80話 居場所を探して、えんやこら1
※継続は力なり、というお話です。
† † †
《――“中央大陸”は、一ニ〇〇年程前までひとつの国が支配していた。
前序列第五位魔王“真祖”クドラクを中心とした、吸血鬼たちの国。そこに名は必要なかった。なぜなら、国と言えばそこしかなかったからだ。だが、クドラクは突如として一ニ〇〇年前にこの国を解体する――なぜそうしたのか、その理由を知る者はいない。
ゆえに、この吸血鬼たちの統一国家は後に便宜上“夜の国”と呼ばれる伝説の存在となった》
《――その後の中央大陸は、人類と吸血鬼たちの闘争の歴史であり。そこに八〇〇年ほど前に“森獣王”カリストと眷属たる樹獣の参戦。五〇〇年前の聖女アンジェリーナとその守護騎士団によるカリスト討伐と、高位吸血鬼たち――通称“貴族”の激闘。その戦いは聖女の勝利で終わり、中央大陸は今の形に落ち着いたのだという――》
「……?」
そこまでエクシード・サーガ・オンラインの発表された中央大陸の新しい設定を確認し、壬生黒百合は奇妙な違和感を覚えた。あまりにも小さすぎる違和感に、その原因はわからない――だから違和感を無視して先を確認しようとした時だ。
「クロー!」
「あ、来た」
食事処“銀色の牡鹿亭”、その二階のいつもの席にエレイン・ロセッティとディアナ・フォーチュンがやって来る。黒百合は設定集から視線を上げて、エレインとディアナを見た。
「シロちゃんはまだなんですか?」
「ん、例の発表の件で申請と確認をしてもらってる」
「ああ、アレですか」
黒百合の返答に、ディアナが納得する。正式サービス初日、いくつかの仕様の追加要素について運営側から発表されたのだ。
今日はその件についての配信をみんなで行なう予定なのだが――。
“白狼”『……みんなー、ちょっといい?』
唐突な壬生白百合からの秘匿回線によって、雲行きが怪しくなった。
† † †
牡鹿亭の女将さんから許可をもらって、ニ階のいつもの席で今日の配信が始まった。
「やっほー! みんなー、配信の時間だよ―」
■お、始まった?
■クロちゃんもいるじゃん。昨日は大丈夫だったん?
■今日は荒れるでぇ、例の発表関連やろ?
■あー、今回の内容はすっげえ助かるわ
大丈夫、とコメントのひとつに手を振って黒百合は答えると改めて挨拶係のエレインに問いかける。
「一部の人は知ってると思うけど、私は発表の時にいなかったから。内容のおさらい、頼んでいい?」
「いいよーっ。みんなも一緒に確認しようねー」
エレインがぽちっと指でボタンを押す動きを見せると背景が中央大陸のマップに変わる。中心にあるセント・アンジェリーナ以外の九つの大都市が赤い光点としてポイントされていた。
エレインはノンフレームの伊達眼鏡を指先で押し上げ、解説を始める。
「これは昨日サービス開始時に発表された中央大陸の地図だね。この外はまだ詳細不明、開拓する必要があるんだよっ」
■ふむふむ、思った以上にでかいよな
■昨日の突発イベントなきゃもっと浸透してたろうに
■つか、この規模なら後半年はアプデで誤魔化せたろうにになぁ……
■アルゲバル・ゲームスやぞ、我慢できるわけないやろ
コメント欄もすっかり学校の教室気分だ。雑談しながら、エレインの解説に聞き入る。
「みんなに関係がありそうなのは、特殊なアーツやアビリティの充実してる神聖都市アルバとPVP要素のある闘技場やカジノがある享楽都市オーレウムかな?」
「オーレウムはステージが特に充実している場所ですね。中央大陸では歌劇の中心地って設定があります」
そう補足したのは、ディアナだ。歌手としての側面が強いディアナにとって、オーレウムは外せない場所だろう。
「んで、イベント後にいくつかの追加仕様が発表されたの。その中で大きいものは、クラン関係とファミリアテイムシステムだね」
「うん、そこを詳しく聞きたい」
「クロはあの場にいなかったからねー」
黒百合の言葉に、白百合が笑顔で言う。笑顔の下から、チクチクと来る。文句も否定も謝罪もせず、黒百合は流すことにした。
「まず、そうだな。簡単にテイムシステムの話をしよっか。これは一部のテイム可能なエネミーやファミリア専用ビーストと契約して使い魔として色々なことに活用できるようになったの」
エレインがパチンと指を鳴らすと、マップに重なるように新しいウインドゥが展開。そこには真鍮でできた試験管のようなアイテムが映っていた。
