61話 サー・ロジャーの代理人(前)
※新章です、しばらくはなんとリアルのお話になります。
※ちなみに、この話の外国人は「日本に来たから日本語で話すよ」ぐらいできちゃう性能の人々ばっかです。
全体の第70部分、と考えると切りがいいのでしょうか?
† † †
二一世紀の現在において、世界中のどこにでも自宅から行けるようになったと言っても過言ではない。実際に映像データどころか絵画や設計図といった断片さえ残っていれば、VR空間に再現できるのだ――それは生きながらにして時間旅行さえ可能とした。
「……はぁ、生身はたるいっすね」
世界一VR格闘ゲーマー後藤礼二は、そう小さく吐き捨てた。一八〇弱の中肉中背、無造作に伸ばし縛り付けた髪。顔立ちそのものは鼻筋も通っているのに、無気力な三白眼が印象のすべてを「気怠そうな人」に全振りする男だった。
普段はラフな格好しかしない礼二だが、今日は数少ない例外で黒の礼服に着せられていた。自宅でどこにでも行ける昨今、生身で集まる人種などセレブリティぐらいなものだ。礼二がいるのはそんなお金と時間の有り余った人々のパーティ会場だった。
「や、礼二。直接は久しぶり」
「……向こうで毎日会ってるから、そういう感覚ないっすね。ドルオタ御曹司」
爽やかに笑って近づいてきたのは、フラットラインミュージックの営業部長こと鶴岡宗吾だった。一八〇後半のスラリとした長身、栗色の柔らかな後ろに撫で付けた髪、ノンフレームの眼鏡に鋭利に整った顔立ち、その白い礼服を嫌味なく似合うと言わせる着こなしはモデルと言っても通用する……いや、そう言えば大学時代にモデルのバイトもしてたっすね、と礼二は元同級生の過去を思い出した。
周囲の女性から向けられる好奇の視線にもビクともしない宗吾だが、某安西Pに初対面で「おい、後藤! 少女漫画星からやって来たイケメン星人がいんぞ!」とからかわれておたつく程度には中身は親しみやすいヤツである。
「いや、でも珍しいっすね、宗ちゃん。こういう場で女性に囲まれてないの」
「今回は心強い“壁”がいるからね」
「は?」
礼二は、改めて宗吾の背後を見て――言葉を失った。そこに見覚えのある、予想外の顔があったからだ。
「ハーイ! オヒサシブリ、レイジ!」
そんな気安い挨拶をしてきたのは、豪奢なブルネットに褐色の肌が眩しい美女だった。赤いロングドレスというシンプルな服装だが、彼女が着るとそれだけで鮮烈な印象を与える。身体から発せられるオーラからして、もう違うのだ。生気に満ち満ちたそれは気怠さが人の形をした礼二とは正反対だった。
「あー……お久し振りっす、ヴィクトリア……」
「ハハッ! ナァニ、チャント食ベテル!? 元気ナイワヨ!」
バンバンと背中を叩いてそんな近所のおばちゃんのようなことを言うこの美女こそ、現全米NO1VR格闘ゲーマーヴィクトリア・マッケンジーその人だった。
† † †
なるほど、と礼二は改めて宗吾がヴィクトリアを“壁”と評した意味を理解する。宗吾と話したいためにヴィクトリアの横に並ぶということは、彼女と比べられるということだ。少なくとも、そんな愚を犯したい“勇者”もいないだろう、と礼二は改めてヴィクトリアを見た。
「しかし、来てたんすね」
「ダッテ、有名ナノヨ? ステイツデモ。エクシード・サーガ・オンライン」
一瞬、ヴィクトリアの表情が飢えた野獣のそれに見えた。実際、彼女は対戦相手に飢えている節があるのだが。
礼二が現れる前、二年前の全世界VR格闘ゲーム大会まで彼女の戦績は無敗の一言ですんだ。彼女の対戦は、常に戦いではなく蹂躙だった。強いというものではない、もはや住んでいる時間軸が違う、とまで周囲のトッププレイヤーたちを泣かせるまでに圧倒的だったのだ。
そこに降って湧いた、後藤礼二という自身と同等のゲーマーがどれほどの衝撃だったか。語るまでもないだろう。
