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62話 サー・ロジャーの代理人(後)

   †  †  †


 鶴岡宗吾(つるおか・そうご)は秒で取り繕った。完璧超人の面目躍如である。


「あー……どういう経緯で、こういう状況に?」

「ユカリ……シャチョーが昔、母と縁があったんです。母、世界中の歌手をチェックするのが趣味だったらしくて。シャチョーのコンサートもお忍びで聴きに来ていたらしいです」

「そ、そうですか……」


 え? と宗吾は株式会社ネクストライブステージ代表取締役兼マネージャーである牧村(まきむら)ゆかりの顔を思い出す。いや、元バーチャルアイドルということで圧倒的個人の趣味で選んだ事務所が、思った以上の魔境だった件について。


「祖父や父のようなeスポーツのプロゲーマーになるか、母のように歌う道に進むか。迷っていたのですが、その時にバーチャルアイドルならどちらもやれるよ、と教えてもらったんです」

「ああ、一問一答で言ってましたね」

「はい。なって良かったと思っています」


 そう微笑む“妖精姫フェアリー・プリンセス”エステル・ブランソンに、宗吾は小さく吹き出した。


「なるほど、向こうが()ですか」

「はい、実は」


 小さく舌を出して笑ってみせるエステルに、宗吾はどこか親近感を憶える。偉大な身内に迷惑がかからないようにと外では猫を被るぐらいはするのだろう――ならば、エレイン・ロセッティという架空の(バーチャルな)存在はさぞ自分を出せる居場所だろう。


「わかります。私も就職するまでは個人の趣味は隠し通しましたから――」

「……今は一切、隠してませんよね?」

「それ()鶴岡宗吾ですので」


 フラットラインミュージックの敏腕営業部長にして、完璧超人御曹司。そして、ドルオタにしてゲーマー。それらは同時に成り立つものだ――大人になり、すべてが自分の評価に帰結するようになればそういうこともできるようになるのだ。


「ああ、そうだ。そろそろ見れますよ?」

「今日はエクシード・サーガ・オンラインの正式サービスに関する新映像が出るのでしたね」

「ええ、エステル嬢にも気に入っていただけると――お、始まりますね」


 不意に、パーティ会場の明かりが落ちる。会場の正面、スクリーンにそれが映し出された。



   †  †  †


 スクリーンに映し出されたのは、天守閣。和風の城だ。外国人にとって、そのような和風な要素は現代でも好まれる――だからこそ、()()映像が新PVとして採用されたのだ。


『――ここに新たなるVRMMORPGが幕を開けた』


 ガン! とその天守閣の屋根に降り立ったのは、体長五メートルはある赤鬼だ。屋根の端、迎え撃つのは眼前に蒼黒い狼頭を浮かべ、その背から九本の狼の尾を伸ばした黒髪の狼耳狼尻尾の和風美少女だ。


『――より、パワフルに』


 赤鬼と少女が同時に踏み出す。五本の狼の尾が瞬く間に首のない武者鎧を思わせる大鎧へと変化して少女を飲み込むと会場に歓声があがった。


『――より、スピーディに』


 大鎧と赤鬼の右拳が空中で激突した。バキン! という粉砕音と共に砕け散ったのは、大鎧の右腕だった。

 だが、即座に次の一本の尻尾が右腕を形成。赤鬼の拳を受け止めた。右拳を受け止めあった大鎧と赤鬼は、次に横回転からの裏拳をぶつけ合う。砕けたのは大鎧の左腕――だが、再び一本の尾がフォロー。左腕を再生させる。

 カメラはバレットタイムのように両者の間をグルリと回転していった。


『――より、ダイナミックに』


 赤鬼の左後ろ回し蹴りが、大鎧の胴を薙ぎ払う。大鎧の巨躯が、宙を舞う。そこでスローモーションに――着地と同時、時間が戻る。

 大鎧が軽いフットワークで間合いを詰め、左ジャブ三発を赤鬼の顔面に叩き込む。赤鬼の巨体が一瞬のけぞり、タイミングと距離を計ってからの大鎧の右ストレートが繰り出した。

 その光景に、会場が湧く。


『――より、エキサイティングに!』


 赤鬼が、大鎧の右ストレートを前に出る勢いを利用して額で受ける。再びスローモーション、大鎧の右腕がゆっくりと肩まで砕け散っていく。

 そして、再びスピードが加速。右、左、右のローキック連打が正確に大鎧の膝を強打。赤鬼の右拳が狼頭の胸部ごと、大鎧を破壊した。少女の姿が現れ、その姿に会場から悲鳴が上がる――。


『――新たなる領域には、新たなる英雄こそがふさわしい』


 ゆっくりと赤鬼の左拳が少女に迫る。あまりにもリアルすぎる光景に、視線を逸らす者もいた。だが、少女の瞳は死んでいない――強い眼差しと共に、迎撃する。


『――英雄(キミ)よ、古き英雄譚(サーガ)を超えていけ!』


 大鎧の右腕だけを再形成した少女は、ゆっくりと尾から変わっていく巨大なハンマーの柄を握り――スピードが元に戻り、互いの一撃が激突する。

 そして画面が白く染まり、エクシード・サーガ・オンラインの起動画面へと切り替わった。


『――新たな英雄譚の舞台エクシード・サーガ・オンライン、近日正式サービス開始』


   †  †  †


 会場に拍手喝采が起きた。ハリウッドムービーのようなわかりやすく、それでいて外国人にも響くように調整されたPVは、パーティに参加するセレブリティたちにいい話題を提供してくれたのだ。