「これがテイム用の装飾品“契約の壺”だよ。五つのアクセサリー枠のひとつを消費しないといけないから、よく考えてファミリアを選ばないとダメだからね。場合によると、戦力が低下するだけってこともあるから」
■これ、エクシード・サーガ・オンラインがクラス制じゃないからアイテムさえあれば誰でもファミリアを連れてあるけるんだよなぁ
■アビリティ《騎乗》がなんであるのかと思ったら、ファミリアに乗れる用だったのな
■今、検証班がドロップアイテムの再検証始めてるわ。無駄ドロップだと思われてたのが、ファミリア用な可能性があるらしいから
βテストでも、きちんと仕込んであったらしい。相変わらず、説明せずに準備だけは万端な運営である。
「これ、私とかだとファミリアに乗りながら射撃とか流鏑馬みたいな真似もできるんだよねー」
「私でもファミリアがバフの対象になるので、前衛を任せられるファミリアとかにありですね」
「うん、ソロ専門の人だと自分のプレイスタイルと相談してファミリアを使うとかなり強力になるはずだよ!」
他にもアビリティ《騎乗》を用いたフィールドの移動手段に用いたり、PCを強化するファミリアもいるという。まだまだセント・アンジェリーナ周辺でしかテイム可能なエネミーやビーストが発見されておらず、未遭遇のエネミーはもちろんのこと、ミニシナリオで追加のファミリア専用ビーストが発見される予定だ。
■……かわいい女の子のファミリアっておらんのかな?
■システム発表時の設定資料にゴーレム系がいたから……メカ娘ならかろうじて有り?
■察せ! 人型はおま国が発生するんだよ!
■うごごごご!
おま国――ようは国それぞれで法律が違うため、「お前の国では売らない」あるいは「お前の国では実装しない」という悲劇が発生するからである。昔からあるゲームあるあるだが、二一世紀後半のVRゲーム全盛になろうとそこに代わりはないのである。
「ま、ファミリアテイムシステムについてはまた機会を設けるとして――今日の主題、クラン関係について解説するぞー」
† † †
そう、このクラン関係の発表は大きな話題となった。なにせ、今までオープンβで置かれていた環境が一気に変わるものだった。
「オープンβでもPCが自分の意志で入れるクランの数は最大で三つって発表されてたよね? んで、このクランには実は大きく分けてふたつの種類があることがわかったんだよ」
まずひとつ目、それがNPCクランだ。
「オープンβの時のセント・アンジェリーナ防衛隊も厳密によると、教会がクランリーダーだったんだって。こういう風にNPCの組織がトップだったり、NPC個人がトップだったりは規模によって違うけど、ミニシナリオをクリアすると入れるNPCクランがあるの」
「NPCクランによって、アイテム購入時や武具作成の値段が割引されたり、街の組織だとNPCの対応が変わったり特別に受けられるミニシナリオの追加があったりするんだっけ?」
黒百合の再確認に、エレインはコクコクと頷く。
「うん、そうそう。セント・アンジェリーナ以外の九つの都市にも、その都市にしかないNPCクランがたくさんあるみたいだよ」
■なんで枠が三つだけなん……? 足らんに決まっとるやん……
■いや、これがまたきちんと救済策がありやがるんよ……
■意地でも中央大陸をしゃぶりつくさせてやるって執念は感じたよなぁ
コメントに救済策の言葉が出たのを見て、エレインは解説を次の段階に進めた。こちらの情報と一緒に語るべきだと判断したからだ。
「んで、もうひとつがPCクラン。これはPCが設立できるクランだね」
各都市の主要施設――例えば、セント・アンジェリーナならセント・アンジェリーナ教会だ――に申請、その申請を運営が承認すると晴れてPCクランは設立できる。
「と言う訳で! あたしたち四人のクラン『ネクストライブステージ』の申請が通りました~」
■8888888888888888888888888
■おおー、申請許可早いなぁ
■そりゃあ、運営も身元がしっかりしてる公認配信者相手なら即通すやろ
■888888888888888888888
■88888888888888888888888888888888888888888888
■いや、実は結構承認早いで? ウチのクラン、三時間で承認メッセージ来たもん
■うわ、マジか!
■こっちはフラットラインミュージックも絡んでるから、マンパワーでゴリ押してんだろうな
■88888888888888888888888888888888888888
■8888888888888
■そういえば、クランリーダーは誰なん?