「忘レラレナイワ、二年前ノ大会ノ後! アンナニホテルノ部屋デフタリキリデ、盛リ上ガッタジャナイ!」
「……そんなにもう一度対戦したいならって強引に連れ込んで、一晩中対戦してただけっすからね。誤解生む発言止めてもらっていいっすか?」
自身の両腕で上半身を抱きしめクネクネするヴィクトリアに、礼二は深いため息をこぼす。空のシャンパングラスを手の中でペン回しのように器用に弄びながら、礼二はため息をこぼした。
「……アイドルちゃんっすか」
「エエ。『Yoshitsune』、ダッタカシラ? 貴方ガモウ一度ヤリタイッテイッテイタゲーマー。ソノゲーマー並ナンデショウ?」
ヴィクトリアが拡散された壬生黒百合と妖獣王・影”との戦いを観たならば、高い可能性でこうなるとは思っていたが――。
「あるいは、その人より上……かもしれないっす」
「ヘェ」
ニィ、とヴィクトリアの口角が上がる。彼女に嘘は禁物だ、庇ったとなると逆に興味が惹かれかねない……ニトログレセリンと会話をする慎重さがいるのだ。少し離れてニコニコ営業スマイルで商談している御曹司にこのシャンパングラスを叩きつけてやりたい衝動にかられたが、最後の一線で堪えた。
「先に言っておくっすけど、自分もアイドルちゃんがどこの誰か知らないっすからね」
「アラ、世界一ノ貴方ガ望メバ、向コウモホイホイ来ルンジャナイノ?」
「ほいほいって、ほいほいって……!」
言い方というものがある、と礼二が唸った瞬間だ。
「ん?」
不意に、会場がざわめいた。驚き、感嘆、あるいは神秘的なものでも見たかのような声。礼二とヴィクトリアが会場の視線が集まる先を見て――あぁ、と納得した。
「――fairy」
ボソリ、とこぼしたヴィクトリアの呟きこそが、その光景のすべてだった。
暖かな春の光で生み出したような黄金の長い髪。花や自然の光景を美しいと思うのと同じように、ただ自然にそうなったとしか思えない愛らしい顔。一四〇に届かないだろうその小柄な体躯は華奢で、触れてしまえば壊れてしまうのではないかと思うような儚さと確かに生きているのだと感じさせる力強い生気が奇跡のようなバランスで成り立っていた。
純白の花をイメージしたドレスに身を包むその少女はどこか幻想的で、なるほど妖精と呼ばれればそう納得するしかないだろう。
「アラ?」
ヴィクトリアが、小さく目を丸くする。その少女がこちらへ向かってくるからだ。
「初めまして、後藤様、マッケンジー様。私はサー・ロジャーの代理で参りました、エステル・ブランソンと申します」
非の打ち所のないカーテシーを見せ、エステルは礼二とヴィクトリアに微笑みかけた。礼二は、その挨拶に返す前に――ヴィクトリアに釘を刺す。
「駄目っすよ」
「……ワカッテルワヨ」
一瞬膨れ上がったヴィクトリアの気配は、礼二の一言で収縮する。獲物が自分の元に歩いてやって来た肉食獣のごとき気配だった。気の弱い人間なら、それだけで軽いパニックに陥っていたかもしれない。
だが、愛らしい妖精のような少女の笑みは、崩れない。気づかないほど鈍感なのか、あるいは――答えは、わかりきっているか。
「初めましてっす、エステル、さ……ん?」
「ふふ、いいんですよ。私も堅苦しいのは、本当は好みませんから。あくまで、今日は祖父の代理として来たので“こう”ですが」
「サー・ロジャー。二一世紀最強ノヒトリヨネ」
ヴィクトリアは熱が、まだ引ききっていないというように問いかける。飢えた美獣のその問いに、エステルは嬉しそうに答えた。
「はい。今日は祖父と同じくニ一世紀最強と名高いおふたりとお会いできて、光栄です」
「ははっ……」
お願いだから、煽んないでいくださいっす、と礼二は内心で冷や汗をかく。なにせサー・ロジャーと言えば、礼二やヴィクトリアが常に比べ続けられる相手だ。
――全盛期のサー・ロジャーより強いのか?
