82話 居場所を探して、えんやこら3
† † †
セント・アンジェリーナの南門から徒歩で三〇分ほど。そこにダンジョン“鮮血伯の工房”はあった。石造り製の三階建て建物が地上部分、ダンジョンはその横にある地下への階段から入るようになっている。
物件のテキストを確認していた壬生黒百合の右肩にひょいと身を寄せて壬生白百合が言う。
「セント・アンジェリーナから一番近いダンジョンのひとつ、だっけ?」
「そう。ただ、出てくるのがアンデッドだけで不人気」
出てくるエネミーもスケルトンやグール、レッサーレイスという雑魚ばかりだ。初心者にはアンデッドよりも美味しいエネミーはいくらでもいて、初心者を卒業する頃には一切旨味のないダンジョンになっているという微妙な立ち位置の人気がないダンジョンなのだが……。
■そういえばあったなぁ、こんなダンジョン……
■ダンジョンがクランハウスの物件て、どういうことやねん
■ミニシナリオ付き物件とかもあるらしいから、その類かもしれんけど
コメント欄でもこのダンジョンの存在を知っている者は皆無であった。かろうじて、ここをエレイン・ロセッティと白百合がフローズヴィトニルと戦った時に訪れたことを憶えているだけだ。
「元は前序列第五位魔王“真祖”クドラクの配下だった高位吸血鬼――通称“貴族”の“鮮血伯”の研究施設だったらしい」
「……大丈夫なの? それ」
そういって左肩に顎を乗せて覗き込んでくるのはエレインだ。黒百合はテキストから視線を外さずに答える。
「その確認も兼ねて来てみた」
“黒狼”『地上の建物だけじゃなくてクランハウスに下のダンジョンも含まれてるから、これ』
“銀魔”『え? ダンジョンもなんですか?』
秘匿回線での黒百合の付け足しに、ディアナ・フォーチュンが驚く。この“鮮血伯の工房”以外にもこのような物件があるかもしれない――だったら、手早く調べて情報を開示するのがいいと思ったのだ。
「上の建物より、ちょっとダンジョンの方を調べてみたい」
「おー! じゃあダンジョンアタックやってみよう!」
† † †
■蹂躙っすな、これ
■圧倒的ではないか、我がアイドルたちは
■いや、へたすると今のエクシード・サーガ・オンラインでも五本の指に入るパーティやぞ?
■クロちゃんがいる時点で、オールラウンダーって意味でもう完成しとるんだよなぁ
コメント欄の言う通り、ダンジョン“鮮血伯の工房”を攻略する四人を阻むような脅威は一切存在しなかった。黒百合とエレインのミスリル銀の武器はアンデッドに効果が高く、白百合の弓によるフォロー、ディアナのアーツ《ポーションピッチ》を使い分けるサポートの前に、低級アンデッドなどカカシも同然だった。
「結局、地下五階が一番下ですかね?」
■ん? あれ……?
■クロちゃん、気づいてる?
「ん、多分みんなの予想通り」
マッパーも兼任していた黒百合は、視聴者の一部が気づいたことをもちろん把握していた。それにエレインが小首を傾げる。
「んー、なにかあった?」
「ん。これが五階分のマップ」
そう言って、黒百合は五枚のマップ画像を虚空に浮かべる。それを見て「あっ」と白百合が声を上げた。
「ここ、おかしくない? 全部の階で同じ場所だけ埋まってない」
五階すべてで、マップの中心だけが埋まっていない。柱かなにかだと思ったが、全体図で確認すると柱にしては太いとよくわかった。
「隠し扉とか、なかったですよね?」
「無かった。だから、一度上に戻ろう」
マップを回収し、黒百合はしっかりと告げる。
「やっぱり、このダンジョンはまだ未発見の秘密がある」
† † †
ギィ……と軋む扉を開けると地上部分の石造りの建物はガランとしたエントランスが広がっていた。黒百合は一歩、二歩、三歩、と数えながら石畳の床を歩いていき――。
「はい、クロ」
「ん、ありがと」
エレインに水筒を渡され、黒百合はコクリと頷く。そのやり取りに疑問を抱いたのは、白百合だ。
「なに、水なんてどうするの?」
「ん、こうする」
黒百合は説明するよりも見た方が早い、と実演してみせた。石畳の境目、そこへ水をこぼしていったのだ。こぼれた水は薄く石畳に広がっていき――。
「……あれ?」
白百合とディアナは、その異変にすぐ気づいた。石畳に広がっていった水が、ある一点で石畳の隙間に遮られて止まったのだ。より正確には、そこにあった『隙間』に水が染み込んでいったのだが。
「よっと」
ガリガリガリ、と慣れた手付きで黒百合はナイフの切っ先を石畳の『隙間』に入れていく。そうすると、三メートル四方分の石畳が水が広がらない箇所であることが目に見えて判明した。
「……これかな?」
一枚の偽装された石畳がめくれると、そこにレバーが隠されている。黒百合がそのレバーを引くとゴゴゴゴゴ……と石畳がめくれていき、そこに螺旋階段が現れた。
「ん、行こうか」
■ちょっと待ってちょっと待って! 今、サラっとなにをやったん!?
