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中編






 宰相閣下とのデートから数日後。

 また仕事が休みの日なので、今日は電車に乗って、大きなショッピングモールに買い物に来ていた。



(ダメ元だったけど、花粉症の薬、無事に買えて良かったー!人間の国からの輸入品は、供給が不安定だからなぁ)



 ほくほくしながら、エスカレーターで一階まで移動する。


 私が花粉症なのは本当で、外出時は着ぐるみ必須!とか、声が出ない!とかはさすがに盛ったけれど、ネット通販でもなかなか薬が買えなくて、困ることはよくあった。



(まあ、値段が安くなっただけでも宰相閣下に感謝だよね。宰相夫人について調べるまで、輸入品全般の価格改定があの方の功績だなんて、知らなかったな)



 瞑想中に現れたイマジナリー宰相閣下にはお礼を言ったものの、やっぱり本人にもきちんと伝えたいと思う。


 まだ手紙は届いていないけれど、彼ならきっとその文面で、さらっと「また近日中に会いませんか」とお誘いをしてくれるはずだ。


 ほんのちょっとだけ、次に何をしそうか、わかってきたもの。


 手紙がまだな理由も、実は薄々察している。日程を調整しているんだろうなって。


 ツガイ相談所のロビーに置かれた新聞やスマホで、宰相動静を毎日チェックしているから、今日は特に忙しそうだなーとか把握できるのだ。正直、もの凄く便利。


 ただちょっと、保有資産の公開情報は見なければ良かったと後悔した――お金持ちが過ぎるでしょう、あれは!?

 





 一階のセンターコートまで来ると、特にイベントは開催していないのに、ぽつぽつと人がいた。


 中央の大型ビジョンは、流す映像が何もないのか、淡々と議会中継を映している。



(あ、宰相閣下。当たり前だけど、完全お仕事モードだ)



 最近、ずっと脳内を占めている人が、自席に着いて冷静な表情で資料をめくっていた。


 やつれたり顔色悪かったりしないよね、とついその場で立ち止まって、画面越しに確認してしまう。


 公私それぞれの一部分とはいえ、私はツガイである宰相閣下のことを、たくさん知った。

 なのに自分自身に関しては、正体すら隠し続けているこの現状。


 宰相閣下は責めたりしてこないけど、いくらなんでもフェアじゃないというか、誠実さに欠けるというか――考えれば考えるほど、良心がちくちくと痛む。



 そうして私が立ち尽くしている間も、議会では質疑応答が行われていた。


 獣人国では獣種の特性上、体がとても大きな議員や動きがゆっくりな議員もいるので、席は一つ一つ離れている。


 マイクは、数ヶ所に卓上型のスタンドマイクが設置されている以外は、複数のハンドマイクを近くの議員が共有で使うルールだ。


 すると何が起きるか。そう、マナー違反の割り込み発言ですね。


 若手議員が質問しているのを遮って、野党の重鎮であるサイ獣人の議員が、横からそのマイクを奪い取った。

 キィン、と高いハウリングが発生する。



『そんなことでは生温い!良いですかな、そもそもこの件については――』



 与党も野党も関係なく、その場にいる全員がうんざりした雰囲気になる。

 このサイ議員のおじさん、後援会とかの支持基盤が強いから長年続けていられるけど、失言王で有名なんだよね。



『――というわけです!聞いておられますか、宰相!?』



 バン!と興奮して机を叩いたかと思うと、突然宰相閣下を名指しする。


 そんなサイ議員を一瞥してから、机上のスタンドマイクをオンにした宰相閣下は――すっっっごく面倒くさそうな態度を隠しもせずに、発言した。



『簡潔に願います』


『はぁ!?ですから、そのような方針では納得できないと、私は常々――』


簡潔に願います(うるせえだまってろ)



 ブフッと噴き出す音が聞こえて周囲を見ると、ベンチに座っていたりちょうど通りすがったりで、私と同じように大型ビジョンを見ていた人たちが笑っている。


 やっぱりみんな伝わったよねー。今の、宰相閣下の心の声。思わず苦笑いをしてしまう。でも次の瞬間、



『ぐぬぬっ!こ、これだから――これだから、ツガイもいない若造はダメなんだ!!』



 苦し紛れに飛び出したとんでもない暴言に、議場もセンターコートも、一瞬でしんと静まり返った。


 え、今のって――ツガハラだよね?