これはもう現代を生きるトッププロの宿命と言ってもいい命題だった。礼二は光栄ですますが、ヴィクトリアは違う。逆だ、最後の騎士こそがヴィクトリア・マッケンジーより強いのか、そう問いかけろと常々思っているのだから。
「ナンナラ、体験シテイク? オ嬢サンモ、イケルクチデショウ」
「待った待った! そういうのはナシっすよ!」
もう取り繕う余裕もなく、礼二が割り込む。ヴィクトリアに見下され続けるエステルは、ふふっと花が綻ぶように微笑んだ。
「それはまた、いずれ。今の私ではとてもとても――」
「あー」
良かった、良かった、こっちの子の方が大人で良かったっす、と礼二が胸を撫で下ろした瞬間だ。
「――それに、私が目指す最強の道におふたりはいませんので」
ビキリ、と確かに『何か』が軋んだ音がした。
† † †
「ヒッ!?」
近くにいた女性が、わけも分からず悲鳴を上げる。それほどの気配が破裂した、そう本能で察したからだ。
「お、おう……」
「あの、後藤様。鶴岡様がどちらにいるか、ご存知でしょうか? 是非、ご挨拶したいのですが――」
「あ、向こうデス」
礼二が震える指先で、ドルオタ御曹司を生贄に捧げる。ご指名だからしょうがないっすよね!? と礼二はキラーパスを決め込んだ。
「では、ご挨拶しかできず申し訳ございませんが私はこれで」
再びカーテシーを見せ、エステルがその場を去ろうとした。その背に声を投げつけたのは、ヴィクトリアだ。
「――五年、待ッテアゲル。ソレダケアレバ来レルワネ?」
「はい、充分です。いずれそこで」
文字通り火花が見えそうな女の戦いが終わり、礼二は改めてヴィクトリアを見る。ただでさえ生気過多な彼女が燃えている、それがよくわかった。
「レイジ」
「……なんすか?」
「今日、日本ニ来テ良カッタワ。最高ニエキサイティングナ国ネ、ココ」
ヴィクトリアはテンションのギアが完全に『入って』いる――うわー、と礼二は去っていく小さな妖精の背中に少し感謝する。これでしばらくは、自分も楽しめそうっすね、と――。
† † †
「――鶴岡様」
「……おや、これは。お初お目にかかります、“妖精姫”」
宗吾は一目でエステルが何者か理解した。エステル・ブランソン、英国の著名人であり最後の騎士とも讃えられるサー・ロジャーの孫娘。本人も去年、一一歳の若さで高等教育を終えて大学卒業資格を得た才女。若干一ニ歳ながら、来年には社交界デビューも噂される、話題にことかかない少女だ。
そして、宗吾にとってはなによりも“妖精歌姫”エマ・ブランソンの忘れ形見として印象深い。
「確か、サー・ロジャーが体調を崩されたと噂に聞きましたが……」
「はい。おかげさまで持ち直しました。今では現役の頃にしていたトレーニングメニューもこなしております」
「はっはっは……お元気そうでなによりです」
あの人元軍人ですよね、結構ご高齢だった気がするんですけど!? とツッコミを入れない程度には宗吾は場をわきまえていた。
「…………」
「どうされました?」
じっと見上げてくる青い瞳に、宗吾は完璧な笑みで問いかける。エステルはしばし考え込み、ああ、と手を打った。
「んっしょっと――これでわかる? 営業部長さんっ」
「ぶほっ!?」
両手で長く豊かな髪を掴み上げ、即席ツインテールを作ったエステルに完璧超人ことドルオタ営業部長はみっともなくむせた。
……どうして気づかなかったのか? 目の色は確かに違うし、髪型も違うのだけれど。それ以外はまったく同じだというのに!?
「エ、エ、エレちゃん……?」
「――はい」
すぐに髪を下ろしたエステルは、悪戯の成功した妖精のように微笑んだ。
† † †
1つ目の終わりとして、正式サービス前の“双獣王レイドバトル”で「俺たちの戦いはこれからだ!」エンドを考えていたので、大変めでたいと思っております。
今後とも皆様のご声援をいただければ幸いです。
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