 その拍手に軽く手を上げて答えたのは、提供主である宗吾だ。その堂々たる態度は、さきほどむせていたとはとても思えない見事なものだった。


「……どうだったっすか? ヴィクトリア」

「ンー、一〇点中七点ネ」


 そう会場の片隅で、誰にも届かぬようにヴィクトリア・マッケンジーは渋い点数をつける。後藤礼二(ごとう・れいじ)は、興味深そうに尋ねた。


「ふむ、どのあたりが減点対象だったっすか? 今後の参考に、どうぞ」

「私カラスレバ、見栄エスルエフェクトヨリ、ソノママガ見タカッタワ。絶対、ソッチノ方ガエキサイティングナ映像ダッタノニ」

「……なるほど、玄人目線っすね」


 宗吾の隣では、“妖精姫フェアリー・プリンセス”が目を輝かせて拍手しているのだが。確かに、ヴィクトリアなら――現実で『ゾーン』に自在に入れる彼女なら、元映像の方が良かったかもしれない。


「じゃあ、ここで問題っす。あれ、元は何秒だと思うっすか?」

「フウン?」


 イイワネ、挑戦状? と笑うヴィクトリアに礼二はにへらと笑って言った。


「ピッタリ当てたら、今夜一晩徹夜で対戦に付き合うっすよ」

「――OK!」


 ヴィクトリアは乗り気になって、会場のスクリーンに繰り返し流されている映像を見る。ヴィクトリアの言う通り、スローモーションやカメラアングル、さまざまなエフェクトで一分に引き伸ばされたPVだ。全米NO1VR格闘ゲーマーはそのPVに集中しながら、自分の太ももをトトンと指で叩きながら『逆算』していく。


「一五秒……ハ、ナイワネ。両方トモソノ程度ノ技量ジャナイモノ。ソレコソ、トップレベルクラスノ攻防……アアン、モウ。エフェクトガ邪魔ネ。デモ――」


 ヴィクトリアはブツクサと呟きながら、読み解いていく。貪欲なまでに対戦相手のパラメーターを計算し尽くす圧倒的読みの鋭さ、それこそが彼女の最大の強みだ。


「ンー……一ニ秒……カナ?」

「――残念。正解はジャスト一〇秒っす」


 礼二の答えに、改めて目を丸くしてヴィクトリアは映像を見る。一分、編集されたそれを一〇秒間の出来事だと把握してから見終わって、ぶるりとヴィクトリアは震えた。

 VR格闘ゲーマーの一秒とは、現実世界の人間が考える一秒とは桁違いなほど大きい。二秒の誤差、それはもはや許されない見逃しだった。


「……アノバーチャルアイドル、本当ニ何者?」

「さぁ、でも必ず“こっち”に来てくれると思ってるっすよ」


 礼二は思う、壬生黒百合(みぶ・くろゆり)というバーチャルアイドルは限定状況でなら今でも自分たちの領域に足を踏み入れられる、と。ただし、その限定状況は自分のためではなく、誰かのためだろう――彼女の冒険を影から見ていて、そう確信している。


(自分のためにってだけなら、まだ負けてやらないっすけどね)


 足りないのは()だ、と。それを持ったなら、間違いなく最高に楽しめる対戦相手になってくれるはずだ。


「……ン?」


 ふと、ヴィクトリアは気づく。自分以外にも、まだまっすぐに垂れ流しの映像を見つめている少女がいることに。

 頬を染め、目を輝かせずっとPVの戦いに魅入っている。その妖精の姿に、なにかを悟ったヴィクトリアは笑った。


「……レイジ、アノバーチャルアイドル、貴方ニアゲル」

「はい? どうしたんすか、珍しいっすね」

「ソノ代ワリ、負ケルナンテ許サナイカラ」


 きょとん、と呆ける礼二に、ヴィクトリアはクスクスと笑みをこぼす。面白イ、とヴィクトリアは自分の思いついた名案に心躍らせる。

 妖精の最強の道に自分がいないというなら、相応の理由をくれて踏み入ってやるだけだ。最強の先にいるのだろう“彼女”を礼二が倒したその時に、立ち塞がってやるのがいい。それがいい。


 だって、心躍るから。そう言えば、そういう“女の戦い”はしたことがなかった。ただ、まぁ――。


「マ、レイジガ負ケタラ私ガ仇ハ取ッテアゲルワ」

「あ、いつものヴィクトリアで良かったっす……」


 それはそうだ、自分だって憧れが負けたままでは気がすまないのだから。


   †  †  †


 パーティの終わり、別れの挨拶を交わそうとした時、宗吾はふとエステルへ問いかけた。


「そう言えば、サー・ロジャーの代理として()()に、わざわざ日本まで?」

「はい、それもあるのですが……」


 エステルは、そこで一瞬言い淀む。だが、すぐに思い直したように言葉を続けた。


「実はすこし、個人的な理由がありまして。そのお話も、後で“向こう”でご説明できればと思います」

「……そう、ですか」


 あれだなぁ、胃が痛くならないことだといいなぁ、と宗吾はしみじみする。


「今日から一週間、エクサガは正式サービスのためにメンテですから。また“向こう”でお会いできるのは正式サービス後になりますが――」

「ええ、正式サービス配信、一ファンとして楽しみにしていますよ、エレちゃん」


 小声で、周囲にバレないように宗吾がおどけていう。それにエステル――エレインは朗らかな笑顔で答えた。


「ん、任せて!」


   †  †  †

九郎「なんで! あの映像! 使われてんの!?(のたうち回る)」

真百合「おー。あっという間に100万再生超えてガンガン伸びてるよ?」

九郎「~~~~~~~~~~(声にならない悶絶)」



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[一言] エレちゃん来日の個人的な理由なぁ・・・同僚にリアル凸とか?
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