 ツガイハラスメント。獣人に対する、最大級の侮辱行為。いついかなる状況でも、絶対に言ってはいけない言葉。


 数秒後、状況を理解して一番最初に動いたのは、失言王の隣にいた若手議員だった。


 ドン引きの形相から一転、慌ててサイ議員に飛びついて、ひったくるようにしてマイクを奪い返す。

 それに老害らしく文句を言おうとしたところで、



『貴様、何を――グァッ!?』



 もの凄い勢いで吹っ飛んできた机がぶち当たって、サイ議員は派手な音とともに、議場の床へと転がった。


 その場にいる全員が、サッと同じ方向を見る。


 自分の席に着いたまま、とても美しい笑顔で微笑む宰相閣下――の、隣の空席。その机が、綺麗さっぱり消えていた。



『アイタタタ……宰相!机を投げつけるとは、なんて無礼な男だ!政治家の風上にも置けん!』


『おや。唐突に自己紹介なんか始めて、どうされました?それにしても災難でしたね。勝手に飛んでいった机に、運悪く当たってしまうだなんて』


『な、な――チャレンジ!スローモーション映像の、リクエスト権を行使するっ』



 勝手なことを言い始めたサイ議員に、野党連合から怒号が上がった。


 獣人国の議会は乱闘が多く、スポーツの試合でよくある、スーパースローによるコマ送り検証を要求できるシステムがある。


 けれど、それにはもちろん回数制限があって、各陣営一日二回まで。


 どのタイミングで使うかは、話し合いが必要、という決まりだった。それをこのツガハラおじさんは、独断で。



『構いませんよ。与党側は行使を認めましょう――議長?』


『質疑応答、待った!これよりチャレンジ制度による、ただ今の出来事の状況確認を行います!』



 視線一つで、いきり立つ味方の議員を黙らせてから、宰相閣下は議長を促した。


 両手でタイムのポーズをとった議長が大きな声でそう宣言すると、議場の壁に、投影用のスクリーンが降ろされる。


 いつの間にか観客が増えたセンターコートの大型ビジョンの前では、スロー検証が始まるのを待ちながら、人々が好き勝手に話していた。



「あんな典型的なツガハラ発言、本当に言う人いるんだー。小学生でもダメだってわかるのにねぇ?」


「机ぶつけられたくらいでガタガタ言うなよ!あんなもん、サイ獣人にとっちゃデコピンみたいなもんだろ!」


「でも意外ねえ。宰相閣下ほどの方が、まだツガイと結ばれていないだなんて。何か事情があるのかしら?」


「あの完全無欠の宰相様の、唯一にして最大の弱点だもんなー。オレら庶民ならともかく、芸能人や政治家は、ツガイがいないってだけで社会的信用ガタ落ちだし――おっ、来たぞ!」



 画面のあちら側もこちら側も固唾を飲んで見守る中で、ゆっくりとしたスローモーション映像が流れだす。

 

 宰相閣下の隣の席の机が、徐々に浮いて、結構な距離を飛んで、サイ議員にぶつかって、真っ二つに割れて――そのどの瞬間にも、宰相閣下の手や足、そして尻尾も、映り込んではいなかった。

 画角まで計算してたんだ、あの人。



『これで、今の事故に私は、何ら関係していないと証明できましたね。ご満足いただけましたか?』


『馬鹿な!この重量だぞ!?トカゲ獣人の尻尾で投げる以外に、飛ばす方法なんてあるわけが――』


『ああ、私の尻尾ですか?それでしたら、ほら。この通り』



 宰相閣下が、何かを拾い上げる――それは綺麗に切り離された、長いトカゲの尻尾だった。



『今朝から自然に切れそうだったのですが、先程貴方が長広舌を振るっていらっしゃる間に切れまして。後で捨てようと思っていたところです。尻尾がこんな状態では、机を投げ飛ばすなんて不可能ですよね?』


