である私が事件の捜査を取り仕切った。当然、証拠など好きに処理できる」

「……そんな……」

「両親を失った幼い少女が一人残った」


 エルドリックがフレイアを指差す。


「それがお前だ」


 フレイアの肩が跳ねる。


「両親を失った哀れな孤児を引き取る騎士団長。素晴らしい美談だと思わないか?」

「ぁ……ぁ……」

「民は感動したよ。人格者だ、英雄だとな。次期国王として支持を集めるのにも随分役立った」


 フレイアの瞳から涙が零れ落ちた。


 あの日、差し伸べられた手。


 初めて「父」と呼んだ日。


 褒めてもらったこと、叱られたこと、剣を教えてもらったこと。


 王女として認めてもらいたくて努力した日々。


 全部、全部――。


「嘘……だったの……?」

「当然だ」


 迷いのない返答だった。


 それが何より、残酷だった。


「お前は便利だったよ、フレイア」


 エルドリックは一歩近づく。


「賢く、勇敢で、努力家。それでいて父親の期待に応えようと必死だった」

「やめて……」

「長い年月をかけ、お前は実に素晴らしい人形に仕上がってくれた」

「もう、やめてよ……」

「私が褒めれば喜び、失望すれば必死に努力する」

「やめてって言ってるでしょう……!」


 声を荒らげても、もう立ち上がる力すら残っていない。


 エルドリックはそんな彼女を見下ろす。


「だが、最後は詰めが甘かったな」

「……?」

「セレニテスなどという学生のお遊びを始め、挙句の果てにクロフォード王国のガキまで招き入れた」


 その言葉にフレイアの瞳が僅かに動く。


「お前は私の“優秀な道具”でいればよかったのだ。最後まで従順にな」


 掌がフレイアへ向けられる。

 禍々しい紫色の魔力が渦巻き始めた。


「この国も既に用済みだ。本来なら、あの日の黒龍襲来で役目を終えるはずだった」

「……まさか……」

「だが、あのガキが余計な真似をした」


 エルドリックの顔から笑みが消える。


「予定は随分狂わされたよ」


 フレイアの脳裏に、一人の少年の姿が浮かぶ。


 彼がいなければ。

 あの日、この国は――。


「もっとも、問題はない」


 エルドリックが片手を掲げる。

 その手の甲に刻まれた紋様が妖しく輝いた。


「アリスとかいう娘から授けられた――この力がある」

「……アリス……?」


 何故、今になってその名が出てくる?


 紋様から溢れ出しているものも、通常の魔力とは明らかに異なる。


 本能的な嫌悪感を覚えるほど、歪で禍々しい何か。


「今の私なら、この国の民を一掃することすら容易い。もはや国王などという肩書きに価値はない」


 エルドリックの瞳に狂気じみた光が宿る。


「私が求めるのは、その先だ。本当の頂点――」


 一瞬、男は何かを思い出したように言葉を止めた。


「……まあいい。これ以上話したところで、お前には理解できまい」


 フレイアは俯いたまま動かなかった。


 もう何も聞きたくなかった。


 信じていたものが、一つずつ壊されていく。


 両親を殺した犯人は、ずっと傍にいた。


 父だと思っていた。

 尊敬していた。

 認めてほしかった。

 そのために努力してきた。


 王女として、娘として。


 なのに──全部、利用されていただけだった。


「…………」


 涙が石畳へ落ちる。


 悔しい。

 憎い。

 殺してやりたい。


 なのに、指一本動かせない。


「我が愛しきフレイアよ」


 エルドリックの声が降ってくる。


「最後くらいは、せめて楽に逝かせてやろう」


 紫色の光が掌へ収束していく。


 フレイアは目を閉じた。

 もう抵抗する力は残っていない。


「我が使命のために――死ね」


 次の瞬間──風が吹いた。


「――なっ!?」


 轟音。


 次の瞬間には、エルドリックの身体が凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされていた。


 石畳を何度も跳ね、建物の壁へ激突する。


「…………え?」


 フレイアは呆然と顔を上げた。


 何が起きたのか分からない。


 ただ、背後から感じる魔力だけは──間違えるはずがなかった。


「悪いな、親子水入らずの会話に割って入って」


 聞き慣れた声。

 フレイアの瞳が大きく見開かれる。


 振り返る必要すらない。


 この声も。

 この魔力も。


 今、この瞬間に現れてほしかったその存在も。


 間違えるはずがない。


「……どう、して……」


 掠れた声が漏れる。


 絶望に沈みきっていたフレイアの瞳に、ほんの僅かに光が戻る。


 そこに立っていたのは――『彼』だった。

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