■なんや、今時のバーチャルアイドルはトレジャーハンター技能必須なんか……
■あんまりにも当然のことのようにやるから、ツッコミの入れどころがなかったわ!
見入っていたコメント欄が再び騒ぎ出す。その反応に、黒百合はしたり顔で答えた。
「この程度、海賊の嗜み」
「スカーレッドオーシャンで似たギミックあったもんねー」
「……そっか。エレちゃんもやってたっけ、アレ」
そんなやり取りの間に、ディアナはランタンに火を入れて黒百合に手渡す。それに礼を言って、螺旋階段を改めて覗き込む。
「ありがとう。じゃあ、調べてみる」
† † †
一階分程螺旋階段を下ると、不意にそれは起きた。
《――ここから先は、配信禁止エリアとなります》
「……ん?」
唐突なシステムセッメージの警告。急に止まったコメント欄を確認すると、どうやら配信が止まっているようだ。その意味を考え込む黒百合に、ディアナが問いかける。
「どうします?」
「ん、悪いけどディアナ。一度、上で説明して来てくれる? エレインも念のために一緒に行ってきて。説明が終わったら、またここで合流して先に進もう」
「はーい、お任せ!」
駆け戻っていくエレインにディアナは後に続く。それを見送り、白百合は改めて黒百合を見た。
「――で? この先に何があると思う?」
「“鮮血伯の工房”が、一番可能性が高い」
黒百合としては通常の手段では行けない地下六階、工房部分があると予想していたのだが――。
「……ただ、それだけだと配信禁止エリアにするにはちょっと弱い気がする」
なにせ、今まで配信禁止エリアとなったのは英雄回廊:ホツマの大嶽丸の居城ぐらいなものだ。
「いくら吸血鬼の貴族が残した工房でも、大嶽丸級の情報とは思えない」
「ようは、それに匹敵するぐらいの情報がこの下にあるってこと?」
「……そう考え方が辻褄は合う」
「お待たせ! 後で改めて配信するって説明してきたよー」
エレインが駆け足で戻ってくる。それにコクリと頷きを返して、黒百合はディアナを待ってから言った。
「先へ進む。エレイン、最後尾を頼んでいい?」
「うん、シンガリ? だね!」
ランタンを掲げ、黒百合は改めて下を照らした。慎重に、瞳に厳しい色を宿して言った。
「注意して。少なくとも、配信で拡散させたくないなにかがこの先にあるはず」
† † †
五階分の螺旋階段を下り終えると、魔法の明かりで照らされた地下室に行き着いた。部屋の中心にあるのは、巨大な青いクリスタル。その前に、ひとつの人影があった。
「ん? なんですの?もう英雄がここに来るなんて……もう」
そこにいたのは黒いゴスロリ服に白衣を羽織った少女だった。ショートカットの銀色の髪。赤く輝く血のような鮮やかな瞳。気が強そうなツリ目気味の整った造形の顔――その少女は、棺桶やらさまざまな大小の木箱に荷物を纏めている最中だった。
「悪いんだけど、もう少し待ってくないかしら? まだ、引っ越しの“準備”が整っていませんの」
「――あなたは、なに?」
黒百合の問いかけに、おやと興味深げに白衣の少女は改めて振り返った。
「……いいですわね。誰、ではなく、なに、と来るとは。大体、答えをわかった上での確認だと思いますけど、どうですの?」
「それはわかる。だって、あなた影がない」
「――え?」
ディアナが黒百合の指摘に目を丸くして、改めて白衣の少女を見る――すると、確かに魔法の照明が作る荷物の影はあっても少女の影はなかった。
「かつての王国の数少ない生き残り、吸血鬼の真祖にして伯爵位を持つ貴族。“鮮血伯”エリザ……とでも呼んでくださいまし」
ゴスロリ白衣の少女――少なくとも一二〇〇歳を下らない吸血鬼の真祖は、そう目を細めて薄く笑って見せた。
† † †
まさかのダブルミーニングタイトル。
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