『そんな言い分が通ると思うな!どうせ、投げた後に自切したんだろう!?』


『おやおや。信用がないですね。証拠はあるんですか?私がまさにそれをした、決定的な瞬間の映像が――なんでしたら、もう一度行使してみます?リクエスト権』



 片方の手のひらを上にして、ちょいちょい、と指先で招くようなハンドサイン。

 宰相閣下のそれに、盛大に煽られたサイ議員が激昂して突進しかけたところを、大柄な野党議員たちが、総出で羽交い締めにして止めた。


 画面越しにその光景を見つめる、私たちセンターコートの観客。

 その中の誰かがポツリと呟いた言葉が、やけに耳に残った――。



「ト、トカゲの尻尾切りだ……」






 #トカゲの尻尾切り

 #宰相閣下大暴れ

 #ツガハラ

 #失言王ざまあ

 #机投擲チャレンジ

 #ケンカはダメなんだぞ



 帰宅してからSNSを見ると、今日の議会中継に関するワードで、トレンドが独占状態だった。


 獣Tubeでは、緊急で動画を回した尻尾持ち獣Tuberたちが、こぞって机投擲チャレンジに挑む動画を上げている。


 私がチャンネル登録をしている人も、急遽配信枠をとって頑張っているけれど――ハムスター獣人には絶対に無理だから、どうか怪我をする前に諦めてほしい。


 結局あの後も、議会は荒れた。

 というのも、トレンド入りまでした通り、宰相閣下が大暴れして、あのサイ議員を煽り倒すのをやめなかったのだ。



「本当にお気の毒ですね」と言いながら、頭の横で人差し指をくるくる回し。


「かすり傷一つなかったのは、不幸中の幸いでした」と言いながら、肩を竦めて鼻で笑い。


「ですが念のため、お大事になさってくださいね。残りの任期は、ずっとお休みでもいいですよ」と笑顔で言い放ち――最後の一言には、何故か野党の議員たちまでウンウン頷いていた。



 最終的には、実はご臨席してお絵描きを楽しんでいた国王陛下(五歳・好きなおやつはドーナツ)に、



「ケンカはダメなんだぞ、叔父上!」とメッされたので、

「国王陛下の仰せのままに」と、胸に手を当て一礼して、さすがに矛を収めてはいたけれど。



(ずーっと笑顔だったなあ、宰相閣下。本当に、ずっと綺麗に笑ってて――でも、すっごく怒ってた)



 大昔と違って、今はもう、見ただけでは自分のツガイだ!なんてわからない。

 でも現代の獣人にとっても、ツガイというのは特別な存在だ。


 本能的に惹かれてしまう、運命の相手。


 そしてお互いの性格も、その――性的なあっちの方も、誰よりも相性が良いのが獣神様によって保証されている、奇跡の関係。


 だからこそ、そんなツガイがいない獣人を、けして揶揄してはいけない。それは、人格否定そのものだから。



(でも、ツガイが見つからなかったり、非成立だったりするのは、すごくみっともないって考え。まだ、主流なんだ)



 ツガイ相談所で働いていると、自分の意思でツガイ関係を成立させない人もたまに見るから、感覚がちょっとズレていた。


 私や、私が普段窓口で担当するような一般人なら、独身だったりツガイ婚じゃなくても、面と向かってはとやかく言われない。


 でも芸能人なら、ツガイと結ばれなかったら、わざわざその事情を公表する。


 そしてそれが、由緒正しい家に生まれた政治家なら――政治家生命にまで、関わってくるんだ。



(考えが甘かった。宰相夫人なんて無理、誤魔化さなきゃ!じゃないよ。ツガイ成立も断らなきゃ!じゃないよ。絶対に、もっと真剣に悩んだ上で、判断しなきゃダメだったのに)



 ごそごそ、とショッパーを開けて、ついつい衝動買いしてきてしまった、トカゲデザインの抱き枕を出してみる。

 

 頭を撫でて、お腹と背中を撫でて、尻尾は優しく握ってみながら――今日の議会での、宰相閣下を思い返した。


 自切って痛くないんだよね?すぐ生えるんだよね?大丈夫だよね?