「あ、クロだよ」
「……はい?」
それは初耳だった。思わず聞き返した黒百合に、白百合が澄まし顔で答えた。
「昨日、三票入って多数決で決定しました~」
■ああ、あれか。いない内に話が進んで、なにかの委員にされてる、みたいな
■しかも多数決だとクロちゃんいても変わんない説
■あゝ、無情
■ま、基本的な攻略方針とか戦術練る時はクロちゃんが噛むの決定的だもんよ。なら、クランリーダーの承認はほぼクロちゃんの意志と同じだわ
「……そう」
目から光を消しつつ、黒百合も受け入れた。そもそも多数決でリーダーを決めてどうするのか? それこそまずは話し合い前提だと思うのだが。
「はーい、解説続けるよ! そんでね、このPCクランに特別な効果がない代わりにひとつの特徴があるの。クランメンバーの入ってるNPCクランの効果が受けられるんだよ!」
――それは、クラン枠が三枠しかないという認識を三枠もあるという認識に変えるのに充分なものだった。黒百合も、しみじみとその仕様に感想をこぼした。
「それは大きい……」
そういえば、ホツマ妖怪軍のクラン効果はなんなのだろうか? 後で確認しておこう、と思った黒百合の目の前でエレインの解説が続く。
「で、もうひとつ。PCクランはPCクラン同士で同盟することができるんだ。この同盟クランの効果は、PC・NPCクラン問わず同盟クランからひとつ選んでクランの効果が得られるんだ」
■……このあたり、ちょっと複雑に感じるのオレだけ?
■PCクランに入れば、クランメンバーたちのクラン効果が全部得られる。同盟したクランからは自分が欲しいクラン効果がひとつ得られる。簡単に言うと、それだけなんだが……でかいよな、特殊な効果を持つクランに入ってるメンバーがいると引っ張りだこだ
■クラン側とメンバー側の双方の合意がないとクラン加入はできないし、禁止事項にクランや同盟への強引な加入強要があるから、運営に通報して悪質と判断されると即BANもあるらしいで? なにせこのゲーム動画が撮れるから、証拠も簡単に揃うから言い訳無用で対処よ
■「みんなが楽しめるゲームを」がアルゲバル・ゲームスが掲げるモットーだからな。好き放題したいならオフラインゲーやれってのがファイナルアンサーらしい
■他人を不快にさせる行為への罰則の重さは、他オンラインゲーとは比べ物にならんわ
配信、という形をゲーム内の治安維持に組み込んだあたり、オフラインゲー専門のアルゲバル・ゲームスがオンラインをどれだけ警戒しているのかよくわかる話だ。
「普通に遊んでいるなら、問題ない。難しく考えなくていい」
「そうだねー。で、ここからが今日の本題だよ」
■こ、ここからが本題だと!?
■昨日の発表は、本当衝撃的だったんだって! 突発イベントに持ってかれたけど!
■突発イベント、必要だったんですかねぇ……
■言うな、まさかオープンβに続き初日にログインできなかったことを悔やむ日が来るとは思わんかったわ!
■ん? なんだ? 太鼓の音?
ジャラララララララララララ、と突然効果音が鳴り響く。そして、エレインは声高らかに言い放った。
「じゃーん! PCクランの拠点としてクランハウスが実装されたよ―!」
■おう、PCクランの拠点か!
■オンラインゲーあるあるだけど、リスポーンポイントやファストトラベルの起点になるから便利なんだよなぁ
ここで、白百合が挙手した。
「はい、エレちゃん先生!」
「なに、シロ。発言を許可するぞ!」
「うん、実はうちのクランハウスは満場一致でセント・アンジェリーナ近郊で決定したんで、教会で購入可能なクランハウスを聞いて来たの」
白百合は、そこで渇いた笑いを浮かべた――その笑いの意味を黒百合たちは既に緊急回線で知っており、すぐに視聴者たちも思い知ることになる。
「その街や土地のNPCからの好感度とかミニシナリオの攻略具合で紹介される物件が変わるんだけどね――」
ピ、と白百合がクランハウス候補のリストを展開した。それはバラララララララララララララララララララ! と瞬く間に画面内を埋め尽くし――。
■……なんなん? この数
■え? ええ!? うち、一〇件くらいしかなかったけど!? え?
■おい、考察班呼んで来い! いくらなんでもこれは――
■――飛んできました! お願い、リストコピーさせてえええええええええええええ!?
■いや、なんか聞いたことのないとこも候補にあんだけど!?
その膨大な数に、コメント欄でも混乱が広がった。白百合は、どこか遠い目で告げる。
「……なんでも、一四七件あってクランハウス候補では異例な数なんだって」
† † †
街の住人の好感度やミニシナリオクリア率(特にエレインの街の子供関連)もあって、この有様なのです。
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