「ちょっとだけでも会えないかなあ。いやー今は忙しそうだし、無理かー。それに私から連絡するのは、ツガイの件をどうするかちゃんと考えて、結論出してからじゃないとダメだよね」



 宰相閣下はたくさん時間をくれるつもりみたいだけど、ツガイ成立でも非成立でも、決断まで長々と引っ張るのはやっぱり良くない。


 最初にツガイであることを誤魔化そうと、中途半端にいろいろやってしまったのは、私の方だから。


 責任を持ってどうするか決めて、全部正直に話して、この関係に決着をつけるのだって、私でなければ――まあでもまずは、真摯な謝罪からだけれども。



「うーん。悩みすぎて、ちょっと疲れちゃった!それになんだか、お腹もすかないなぁ。夕飯にと思ってお弁当買ってきたけど、明日でいっかあ」






「ツガイ成立前症候群ですね」


「え」



 午後休をもらってやって来た病院で、ネコ獣人のおばあちゃん先生にそう言われてしまった。


 ここ数日なんだか食欲がなくて、ご飯もおやつも食べきれなくて、半分くらい残していて。


 見た目は特に変わってないけど、何故か指輪が緩くなっちゃってー。こんなところから痩せるなんて初めて!と同僚と笑っていたら、たまたま近くにいた上司に聞かれて、心配されてしまった。


 だから問題なく健康なのを、確かめに来たつもりだったのに。



「ツガイ成立前症候群って、ほとんどの場合、男性だけに症状が出るものでは」


「一般的にはそうですが、アレルギー体質だったりすると、女性でも稀に発症する人がいますよ。心当たりは?」


「あ、花粉症……」



 ツガイ成立前症候群。


 獣人の一時的な先祖返り事例の一つで、ツガイと出会うと、男女同時になることがある。確率は低め。

 けれどツガイが成立、あるいは非成立すれば徐々に改善されるので、あまり問題視はされていない。


 主な症状は食欲不振――それから眠りが浅くなったり、気持ちが落ち着かなくなったりもするらしい。


 巷では、獣神様が「じれってえな!お前ら早よくっつけ!」と起こしている、なんて言われている。

 効く薬とかは特になくて、対処療法のみ。と、いうことは。

 


「大丈夫。すぐにツガイ成立できない場合は、連絡を密にすれば平気ですからね。通話とか、メッセージとか。おはよう。おやすみ。だけでも良いんですよ。もちろん、会って手を繋いだり、ハグをすればより効果的ですね」



 優しそうなおばあちゃん先生は、もっと効果がある対処法はさすがに口にしなかった。

 でも、ツガイ相談所に勤める私は知っている。それは当然、キスして性――いや、そんなことよりもっ!



「あの、実は彼、明後日から一週間ほど国外に出る予定でして。ツガイと距離が離れると、マズいんですよね?」



 昨日届いた宰相閣下からの手紙に、外遊の予定がある、と書かれていたことを思い出して尋ねた。

 するとおばあちゃん先生が、深刻そうに眉をひそめる。



「まあ、一週間も?――今でも女性の貴女より、症状が重いはず――ツガイと離れている間、貴女なら何が食べられそうですか?」


「えっ?ええっと。ゼリーくらいなら、たぶん?」


 

 今以上に胸がムカムカというか、モヤモヤ?するのを想定して答えると、衝撃的な答えが返ってきた。


 

「症状はリンクする傾向にあるので、女性の方でその状態でしたら、男性の方は、水分しか受け付けなくなる可能性もあります。……今も、固形物をほぼ受け付けなくなっているかもしれません」


「な――」



 獣人の体力なら、一週間ゼリー生活でも何とかなるから、私の方は別にいい。

 でも、いつも以上に仕事してるのにお水だけ、はいくら獣人でもきつくない!?


 というか今、ご飯なに食べてるのあの人――あ、どうしよう。外遊って絶対、会食があるよね!?


 すっかり血の気が引いた私は、しばらくの間、先生に背中をさすられていることにすら気がつかなかった。






 病院で診断を受けた翌日。

 朝一で「どうしても二十分だけ会って話したい」と宰相閣下に連絡をした。


 プライベートの連絡先ではないので、あくまでツガイ相談所の担当職員が、ツガイの方から緊急の伝言をお預かりしました、という形をとったけれど。


 今日の夕方以降であれば、どれだけ遅い時間でもOK。

 宰相府の最寄りの公園まで、シジミ獣人の方から出向きます、という内容だった。


 宰相閣下が外遊に出立するのは、明日。

 それまでになんとかして、ツガイ成立の意思を伝えないと。



 そう、私は――あのトカゲ宰相閣下と、ツガイとして結ばれることにした。



 ツガイ成立前症候群になったことに焦って、勢いで決断したように見えるかもしれないけれど、実際は違う。

 たっぷり時間をかけたところで、最終的には絶対に、同じ結果に至っただろう。


 だって私は知らず知らずのうちに、もう彼とどうなるか、決めてしまっていたのだから。






 それに気づいたのは、昨夜。

 病院から帰って、やっぱり食欲が湧かなくて、宰相閣下からのお手紙を読み返しながら、悩んでいた時のこと。

 

 今回は委任状とともに、代理人が窓口に持参したけれど、手紙の文字は相変わらずの美しさだった。


 概要は、前回のデートのお礼と、次回のデートのお誘いと、あとは先日の議会で大暴れしたことへのフォローなんかも、さらっと書かれていた。

 ――SNSであれだけトレンド入りする暴れっぷりは、大したことあると思いますよ、宰相閣下。


 それはともかくとして、次のデートはどうしても、外遊の後になってしまうことへの謝罪と。


 三つ並べた日程から、都合の良い日を選んでほしいこと――「オススメは全部選ぶことですが」って冗談、可愛すぎない?――が書かれた部分の、一番近い日程を、私は何度も指でなぞった。


 遠い。遠すぎる。

 手紙を最初に開いた時も、少しだけそう思ったけれど。診断を受けてから見ると、さらに。ずっと強く。

 たった二週間後のその日付が――途方もなく遠く感じてしまった。



 本当にご飯、食べられてないのかな。私がツガイなこと、誤魔化そうとしたせいかな。


 宰相夫人なんて私には無理だって気持ちは、その保身は、宰相閣下にずっとツガイがいない人生を送らせることと、釣り合うものなのかな。


 あの人は、"ツガイに逃げられるような奴だ"って扱い、受けていい人じゃないんじゃない?


 そして彼がそんな風にされるのを、メディア越しに見るなんて、私は耐えられないんじゃない?



 トカゲの抱き枕を抱えて、そんな風にぐるぐると考えこんでいたら。

 急にインターホンが鳴って、出たら大きな荷物が届いて――え?なにこれ?何を買ったんだっけ?と本気で困惑した。



「あぁ、そっかあ。新しいトカゲの着ぐるみかー。それと他にも、トカゲ柄のグッズがいっぱい」



 ネット通販の箱から取り出したピンクの着ぐるみは、今度は動きやすさ重視の、フードをすっぽり被るタイプだった。

 それからポーチとか、タオルハンカチとか、ペンケースとか。


 トカゲのデザインの小物は案外種類があって、このままだと身の回りのものがトカゲだらけになってしまいそうで、思わず苦笑した。



「それなのに、隣に本物がいないなんて――おかしいよね」



 ふと呟いた言葉が、すとん、とお腹の中に落ちてきた。

 そうだよね。おかしいよね。無意識に、こんなに買い集めちゃうくらいなのにね。


 獣人は、ツガイとの絆が深くなると、相手を思い起こさせるものが欲しくなる。


 結論を出すために延々と悩んだり、何度も思考をループさせたりしたけれど。


 なーんだ。本当は、これからどうするかなんて――私の中では、もうとっくに決まっていたんだ。


 だから彼をイメージさせるものを、自然に集め始めちゃってたんだなあ、と気づいて、一人で照れた。



 宰相夫人になるのだけは、正直まだちょっと不安がある。

 ただし調べた限りでは、過去には獣人らしく妻を溺愛して、最低限しか表に出さなかった人もいるらしい。


 宰相閣下が、私を溺愛してくれるかはわからない。


 でも、そう見えるよう協力してくれて、そして私ができる限り頑張ったら、「十分ですよ」と笑ってくれる人なのは知っている。


 宰相とか関係なしに窓口に並んじゃうような、普通に格好いいお兄さんだからね、あの人。





 

 ――朝一の「会って話したい」という連絡に、返信がきた。明日が外遊への出立日なのに、今日の夜十時なら会ってくれるらしい。



「あーあ、もう!優しすぎない?私のツガイ!」

 





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